第227話 喉から手が出る情報

 温泉からあがり、アデルナが俺の髪の毛を整えてくれている。


 結局、俺と一緒に入浴したのは、シーファーレンとマロエ、アグマリナだけだった。流石に賢者邸に来てまで、使用人が一緒に風呂に入るという訳にもいかず、彼女らは寝る前にタライにお湯を汲んで部屋で体を拭く事になる。シーファーレンが遠慮せずに入ってと言ったのだが、流石に地位的な事も考えて遠慮したようだ。


 俺の泊る部屋には、寝巻に着替えたマロエとアグマリナがおり、アンナは鎧を脱いで部屋の端に座っている。俺はアデルナに髪の毛をいじられながらも、気になった事を彼女らに聞いた。


「えっと、ダリアちゃんは?」


 今日の温泉にダリアはいなかったし、今もどこにいるのか分からない。するとアグマリナが申し訳なさそうに言う。


「あの、すみません。ダリアはゼリスちゃんにべったりで、お風呂も彼が一緒に入ってあげています」


 なるほど。そりゃゼリスは大変だろう。だがダリアは小さいながらも、可愛らしい女の子だ。ゼリスのやつが変な気を起こさない事を祈る。まあゼリスもまだ幼いので、そんな事にはならないだろうが。 


「でも、よかった。どんな屋敷での暮らしになっているかと思っていたけど、これならいままでと遜色なく暮らせそうだね」


「はい。むしろ至れり尽くせりで申し訳ない気がします」


「そんなことは無いよマロエ。あなた方は虐げられてきたんだし、これからはもっと自由に生きるべきだ」


「ありがとうございます」


「でも外に出れないのは、ちょっとつまらないでしょう?」


「贅沢は言えません。今は王都が大変な時期ですし、外に出ればどうなるかは分かっております。それに…」


「それに?」


「むしろ楽しいのです」


「楽しい?」


「はい。今この状況が楽しいのです。仲の良かったアグマリナと四六時中一緒に居られるし、友達になったルイプイとジェーバも常に側にいる、こんなに楽しい事はございませんわ。あの殺伐とした実家の屋敷で、嫌いな兄達と居る方が辛くて仕方ありませんでした」


「そうか…」


 するとアグマリナも言う。


「マロエの言うとおりです。なんというか、親しい友達とずっと一緒に居られるというのが、これほど楽しく幸せな事だと知りませんでした。いつまでも続けばいいな、なんて思ったりしてしまいます」


「なるほどね」


 なんとなく分かる。学生の頃に、友達が家に泊りに来たり泊りに行ったりするだけで楽しかった。ずっと夜通しゲームをしたり、好きな事の話で延々と語りあったり。俺はその未来でヒモになってしまったが、あの頃はまだ女を知らず楽しんでいたように思える。


 だがこの世界の女子達にはそんな楽しみすら無い。金持ちでも、寮に入ったり学校に行けるのは長男か次男までだったりする。魔法学校か文官になるための学校なら、女がいない訳でもないが、実務的な色合いが強すぎて遊ぶ暇は無いと聞く。ましてや貴族だらけの学校では、上下関係のカーストが酷いらしく、楽しくダラダラと友達とだべるなんて、そうそう実現しないのだ。


 彼女らは、予期せぬ出来事でそれを手に入れてしまった。


 コンコン!


「はい」


「失礼します」


 そこにシーファーレンが入って来た。賢者が来たので、マロエとアグマリナがスッと立ち上がる。


「あら、座ってて。私なんかに気を使わなくてもいいの」


「「ありがとうございます」」


 二人が腰かける。その同じテーブルにシーファーレンも座った。そして俺はシーファーレンに言う。


「シーファーレン。ありがとう、彼女らは不自由なく暮らせているようです。それどころか楽しいみたい」


「それは良かった。本当に、この世界の女はそうあるべきです。男達だけが楽しみを謳歌し、女性は家にいるだけなんておかしいですわ」


 するとアグマリナが言った。


「賢者様は、まるで聖女様のような事をおっしゃります」


「そう?」


「はい。以前、聖女様は貴族の娘を集めた研修をなさいましたが、もっと世に出ていいのだとおしえてくださいました。それも難しい事だとは分かっておりましたが、こうして賢者様のような識者がおっしゃられているのを聞くと、なんだかやる気が出てきます」


 すると、シーファーレンが嬉しそうに満面の笑みを浮かべて言う。


「そう!? 聖女様がそのような事を? とても共感が持てますわ、私は聖女様が大好きなのですよ」


 するとマロエとアグマリナも言った。


「私も大好きになりました!」

「私もです!」


「このお方の素晴らしさを、皆に知っていただきたいものですわ」


「ほんとです!」

「そう思います!」


 なんだ? 尊敬の眼差しなのか何なのか、三人が潤んだ瞳で俺を見つめて来る。その顔を見ているだ けでムラムラして来て、俺はついマロエとシーファーレンの胸をジロジロ見てしまう。


 ヤベ!


