第232話 辺境伯からの依頼

 ルクセンの話を聞いて、まだまだやる事が山積みであることにため息が出る。まず俺はルクスエリムに連絡を取る必要がある。だが、王宮の誰が内通者か分からない以上は、容易に文書を送る事が出来ない。そもそも辺境伯のルクセン自身が手を焼いているのに、俺に何をしろというのか?


 だが目の前のジジイは俺を頼ってきているのだ。本来ジジイの頼みなど断ってもいいが、美しい孫娘のウェステートを将来預る身としては無下には出来ない。もしルクセンを怒らせたりすれば、将来的にウェステートを聖女邸に迎える事が出来なくなる。


 なのでとりあえず聞き込みをする。


「王宮の誰が信用できますか?」


「分からん」


 まあ正直だが、ムカつく。少しは手掛かりみたいなものを掴んでおらんのか? どうしようも無いから俺の所に来たのだろうが、どこから手を付けていいか分からん。しかしルクセンとてそれほど長期に王宮に留まっていた訳ではない、深い所まで調べる余裕などなかったのだろう。


「怪しいと思ったのは何です?」


「昨日、貴族達の検めを行うというのは、騎士団だけの極秘事項であった」


「なるほど」


 となればその情報を知って流した人間は限られてくる。容疑者を挙げ連ねて一人一人を捜査する必要があるだろうが、それには少々時間がかかりそうだ。それに、今この場所に居るのは、聖女邸脳筋チーム。なるべくルクセンから情報をひきだして、スティーリアやヴァイオレット達と合流する必要があるだろう。


「わしの知らん間に、王宮はだいぶおかしくなっとったようじゃ」


「それを、どういうところで思いました」


「とにかくルクスエリムの求心力が落ちておる。奴は愚かな王ではない、むしろ家臣の言葉に耳を傾け、市民の幸せを考える立派な王じゃ。それなのにことごとく裏目裏目に出ておる。何故このような事になったか、そこが解せんかったのじゃ、何やら王宮内に不審な動きがあるように思えて来ての。注意深く見ておったのじゃが、なかなかそれが分からんのじゃ。わしは軍部じゃないかと思うておる」


「元帥や将軍でしょうか? それとも兵士?」


「分からぬ」


 まあそうだよね。だから俺に頼んできてるんだもんね。


「ルクセン辺境伯が、何か気が付いた事は?」


「すまんがワシではそれがいっぱいいっぱいじゃ。なんとかならんじゃろうか?」


 ルクセンの言葉に違和感があるものの、きっと自分では手が下せない誰かなのだろう。とりあえず話を聞き終え、俺達が表玄関に連れて行くとルクセンの配下が迎えに来ていた。そこには朱の獅子も待っていて、俺の指示を待っていた。


「ではルクセン様。その時が来たら動いてもらう事もございましょうが、今は内密に」


「うむ、よろしく頼むのじゃ」


 そう言ってルクセンは出て行った。俺はくるりと向きを変えて朱の獅子達に言う。


「さて、あとは私とアンナとリンクシルの番。きっちり逃がしてもらうよ」


「もちろんです」


 俺はバックの中から身代わりのペンダントを出して、朱の獅子の魔法使いシャフランにそれを渡す。


「聖女の代わりなんて荷が重いと思うけど、よろしくお願いします」


「光栄です」


 俺がペンダントをつけて、シャフランがもう一つをつけると俺達は入れ替わる。ロサはアンナの平素の鎧をつけており、姉妹だけあって遠目で見ると見分けがつかない。やっぱり姉妹なんだなと感心させられる。そしてロサが俺の見た目になったシャフランに言った。


「それでは聖女様。参りましょうか?」


「ええ、アンナ」


 朱の獅子は俺達に成りすまして、聖女邸を出て行った。騎士団に間者が紛れていたとしても、追うならそちらを追うに違いない。ひとまずはこれで攪乱できるだろう。


「じゃ、アンナ、リンクシル。私達も行くよ」


「ああ」

「わかりました」


 だが俺達は外にはいかずに、地下室へと降りていく。そこで俺は、懐から転移のスクロールを取り出した。


「初めての転移だから緊張する」


 すると経験した事のあるアンナが言う。


「いや。一瞬で変わるぞ」


「そうなんだ」


 そう言って俺は転移スクロールに魔力を流し込んだ。あっという間にスクロールが消えたと思った次の瞬間、俺の視界が聖女邸の地下室からアンティーク調の部屋の壁に変わった。


「一瞬だ!」


「だろう?」


 その俺達に突然 後ろから声がかかる。


「お帰りなさいませ」


 振り向くと、そこにはシーファーレンが微笑み立っていた。俺はシーファーレンにお礼を言った。


「シーファーレン。何から何まで本当にありがとう」


「いえ。聖女様に、お怪我などはございませんか?」


「大丈夫だよ」


「それはよかったです。皆様もお待ちです」


 その後ろには、心配そうな表情のミリィとスティーリア、ヴァイオレットとアデルナ、マグノリアとゼリス、ルイプイとジェーバ、マロエとアグマリナとダリア、そして聖女邸のメイド達がそろっていた。


「「「「「「「お帰りなさいませ!」」」」」」」


「ただいま。みんなも無事に逃げる事が出来たんだね」


「聖女様のおかげでございます」


 俺は皆のもとに歩きながら言った。


「せっかく落ち着いて安全な場所に来たって言うのに、帰って早々で悪いんだけど、また一つ仕事入っちゃった。みんなと相談したいんだけど良いかな?」


「「「「「「「「はい!」」」」」」」」


 そして俺達は、ルクセンからの依頼を遂行すべく話し合いを始めるのだった。

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