第229話 聖女邸使用人の脱出計画

 賢者邸から戻って数日後の朝方、周辺警備についていた第一騎士団副団長のマイオールが血相を変えてやってきた。王都の状況も状況なので急な話の進展も覚悟はしているが、何か重大な事が起きたのは間違いない。ひとまずマイオールを応接室に通し、用件を聞く事にした。


「どうしました?」


「は! 昨日の夜半に、リファーソン家及びベルドーネ家に対して沙汰が下りました」


 まじか? まあ何でも聖女が絡むという事はないが、通達も無いうちにマロエとアグマリナの家の処分が決まった。教会のクビディタスの件では俺も呼ばれたが、貴族の事は貴族だけでという事なのだろう。


「そうですか…」


「それに、どうやら両家は娘をあらかじめ逃がしていたようです」


 ギクッ! その犯人は俺だ…


「なるほど」


「驚かれないのですね。女性の事だから驚かれると思ったのですが」


「いえ。驚いておりますよ、まさかそんな事があっただなんて」


「はい。いずれにせよ、本日両家に対して兵が出されました。更に取り調べが続くのだと思います」


 なんか前世の裁判なんかは何年もかかったりしたが、こっちの裁判は進むのが早いな。あっという間に決めて処分する方針なんだろうが、あまり過激に進めると反発されないだろうか?


「それをわざわざお教えしてくださったのですか?」


「はい、聖女様は貴族の婦女子方を、たいそう気にかけておいででしたので」


「まあ。善良な市民の事はいつも心においています」


「はい。それでは! 私も呼び戻しがありましたので、騎士を置いて行かねばなりません。何か御用の時は、騎士に直接言っていただいて構いませんので」


「わかりました」


 そう言うとマイオールが慌てて出て行った。きっとどちらかの家のガサ入れに参加するのだろう。俺はそのまま執務室に戻り、今聞いた顛末を聖女邸の皆に伝えた。


 そしてスティーリアが言う。


「そう言う事になれば、更に王都は騒がしくなってしまうでしょう」


「だね。王都のあちこちがきな臭くなりそうだけど、私達には私達のやる事がある。このタイミングを待っていたのだから、速やかに事を進めます」


「「「「はい!」」」」


「皆準備してください」


 俺が言うと、スティーリアとミリィ、アデルナとヴァイオレットが準備をし始めた。館内全ての使用人にも声がけをして、皆がある目的の為に動いていく。


 まあ…無いに越したことはないけど、このタイミングが非常に危ない。とにかく警備が手薄になった今が、一番警戒する必要がある。敵だって相手勢力を減らせる時に減らしておこうと考えるはずだ。


 しばらくすると全員がそろったとの事で、ミリィが俺を呼びに来る。俺がエントランスに降りると、聖女邸の全員が荷物をまとめて待っていた。その前に立って俺は皆に呼びかける。


「これから魔道具の使い方を説明するよ。一気に全員が動けないからね、とにかく夜までには終わらせる」


「「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」」」


 いい返事だ。とりあえず俺は全員に、シーファーレンから預かって来た魔道具の説明をした。顔を変える魔道具、入れ替えのペンダント、ダークネスハットの事を説明し終えると皆が質問してくる。


「聖女様はどうされるのです?」


「私は大丈夫。一番最後に行くから、とにかく皆の身の安全第一だから速やかにやっていくよ」


「「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」」」


 すると聖女邸の玄関を誰かが叩く。ミリィが玄関を開けると、そこにはアンナの妹であるロサがリーダーを務める、朱の獅子のメンバーが立っていた。メンバーを入れるとロサが俺に挨拶をしてくる。


「いつも姉がお世話になっております」


「お世話になっているのは私の方。今日は来てくれてありがとう」


「冒険者は依頼とあらば来ますよ。それに聖女邸の護衛とあらば、光栄至極これ以上誉れのある仕事は無いですね」


「そう言っていただけると助かる」


 戦士のロサとタンクのパスト、魔法使いのフランに後衛のイドラゲア。最近Aランクにあがった、ギルドの星が来てくれたのだ。もちろんアンナの妹というコネを使ってだけど。


 すると聖女邸の窓をコツコツと叩く鳥がいた。マグノリアがそこに行って開けると、マグノリアの手にその鳥は乗った。それは梟のような鳥で、俺達を静かに見つめている。


「マグノリア。それはゼリスが使役しているの?」


「はい。遠隔にて操っております」


「じゃ見えているって事だね?」


 そう言って梟に手を振ると、その梟が片言で話し出す。


「セイジョ、ワカル。モノハコブ」


「いい感じ」


 役者がそろったので俺は皆に言った。


「夕方までには全部を終わらせるよ! 皆今日は大変だけど頑張ろう!」


「「「「「「「「「おー!」」」」」」」」」」


 そして俺達はある作戦に取り掛かるのだった。まずはメイドの一人に言った。


「じゃあ、このペンダントをつけて」


「はい」


「そしてもう一つは、フランあなたがお願い」


「わかりましたわ」


 すると二人の容姿が入れ替わる。更に俺はヴァイオレットに言った。


「彼女の陰に」


「はい」

 

 ヴァイオレットがダークネスハットをかぶると、冒険者に変装した子の陰に入り込む。


「ヴァイオレット、聞こえる?」


「はい!」


「じゃあ行くよ」


 そう言って俺とアンナが顔を変えるマスクをかぶり、香水の入れ物のようなものから液体を吹き付ける。すると顔が変わっていき、このまえ賢者邸で見た時の顔とは全くの別人になった。この魔道具の良い所は、かぶるたびに違う顔になれることだという。周りの顔を合わせて、合成しているというような事を言っていた。


「じゃ、行こうか」


 するとロサが言った。


「じゃ、フラル。ひとまず留守番しておいてくれ」


「りょーかい」


 その返事を聞いて、顔を変えた俺とアンナ、冒険者と入れ替わったメイドと影に入ったヴァイオレットが、朱の獅子の面々と一緒に聖女邸を出るのだった。表に出ると、早速騎士が俺達に接触してくる。そしてロサを見て言った。


「冒険者か。さっき来たばかりでもう出て行くのか?」


「頼まれものだよ! 物騒だからね、しばらくは買い物などをやる事になってんだ。女の買い物はあんたらには出来んだろうからね!」


「ま、まあそうだな」


 そして俺達は何食わぬ顔で、聖女邸を後にするのだった。

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