 うっかりしていたが、どうやら三人は気づいていないようだ。


 するとシーファーレンが言った。


「聖女邸の女性達が、聖女様のお側から離れたくないというのが分かる気がします」


 すっげえ気分が良くなってくる。だが、あんまりだらしない顔もしていられない。


「そんなことは無いです。皆が崇高な志を持って集まっているのですよ」


 するとシーファーレンがクスリと笑って言った。


「また聖女様はそのようなお堅い事をおっしゃる。ですが皆の心はお見通しです。皆は聖女様のもとに居りたくて居るのです。流石は女神フォルトゥーナ様の神子であらせられると言ったところでしょうか? 愛の神とはよく言ったものです」


 それを聞いてマロエとアグマリナが言った。


「許されるなら…聖女様と共に生きていきたいと思っております」

「私も同じです。聖女様が許して下さるのなら、一生ついて行きます」


 いいよ! まったく問題ない! ずっと一緒に居て!


「したいようにするのが一番良いと思う。でもあなた達の幸せもありますから、いいひとが見つかったらその人と添い遂げる事も大事かなと」


 一応、建前上はそう言う。だが俺としてはずっと一緒にいて欲しい。するとアグマリナが言う。


「嫌です。男らは横柄で、いつも上から。自分達が特別だと思っておられるのです」


「私もそう思いますわ。まあバレンティア様やマイオール様は、そのような事は無いのでしょうけど」


 あ? アイツらはダメだ。あんなイケメンで、いろんな特技があって地位もある奴らなんか信用できない。確かにバレンティアもマイオールも、真摯に俺に話をしてくるが、特にバレンティアなどは他の女には優しくない。氷の騎士とか呼ばれていい気になっているが、俺の前ではデレついて気持ち悪い。マイオールなんかは熱血過ぎてウザいし、女が言い寄っても真面目で全部断るらしい。


「どうでしょう? 彼らも男だからね。あまり夢を見ない方が良いかもしれない」


 するとマロエが言う。


「聖女様はいつもあの方達とお仕事をされておりますから、きっと私達が分からない事も知っているのでしょう。王都中の注目を集める殿方達ではありますけど、もしかしたら女達が幻想を抱きすぎているのかもしれませんね」


 そのとおり! 間違いない! みんな知らないんだ。アイツらの冷たさとウザさを。


 シーファーレンがうんうんと頷いている。どうやら彼女も、彼らの本筋を見抜いているのかもしれない。俺とは違った意味で男恐怖症を抱えているようだし、やはり気が合いそうだ。


 だがこれ以上アイツらの悪口なんか言ったら、彼女らに性格が悪いと思われてしまう。俺は声が出そうになるのをグッと堪えて、話題を変えた。


「あと、私が知りたいのはソフィア様の事かな」


「聖女様はソフィア様と、とりわけ仲が良かったですからね」

「王都に不穏な空気が流れてから、すぐにマルレーン家は王都を出て行ってしまいましたしね」


 そうなんだよね。


「二人ともそれきり会ってないの?」


「「はい」」


「そうか、彼女は元気にしているのだろうか?」


「どうでしょう。ソフィア様の所にも兄様がおられますし、もしかしたら嫌な思いもされていたかもしれません。ですが、一度も私達にそのような一面を見せる事がありませんでした。殿方の悪口を言う事も無く、誰に対しても分け隔てなくいい方でした。元気でいてくださることを祈っております」


 俺も! 強くそう思う! 


「いずれソフィア様とは会うつもり。これからどうなるか分からないけど、彼女が苦しんでいるのなら助けなきゃ」


「「はい」」


 一連の会話を聞いていたシーファーレンが言う。


「マルレーン家の別荘でしたら、私が知ってますけど?」


「えっ! ホント!」


「はっ!はいぃ!」


 まずい! 思わず心の声が口から出ちゃった。俺のあまりにもの形相に、三人が驚愕の表情を浮かべている。


「あ、すみません。賢者様はいろいろな所を旅されていたのでしたね」


「そうです」


「……」


 俺はちょっと言葉を詰まらせてしまった。すると何かに気が付いたのか、シーファーレンが俺に言う。


「明日、本館に来た時、マルレーン家の別荘を教えて差し上げますわ」


「お願いします」


 間髪入れず返事した。


 女子トークやっていてよかった! まさかシーファーレンがマルレーン家の別荘を知っているなんて思わなかったから。俺は楽しみ過ぎてドキドキしてくる。俺がチラッとアンナと目が合うと、もうアンナは俺がどうしたいかを見抜いているようだ。


 今日の夜はそわそわして眠れそうになかった。

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