第236話 ド田舎の男爵領にあるもの ヴァイオレットの仕事

 ヒッポの背中にまたがり、眼下に広がる広大なヒストリアの大地を眺め考えていた。先に見える森林地帯の奥に、自分の実家であるリヴェンデイル男爵領がある。領と言っても小さな村程度の大きさで、主に農作物と森からの資源によって成り立っている小さな領地だ。森に囲まれており、それより奥には街道は伸びておらず行き止まりの村なのだ。


 聖女様がお困りになっているのだから、何かしなければいけないと思い立ち、マグノリアとヒッポをお借りして飛んだのだ。だがこの広大な大地を見て思う。自分の実家のような、貧しい男爵家に何が出来るのだろうと。


「ねえマグノリア。なんとかしなくちゃと思って来たけど、実は何が出来るか分からないの」


 すると前に座るマグノリアがニッコリ笑って言う。


「私だって役に立つとは思わなかったです。でも魔獣の使役が出来ると知って、聖女様とアンナ様が私にヒッポを連れて来てくれました。だからヴァイオレットの家の、出来そうな事を聞いたらいいと思います」


 マグノリアは私が貴族の娘だからと、敬語で話をしてくる。下級貴族で平民と遠くはないのだから気軽に接してほしい。最初の頃のマグノリアは敬語をうまく使えなかったのだが、アデルナがしっかりと教え込んだため、今ではすっかり綺麗な敬語を使えるようになった。しかも王都出身だと言われても違和感のないように、訛りもすっかり消えてしまっている。


 森が近づいて来ると、マグノリアが言った。


「魔獣に襲われないように急ぎます」


 速度が増して風切り音が強くなり、マグノリアが身をかがめたので同じように姿勢を低くする。ゴウゴウと音がして、地面が早く後方に流れて行った。風でかき消されないように、大きな声でマグノリアに言った。


「森を抜けたらすぐに村が見えてくるから!」


「わかりました!」


 魔獣に襲われる事も無く森を抜けると、草原のはるか向こうに村が見えてきた。マグノリアはそのまま草原の街道にヒッポを降ろした。


「ここからは歩いて行きましょう」


「そうね」


 ヒッポが村に降りたら大騒ぎになるので、ここで降りて二人で村まで歩く事にしたのだ。ヒッポから荷物を降ろして背負子を背負い、荷物を手にするとマグノリアはヒッポを飛ばしてやった。


「適当に食べてきなさい」


 ぐるぅぅぅ!


 ヒッポが飛び去って行く。


「行くわ」


「はい」


 私とマグノリアが、三十分ほど街道を歩いて行くと畑が見えて来る。日が高く上がっているので、今の時間帯は農作業をしている人はおらず、ヒッポを目撃される事も無かった。そして道の先に目を向けると、前方から荷馬車がゆっくり来るのが見えた。


「あれれれれ? お嬢様でないかい!」


「マルテ! こんにちは」


 白い鼻髭とまゆ毛がぼさぼさのお爺さんで、麦藁帽をかぶり荷台をひいたロバを引いていた。


「帰って来られたのですな! なんともお久しぶりです! とてもお元気そうだ」


「マルテも元気そう。ポリナは元気?」


「家内は相変わらず元気元気!」


「それはよかった」


「まさか森を歩いて来たんですかい?」


 魔獣に乗って空を飛んで来たとは言えなかった。だが確かに、若い女二人で森を歩いて来たというのは不自然だ。


「森の出口まで送っていただいたの。折り返して行ってしまわれたわ」


「なんと! わしゃ村の八百屋に野菜を収めてきた帰りでさあ。ここからお屋敷まではまだ、ちと遠い。良かったらお屋敷までお送りしますがな」


「あら。本当? すっごく助かるわ」


「そちらのお嬢さんもどうぞ。ちょっと荷台は座りが悪いかも知んねえけど」


「大丈夫です」


 私達は人の良い老人がひく荷馬車に乗って、村の中心部に向かった。村に入ると、あちこちから声がかかる。


「あんれれ! マルテの馬車にお嬢様が乗ってらっしゃる!」

「ほんとだねえ!」

「これはこれは! お嬢様!」


 村人がガヤガヤと集まって来てしまった。それもそのはず、私が野原で遊び回っていた幼い頃は皆が顔見知りだった。あっという間に人だかりが出来てしまう。


「王都に行って綺麗になったんでないの?」

「んだんだ!」

「洗練されちまったんだねえ」


「いやいや、リアンテ。私は変わらない」


「こんな美人だと、村の若者らが色めき立ちそうだべ」


「ははは」


 すると白眉白髭のマルテが言う。


「ほれほれ! そのぐらいにしとけ! お嬢様は疲れてなさる。早くお屋敷につれていかねえと」


「あ、そうだね! ゆっくりされていくのかい?」


「それが、そうも言っていられなくてね」


「あらら、残念だねえ。いっぱい野菜を持って行こうと思ってたんだけど」


「気持ちはもらっておくわ」


 そしてマルテが荷馬車をひく。少しすると他よりも大きめの邸宅が見えてきた。そこが私の生家、リヴェンデイル家の屋敷だ。もちろん王都の偉い貴族邸の様に門番が居たりはしない。門の前で降ろしてもらい、手を振ってマルテと別れた。


