第230話 聖女邸襲撃

「なんとか間に合った」


 俺はアンナとリンクシル、そして朱の獅子の皆にそう言った。するとロサが俺に聞いて来る。


「本当に今日動きがあるんですか?」


「無ければ無いにこしたことはない、何も起きなくても報酬は払うから安心して」


「わかりました」


 するとアンナが言う。


「ロサ。お前は聖女の勘を知らんからそんな事を言う」


「姉さん。勘って言われても、ピンと来ないよ」


「だからAランク留まりなんだ」


 パーティーのリーダーを、メンバーの前でこき下ろすのはどうかと思うが、朱の獅子の連中はアンナの常識外れな強さを知っているから何も言わない。そもそもアンナが、気を使った発言をするわけがないと知っている。


「アンナ。私だって見当はずれな時はあるよ」


「精度の問題だ。そしてわたしも感じている」


 なら…やっぱりくるか。アンナの勘の方が俺の数十倍すごいし、それに外れたことが無い。


 俺達は今日一日をかけて、賢者の魔道具を利用しながら聖女邸のメンバーを脱出させたのだ。あちこち周って隠れさせ、賢者邸のシルビエンテが馬車で回収してくれた。間者が居たとしても、聖女邸のメンバーは外に出ていないと思っているはずだ。今ごろ彼女らは賢者邸別館で、俺達の心配しつつ過ごしているだろう。


 そして俺達はいま、特別に加工した地下室へと身を潜めている。俺の側には伝言用のゼリスが使役する梟がいた。聖女邸周辺に第一騎士団は一部だけ残されているが、マロエとアグマリナの家のガサ入れの為に人員が削られている。王都中が手薄になっているこのタイミングを逃すはずがない。


「まあ、来るなら今日かな。もし来なかったら、私とアンナとリンクシルも逃げるだけだよ」


「わかりました」


 聖女邸の各部屋のランプはあえて全てつけている。皆が屋敷にいると思わせるためだ。屋敷内のあちこちにゼリスの梟がいて、侵入者があれば俺達に教えて来るだろう。今はただその時を待つだけだ。


 俺達が息を潜めて待っていると、一緒に居る梟が言った。


「セイジョ、シンニュウシャ」


「来た」


 その言葉にアンナとリンクシル、そして朱の獅子のみんなも武器を持って構える。俺は梟に向かって言った。


「ゼリス。梟達におしゃべりをさせて」


「ワカッタ」


 今ごろは屋敷のあちこちで、梟が話をしている頃だ。


「エントランス ハイッタ。キッチン ハイッタ。シツムシツ ハイッタ」


「自分の屋敷を好き勝手回られるのは、気分が良くないね」


「そうだな」


「セイジョノヘヤ ハイッタ」


 それを聞いた俺が言った。


「そろそろかな。みんな皮マントをかぶって」


「ああ」

「「「「「はい」」」」」


 そして俺は壁の穴から出ている、金属の線に向けて魔法の杖を構えた。魔力を練り込み集中力を高めた次の瞬間、一気に魔法を金属の線に向けて放った。


 パッッシィィィ! バリバリバリバリバリ! 屋敷内全体に雷のような音が鳴り響く。


「行こう!」


「よし!」

「「「「「はい!」」」」」


 俺とアンナ、リンクシルと朱の獅子が地下室を出て、一気に階段を駆け上がっていく。するとそこら中にニンジャのような黒装束のやつらが転がっていた。ロサが最初の一人に駆け寄り、そいつの体をひっくり返す。


「完全に気を失ってる」


「みんなで縛ってって!」


「「「「はい!」」」」


 そして俺達は館内に転がる黒装束を次々に縛り上げていった。一階も二階も全ての部屋に倒れており、中にはショックで死んでしまった者もいたようだ。こちら側には一人の怪我人も出さずに、あっというまに間者を始末できたのはラッキーだ。館内に電線を張り巡らせて、各部屋でお湯を沸かし水蒸気を充満させていたのだ。そこに俺の電撃魔法を放出したのだから、間者も逃げようがなかっただろう。


「さて、第二波が来る前に、この者達を地下へ放り込みます」


 俺が言うと、皆がずるずると縛られた患者を地下室へと放り込んで行った。最後の一人を地下に放り込んだ時、梟が俺に言う。


「マタキタ ガイヘキニ ヘバリツイタ」


「恐らく一発目の電撃で、水蒸気は全て蒸発してしまったと思う。だから効果的に私の魔法は使えない、これからは皆の腕の見せどころ」


 するとロサが勢いをつけて言う。


「ほいきた! よし! みんな! 気合い入れて行くよ!」


「「「おう!」」」


 朱の獅子達が雄叫びを上げる。そしてアンナがリンクシルに言う。


「徹底的に聖女を護れ。わたしが全てをぶった斬る」


「わかった」


 そして俺は皆に言った。


「一カ所に集まって!」


 地下室の一カ所に集まった彼女らに、俺はありったけの身体強化魔法をかけ始める。


「筋力上昇、筋力最上昇、脚力上昇、脚力最上昇、思考加速、敏捷性上昇、敏捷性最上昇、金剛、視力上昇、視力最上昇、聴力上昇、聴力最上昇、自動回復、スキル二重、効率詠唱」

 

 すると朱の獅子達が目を丸くして言った。


「な、なんだこれ!」

「凄い、体が…凄い!」

「軽いわ。物凄い軽い」

「思考が早くなった。魔法が連発出来そう」


「慣れないと思うけど、これでかなりの動きが出来るはず!」


 そこに梟が告げる。


「ヤシキニ シンニュウ」


 俺達は地下室の扉を開けて、一階に続く階段を上っていく。すると早速、朱の獅子のイドラゲアがハンドサインを送って来た。どうやら一階のすぐの所に、何人かが潜伏しているらしい。


 ロサがアンナと俺にニヤリと笑いかけ、タンクのパストと一緒に一階に踊り出る。突如現れた二人に、間者が驚いて飛びかかって来るが時すでに遅く、二人の刃の錆びと消えた。俺とアンナとリンクシルも続いて一階に上がると、音を聞きつけたであろう間者が二階の階段から飛び降りて来る。


 だがそいつらが床に着く途中で、胴体と首が離れていた。アンナが縮地で飛びつき斬り去ったのだ。朱の獅子のみんなは俺達に合図をすると、一気に二階へと上がって行きアンナが俺の元へ戻って来る。


「私達は一階を」


「わかった」


 俺達が一階を進むと、応接室の奥の廊下から数名の間者が走って来た。だがそいつらも俺に到達する事は出来ずに、真っ二つになる。アンナに身体強化をかけ過ぎた結果、人間の強さではなくなっている。


 すると突然横から患者が飛び出してきた。もちろん俺は既に結界を張っているが、その結界にたどり着く事も出来ずに、リンクシルの短剣がこめかみに刺さっていた。リンクシルも既に人の範疇を越えた強さになっているようだ。


 二階からも男の悲鳴が聞こえてくるので、朱の獅子達から蹂躙されているに違いない。そしてそれから三十分もしないうちに、第二波の間者達を沈黙させることに成功したのだった。

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