第234話 元娼婦だった修道士への依頼 スティーリアの仕事

 聖女様は強いお方。それは聖女邸皆の認識。


 どんな窮地に立たされようとも、何度計画を断念させられるような事があっても絶対に諦めない。特に聖女の称号が授けられてからは、その気持ちに拍車がかかったのか、どんなに逆境にさらされても歩みを止めなかった。


 そして周りの女性に厳しく接する事など見たことが無く、とりわけ女性に対して優しく接して下さる。聖職者然としており、素敵な殿方からいくら気持ちを寄せられてもなびく事がない。


 私も聖職者の端くれではあるが、そのような清廉潔白な人は生まれてこのかた見たことが無い。教会には教会の覇権争いなどがあり、皆が皆、聖女様のように清廉潔白では無かった。


 また聖女邸の面々では周知の事実ではあるが、聖女様に思いを寄せている殿方に何名か思い当たるふしがあった。まず一人、近衛騎士団騎士団長のバレンティア様は間違いなく聖女様に思いを寄せている。どんな女性にも男性にも、氷の様に冷たいと評判のあの方が、聖女様には屈託ない笑みを見せるのである。そしてもう一人、もっと分かりやすいのが第一騎士団副団長のマイオール様だ。あの表情は間違いなく恋に落ちている殿方のものだと、皆が知っている。


 どちらの殿方も、とても容姿が整っており誠実さも筋金入りだ。


 王都中の誰もが憧れる殿方が思いを寄せていると言うのに、聖女様はそれを心より毛嫌いされており、そんな殿方を全く寄せ付けないのだ。この国を守るという使命感と、女性を起用してより良き世界を作ろうとなさる事に全力を尽くされている。一心不乱とは聖女様の為にある言葉だろう。


 その姿勢を見るだけでも、心打たれ、魂が打ち震えるような思いすらある。


 また聖女様は、王の次とも言われる自分の地位に胡坐をかかない。私達のような下々の女性と、同じご飯を食べ一緒に風呂に入り、時には高級料理店にまで連れて行ってくださるのだ。その姿勢には皆が感服しきっており、なんと風呂では私達が肌に触れる事さえも許してくださる。


 身近にいて下さる事で、この上ない幸福を私達にもたらしてくれているのだ。


 そう。私達ははっきりと存在を感じているのだ。あの方は女神フォルトゥーナ様がこの世にお使いになられた、紛れもない神子なのだという事に疑う余地もない。


 地位に胡坐をかかず、魅力的な高貴な男性になびかず、下々の者と分け隔てなく接してくれ、綺麗なドレスや装飾品を欲するわけでもなく、化粧や香水にも無頓着でミリィに全てを任せている。殿方からもらったドレスや装飾品などは、みな聖女邸の皆に分け与えてくださるのだ。


 全くの無欲。


 そのような人間がいるわけが無いと皆が思うだろうが、聖女様はおおよその女性が憧れるあれやこれやを全く欲しないのである。教会や一部の貴族には、聖女様が私利私欲に走っているんじゃないかと疑う者もいる。だが、内部にいる人間からすると、その様な事はみじんも感じられないのだ。


 だから私達は心底、聖女様に全てを捧ぐ事が出来る。聖女様の為なら、皆が命を捧げる事を躊躇しないだろう。だが分かっている、聖女様がそれすらも許さないと。私達の身の危険や命を脅かすような事は、絶対に認めてくださらないのだ。


 だが今回ばかりは、聖女様だけでは手に負えない事が皆分かった。聖女邸が襲われた上に、王宮に裏切者が居るかもしれないという情報が入ったのだ。聖女様の命をあからさまに狙ってきた敵が王都にいる以上、私達が聖女様を守らなければならない。


 その為に今日、私はアデルナと一緒に街に出てきた。もちろん賢者様の魔道具を使い、正体を隠しての事。マスクのおかげで、私もアデルナも別人として動けている。


 ようやく私達はモデストス神父の教会に着いた。


「こんにちは」


「はい」


 出てきたのは私が何度も面識のあるモデストス神父だった。もちろん賢者様の魔道具によって顔が変わっているため、神父が私に気が付く事はない。私が神父に言う。


「こちら、お手紙をお預かりしてまいりました。ちょっと中でお話が出来たらと思うのです」


 そしてモデストス神父が目の前で、聖女様の封蝋が押された手紙を開き見る。それを見てこう言った。


「どうぞ。お入りください」


 そして私とアデルナは、別人としてモデストス神父の教会へと通されるのだった。応接室に通されて、モデストス神父は部屋を出て行く。しばらくすると聖女様が助けたという、五人の修道女がやって来る。


「失礼します」


 五人ともが緊張の面持ちであった。


「突然すみません」


「いえ。いま神父よりお聞きいたしました」


 私達の前に彼女らが座り、そこでモデストス神父が言う。


「女性達だけでお話をしていただくと書いてありますので、私は席を外させていただきます」


「ありがとうございます」


 モデストス神父が部屋を出て行った。


 そして私は依頼内容を話し始める。女性にこのような話をするのは、あまり良い事とは言えないのだが言葉を選びつつ伝える。


「ある方が助けを求めています」


「はい」


「あなた方にお願いがあってまいりました」


 すると修道女の一人が言う。まだ詳細を言っていないが、相手は何かに気が付いているようだ。


「私はミラーナと申します。私を救った方はオリジンと言う方でした。ですがその方は奇跡の御業で私と仲間を救っていただきました。その上に、この教会に連れて来て下さり、私達に新しい道を示してくださったのです」


「はい」


「そのような事が出来る方は、古今東西何処を調べても、一人しか浮かんで参りませんでした」


 どうやらミラーナは気が付いている。


「私達はいつ、その方にお返しが出来るかと待ち望んでいたのです。そして今日、あなた方がここに居らっしゃった」


「はい」


「女神フォルトゥーナに誓います。その方の為ならば、私達はこの身を捧げましょう」


「いえ。命をかけてはいけません。依頼主はそれを喜びません。私達は騎士から情報を取れればいいのです。その為の場も用意する事になります。聖職者の皆様に相応しい仕事ではないかもしれませんが、それを了承していただければ嬉しいです」


 すると五人が頷いた。


「よろこんで」


 そして情報収集の為の第一段階の交渉は無事に終わるのだった。ここにきて改めて、聖女様の行いのすばらしさを痛感せざるを得ない。彼女らはただお願いすれば、きっと命も捧げた事だろう。だが私は彼女らの命を危険にさらすわけにはいかない。


「ありがとうございます。私達が騎士様専用の、高級酒屋を用意いたしますので、そこで給仕の仕事について欲しいのです。女性にその様な事をお願いするのは、いささか抵抗があるのですがよろしいでしょうか?」


 すると五人が笑って言う。


「むしろ楽な仕事です。そして私達が最も得意とする事でもあり、喜んで仕事をお引き受けいたします」


 私は最初の依頼がスムーズに行った事に、ホッと胸をなでおろした。そして私はアデルナと顔を合わせ、詳細について説明していくのだった。

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