「じゃあマグノリア。どうぞ」


「ヴァイオレットは人気ですね」


「そんなんじゃないわ。皆が顔見知りなだけよ」


 門番の居ない門をくぐり、玄関をノックした。


「はーい」


 すると中から足音が聞こえて来て、ガチャリと玄関が開かれた。そして出てきた人が、私の顔を見て目を丸くして驚いている。


「ヴァイオレット! びっくりした! ヴァイオレット! お帰りなさい。良く帰って来てくれたわ! 便りも無かったから心配していたのよ!」


「ただいま、お母さん」


 そして母は、マグノリアに目を落として言う。


「これはこれは、お友達もいらっしゃって」


 するとマグノリアが言う。


「あ、あの! 友達なんてとても光栄ですが、私は平民でございます! 田舎の村の出身でございます!」


 慌てている。それを見て私が言った。


「マグノリア。いいのよ! 友達でいいじゃない」


「でも!」


 すると母が言った。


「男爵家の人間になんか気を使わなくたっていいのよ! ささ! あがって頂戴!」


 そう言って私とマグノリアが家に通された。


「お父様は?」


「市場に見回りよ」


「そうなのね」


「じきに戻るわ、それよりもご飯は食べたの?」


「まだだけど」


「丁度よかった。ネラ! ヴァイオレットが帰って来たわ!」


「えっ!」


 扉の向こうからバタバタと誰かがきて扉を開ける。うちに通いで来ているお手伝いのネラだ。


「お嬢様! よくお帰りくださいました! お元気そうで!」


「ネラも」


「お食事でございますね! すぐに!」


 そう言って母とネラが出て行った。私はマグノリアを連れて自分の部屋にあがる。するとマグノリアが言った。


「幸せそうです」


「普通の家庭よ」


「普通が一番幸せです」


 そう言われるとそうかもしれない。今の聖女邸ではその普通がほとんど無いし、マグノリアの過去の事を考えると申し訳なくなる。


「ごめんね」


「いえ。見てるのも嬉しいです」


 二人で椅子に座って待っていると、ネラが呼びに来た。丁度そこに父親も帰って来たようだ。


「ヴァイオレット!」


 父親は私に駆け寄ってきて、人目もはばからずに私を抱きしめた。


「ちょ、ちょっと! お父様…連れがおりますよ」


「あ! 失敬! これはこれは! お友達かな!」


「えっと…」


「そう! マグノリアは友達よ。聖女邸で一緒に働いているわ」


「そうかそうか! よろしく頼むね!」


「はい」


 私達が食卓に座ると、父も座りニコニコしてみている。そこで私は早速、王都で起きている出来事から話せる事だけをかいつまみ、聖女邸で起きている事も伝え始めるのだった。全ての事を話し終えると、父は深刻そうな顔をして私に言う。


「大きな貴族が…」


「はい。ですが私は聖女様の窮地をお救いしたいのです。お父様」


「なんとも大きな話ではあるな。だがなんとかせねばなるまい! ヴァイオレットがお慕いする聖女様の窮地であるからな!」


「私達に何が出来るでしょう」


「うむ。考えてみよう!」


 どう考えてもお父様は困惑している。だが聖女様の為と言うより、恐らくは私の為に何とかしたいと思っているようだ。私が頼る場所はここしかなく父にすがるしかない。それからしばらくは黙って食事をしていた。だが黙っていたお父様が何かを思いついたように手を叩いた。


「ヴァイオレットよ! 聖女様は魔法使いであらせられるのであろう?」


「はい」


「なら食事が終わったら見せたいものがある」


「わかりました」


 食事を終えた私とマグノリアを連れて、父が離れの小屋に向かった。小屋に入るとすぐ地下に続く階段があり、ランプを持ってそこを下って行く。そして石畳の廊下に出るとすぐの扉の鍵を開けた。もちろん私が幼少のころから知っている、地下倉庫だがここに何があるというのだろう?


 父がランプをかざすと、そこには大きな木箱があり石が積みあげられてある。


「使い道がないので、いつかギルドに持って行こうと思っていたのだがな、ついぞその機会に巡り合わなくて溜まってたんだ。このような片田舎から都市に行く事もなかなかないのでな! 私と村の自警団で狩った魔獣の物だ。これは使えるだろうか?」


「お父様! これは使えます!」


「そうかそうか! 全部持って行ってくれ。換金するのも大変だからな!」


 私がその石を手に取る。それは紛れもなく、森の魔獣から取れる魔石だったのだ。

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