第228話 賢者の気持ち

 マロエとアグマリナの暮らしぶりを見た俺は安心した。ゼリスのストレスが気がかりではあるが、可愛い子らに囲まれていて何のストレスがあろうか! そんなんでストレスが溜まる、などと言ったら俺がぶっ飛ばす。


 そして次の日、賢者本邸にてソフィアがいるマルレーン家の別荘の場所を教えてもらった。そしてシーファーレンが俺に言う。


「ちょっとついてきてください」


「はい」


 シーファーレンは俺達を地下の実験室に連れてきた。鍵の束を取り出したと思ったら、すぐに一本を取り出し鍵を開ける。ゾンビの群れや殺人鬼から逃げて来ても、シーファーレンならドアでまごついて殺される事は無さそうだ。


 中に入ると、そこはフラスコやランプ、試験管や大きな鍋が並ぶ研究室だった。更に魔石がゴロゴロと転がっており、売りさばいたらとんでもない金額になりそうな量がある。


「さあ、こちらへ」


「はい」


 シーファーレンから手招きされるまま奥に行くと、テーブルと椅子があり、そこに座るように言われる。


「もし王都から出られるとなれば、聖女様のままでは大変でしょうから」


 ん? 聖女のまま? どういう意味?


「シーファーレン。私達がもし出るとなれば、夜間に闇に潜んで出る事になるでしょう。以前抜けた時は、包帯をグルグルに巻いて出たし」


「それでは何かと不便ですわ。万が一包帯を取れと言われたら困りますよね?」

 

 確かに。


「まあそうだね」


「実は試験段階だったのですが、ようやく日の目を見る時が来ました」


 そう言って、シーファーレンはいろいろ載ったテーブルから箱を一つ取り出す。


「これです」


「これは?」


 シーファーレンが箱のふたを開けて、そこから目を隠すようなマスクを取り出した。それを見て、俺は前世のアニメで、敵の士官がこんなマスクをつけていたのを思い出す。それは目を覆い隠し、目の所で目の形が白くかたどられていた。


「ちょっとつけてみてくださいます?」


「こう?」

 

 それを顔に取り付けると、目の所に留まり頭の後ろにバンドが回された。それを見たアンナが言う。


「だがこれでは、ただ聖女がマスクをつけているだけだ」


「まだ完成ではありませんよ」


 そう言って、シーファーレンはポンプのついた香水容器のようなものを取り出した。それを俺の顔の所に持ってくる。


「聖女様。ちょっと口と鼻を覆ってください」


「はい」


 言われるままに口元を覆った。するとシーファーレンがシュッとその瓶のポンプを押す。そのとたんに水蒸気がフワリと、俺の顔の周りを舞い始める。すると皆がアンナが驚く声を出した。


「なんだこれは?」


「ど、どうしたの?」


 そしてシーファーレンが、コトリと立て鏡をテーブルに置いた。それを見た俺は目を丸くする。


「えっ?」


 これが俺?


「どうです?」


「これは?」


「この顔は誰のものでもありません。ちょっとした水魔法と光魔法の応用ですが、そのマスク周辺にまとわりついて架空の顔を造形しています」


 鏡に映っていたのは俺じゃなかった。美しい顔はそこには無く、平凡で地味な女が居た。俺が首を振ると、その鏡の中の地味な顔も首を振る。


「凄い…」


「マスクを取ってみてください」


 言われるままにマスクを取ると、途端に俺の顔が鏡に映る。


「戻った」


「聖女様。これは使えますか?」


「絶対に役に立つよ! 今までの苦労が全部解決する!」


「それは良かった」


 そしてシーファーレンは、その隣にもう一つ箱を置いた。


「もう一つあります。あとは、身代わりのペンダントとダークネスハットをお貸しします。あとはこれです」


 対のペンダント、ダークネスハットの隣りに丸めたスクロールが置かれた。


「これは引き寄せのスクロール?」


「違います」


 そう言ってシーファーレンはスルスルと、そのスクロールを広げた。スクロールは一枚ではなく、二枚重なって丸められていたようだ。


「二枚?」


「二枚で機能します。一枚をどこかに置いて、もう一枚に魔力を注いで発動させれば、元に置いた一枚の所に戻れます。周囲一メートルの物を巻き込みますので、充分ご注意ください」


 うっそ。転移できるって事?


「こんな凄い物をいいの? 使ったら無くなるでしょ」


「聖女様に託したいのです。どうせ私が持っていても宝の持ち腐れ、別に私は魔道具コレクターと言う訳ではないのですよ。魔道具は使ってナンボなのですから、惜しみなくお使いください」


「ありがとう。絶対に役に立つよ」


「そう言っていただけると嬉しいですわ」


 シーファーレンが、プリンと胸を震わせてニッコリ笑う。俺はつい衝動が押さえられなくなって、思わすシーファーレンに抱きついてしまった。周りにはアンナしかいないので、別に構うことはない。


「あ、ああ! どうされました?」


「本当にうれしい。シーファーレンのおかげでやりたいことが出来る」


 俺がスッと離れると、シーファーレンの顔が真っ赤になっていた。賢者だし何歳かも不明だが、こんなに可愛いのだから関係ない。


 するとシーファーレンの表情が輝いて来た。


「もっと! いろんな魔道具を開発しますわ! もっともっと便利な魔道具をたーくさん作ります!」


「ありがとう。そしてシーファーレンの為に出来る事があれば何でも言ってほしい。私は必ず駆けつける」


「聖女様…」


 シーファーレンの瞳がうっとりしている。


 えっと…えっ? この目は…恋してる? ならすぐにチューをしなくちゃ!


 俺がスッと顔を近づけると、シーファーレンが目をつぶった。


 これはいけって事だよね?


「コホン!」


 アンナの咳払いで俺は現実に引き戻された。


「ありがとうシーファーレン、私は必ず成し遂げる。また時間を取ってゆっくりと話をしよう」


「はい…」


 そして俺達は研究室を後にした。どこかアンナが機嫌悪そうな感じがするが、いつもつっけんどんなのでこんなもんだろう。すぐにアデルナやリンクシル達と合流し、聖女邸に帰る事を告げる。アデルナがシーファーレンに頭を下げて言った。


「大変お世話になりました」


 するとアンナが言う。


「すぐに行こう。聖女も、いろいろ忙しいだろうから」


「そうね」


 そして俺達は賢者邸を出て馬車の前に立った。俺がシーファーレンに手を差し伸べると、彼女から手を握って来る。


「お気をつけて…」


「心配いらないよ」


 アデルナとマグノリアがせっせと荷物を積み込み、出発の準備が出来る。皆が馬車に乗り込み、賢者邸を出発するのだった。アンナは馬で警護する為、馬車の横を並走している。そして賢者邸のエリアを抜けると、既に騎士達が待っていた。俺達は騎士と合流し王都を抜けていくのだった。

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