第226話 賢者の湯

 クビディタスが連行されるも、取り調べは数日ほどかかるだろう。恐らく該当する貴族達は今ごろ戦々恐々としているに違いないが、いまだに反王派の動きは無いように思える。そこで俺達は、救出したマロエとアグマリナの様子を見に行く事にした。


 俺の馬車にはミリィとマグノリア、アデルナとリンクシルが乗り込み、アンナが護衛として騎乗し周辺を警戒していた。第一騎士団のマイオールは騎士を護衛につけると言ったが、賢者邸には限られた人しか入れない為、その入り口付近まででとお願いした。


「では第一騎士団の皆様はここまでです。これより先は、賢者様の許可なく入る事は出来ません。護衛いただきありがとうございました」


「は! それでは明日の午後またお迎えにあがります」


「よろしくお願いします」


 俺達は第一騎士団に見送られ、広大な賢者エリアに侵入した。賢者邸の前に到着すると、シーファーレンが直々に出迎えてくれる。


「聖女様! ご機嫌うるわしゅう」


「シーファーレンもお元気そうで」


「ささ。どうぞお入りください」


 俺達がシーファーレン邸の庭に馬車ごと入り、アンナの馬が門をくぐると、影武者のシルビエンテが門を閉じて鍵をかけた。するとシーファーレンが門に向かって、何かの魔法を詠唱する。


 馬車を降りアンナが馬を繋ぐと、シーファーレンは俺達を建物に入るように導いた。そして玄関を締め鍵をかけ、そのまま奥へと進んでいく。いつもよりかなり慎重に動いているように思えた。


「お目当てはお嬢様方ですね?」


 話が早い。何故か予言しているかのように、いつも俺の用事をあてられてしまう。


「すみませんね」


「いえいえ。こちらです」


「えっと。別館にいるんじゃないですか?」


「別館にいますわ」


「そうですか」


 そのまま先に進むと、地下に続く重厚な階段が見えて来る。地下に下りるにしては随分立派な階段だ。だが俺達は地下に案内されて驚いた。なんと地下にも絨毯張りの廊下が伸び、部屋の扉が並んでいたのだ。俺達の想像する地下とは違っていた。


「部屋が普通にあるんだ」


「ええ。ほとんどは実験室か研究室ですが」


 なるほど。賢者だもんな、そんな部屋があっても不思議じゃない。


 絨毯の廊下を更に奥に進むと、他の部屋の扉と同じ形状の扉の前に立った。


「では」


 シーファーレンが何処からともなく、大量の鍵がぶら下がった束を取り出した。迷いなくそのうちの一本をさしこみ、ガチャリとそのドアを開ける。


「どうぞ」


 俺達が連れられ中に入ると、そこは図書館のような棚が並ぶ部屋だった。しかもかなり広い部屋で、シーファーレンはその書棚の間を歩いて行く。何の事か分からず、俺達もそれについて行った。


 一つの書棚の前に立ったシーファーレンが、手のひらから何かの光を飛ばして壁を光らせた。そのまま書棚に手をかけると、それを手前に引っ張る。それは書棚に見せかけた扉だったようだ。その奥には石畳の通路が続いており、俺達はシーファーレンに導かれるままにそこを歩いた。


 その通路は長く何処までも続いているかのようだったが、突如終わりを迎え、そこにはどこかに続く扉があった。シーファーレンがリズミカルにその扉を叩く。


 コンコココンコン コンコン!


 するとしばらくして、向こう側から鍵が開けられる音がした。扉が向こう側に開いて行き、そこに立っていたのはルイプイだった。


「あ! 聖女様!」


「ルイプイ。元気にしてた?」


「はい!」


「みんなは?」


「どうぞどうぞ」


 賢者と俺達が、その部屋に入ると、そこはどうやらベッドルームのようだった。


「ルイプイはここで寝泊まりしてるの?」


「はい。昼間は地下にいる事が多いです」


 なるほどね。念のため屋敷に人がいるのを悟られない為に、地下に住まわせているらしい。賢者はどこまでも慎重で万全を期すタイプのようだ。


 俺達がその部屋から出て、隣の部屋をノックすると中から返事が聞こえる。


「はい」


 マロエの声だ。だが扉を開けたのはジェーバだった。


「聖女様!」


「ジェーバも頑張ってるね」


「いえ。そんなに大したことはしてません」


 すると中からマロエとアグマリナが呼び掛けて来た。


「聖女様! ようこそおいでくださいました!」

「どうぞ! こちらへ」


 俺達が中に入ると部屋はかなり広いらしく、二人はいつも一緒にこの部屋にいるらしい。寂しいのでいつも一緒に居る事にしているのだそうだ。さっきの部屋にはジェーバとルイプイが二人で住んでいて、交代制でマロエとアグマリナの世話をしているらしい。


「えっと、ダリアちゃんは?」


「あ…はい…」


 アグマリナが口ごもる。


「こちらへ」


 二人に連れられて、また隣の部屋に行くとそこにダリアがおりゼリスも一緒に居た。するとゼリスがマグノリアを見つけて言う。


「おねえちゃん!」


 ダッとマグノリアの所に駆けて来る。


「ゼリス、いい子にしてた?」


「まあね。でもすることが無いんだ」


「もう少し我慢してね」


「大丈夫。慣れてるよ」


 そうだった。ゼリスは少し前まで、東スルデン神国の貴族に幽閉されて居たんだった。また同じような境遇に置いてしまった事を申し訳なく思う。


 申し訳ないので俺がゼリスに言う。


「欲しいものは無い? 食べたいものとか」


「いえ。ただ…たまには一人になりたいです…」


「えっと夜は一人じゃないのかな?」


「違います」


「どういう事?」


「トイレ以外はずっと、ダリア様がそばにいます」


 うわあ…。


 それを聞いた俺がダリアを見ると、めっちゃ楽しそうにニッコリとしている。だがその隣では、アグマリナが大変申し訳なさそうな表情をしていた。しかしここはゼリスに我慢してもらうしかない、ダリアが外になんか出たらすぐに見つかってしまうからだ。ダリアとゼリスを天秤にかけた場合、今一番かわいそうなのはダリアの方だった。今しばらくゼリスに頑張ってもらわねばならない。


 そして俺が言った。


「マグノリアとリンクシルにお願いがある」


「「はい」」


「私はマロエさんとアグマリナさんに大事な話があるから、ダリアと遊んでいてもらえる?」


「「はい!」」


「じゃお願い」


 そして俺は二人にダリアとゼリスを任せて、元の部屋に戻った。更にアデルナには、ルイプイとジェーバに困りごとが無いかを聞いておいてもらう事にする。


「かしこまりました」


「では、マロエさんとアグマリナさん。部屋に戻りましょう」


「「はい…」」


 俺とアンナと賢者が、マロエとアグマリナの部屋に入った。現状事件の話がどこまで進んでいるのか、いま二人の家がどうなっているかの進捗を伝えたのだ。自分達のお家がまだ無事な事と、母親や幼い弟などは処刑される事がないと聞いて涙している。父親と長兄と次男あたりまでは、厳しい罰が与えられるかもしれないと告げると、そこは自業自得です! ときっぱり言われた。


「お風呂とかあるの? 」


「あります!」

「良くしていただいてます!」


 俺がチラリとシーファーレンを見ると、シーファーレンがニッコリ笑って言った。


「聖女様は、本日お泊りなされるのでしょう? 馬車にお荷物が載っているようでしたから」


 流石お見通しだ。


「そのつもりでした」


「ではお風呂を見て言ってください」


「はい」


 俺達が部屋を出て、廊下を曲がった突き当りにそれはあった。扉を開けてそこに入ると、なんと天井が吹き抜けになっており一階に通じている。自然光が入ってきており、なんともモダンな感じがした。


「どうぞ先に」


 カラカラカラ


 と扉を開けて俺達は絶句した。なんとお湯がなみなみに浴槽に注がれているのだ。何かの魔獣を模した石像の口から、お湯がひっきりなしに出ている。


「シーファーレン。これは魔法?」


「いえ。魔法なのはその蛇口から出るお湯だけです」


 そう言って壁の蛇口を指さす。


「ちょ、ちょっといいですか?」


 俺は壁に取り付けた蛇口をひねる。するとそこから熱めのお湯が出て来た。


「これを魔法で?」


「ええ。それは魔道具の一種で、火魔法と水魔法の魔法陣が刻まれています」


 すっげえ!


「あの石像の口から出ているお湯は?」


「温泉です。地下千メートルからくみ上げています。いつお勝手に噴き出ていますが、組み上げの途中には魔道具が使われており詰まらないようにしてありますわ」


 俺はわなわなと震えてしまう。


 お、温泉が湧いてる! 入りたい! 日本人たる者温泉に入らずしてなんとする!


 賢者が俺に聞いて来た。


「入られま…」


「はい!」


「それはよかった」


 王都の騒動が終わったら、俺は賢者に大金をはたいてもお願いしたいことが出来てしまった。何とかこれを聖女邸に作る事は出来ないだろうか? これが完成した暁には、準備などせずいついかなる時でも温泉に入る事が出来る。毎日でも女達と湯網をすることができるのだ。これは俺の人生の大きな目標かもしれない。


 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、シーファーレンは何処からともなくバスローブを持って来てくれるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る