第223話 解放される子供達

 そしてクビディタスの教会へガサ入れの日が来た。教会側の立ち合いとして、俺と教皇や枢機卿まで駆り出される事となる。正直な所、王宮ですべて処理をしてもらいたいと思っていたが、教会のガサ入れとなれば部外者面してる訳にはいかないのだ。


 早朝の朝靄の王都を、俺達の馬車が連なって走り抜けていく。既に目覚めた市民達が、何事かと俺達の行列を見送った。


「ふうっ。こう言うのは王宮だけでやってほしいと思うんだよ」


 俺が言うと、スティーリアが俺の手を握り優しく言った。


「お我慢です。教会関係者としてどうしても、聖女様は外せないのですよ」


「分かってるけどね」


 俺が気にしているのは、孤児院の子達がどんな風に思うかだ。だいぶ時間が経ってしまったし、もしかすると既に売りに出されてしまった子もいるかもしれない。久しぶりに顔を出す事にも罪悪感があり、どんな顔をして子供達の前に立ったらいいか分からない。


 するとそれを察したスティーリアが言う。


「孤児院の子達も、きっと分かってくれると思います」


「きっと怒ってる子もいるんじゃないかな?」


 今度はアンナが言った。


「聖女の事をそんな風に思っている子はいないさ。それよりも、今日その子らを開放できる事を喜んだらどうだ」


「そうかなあ」


 そんな話をしているうちに、俺達の一団はクビディタスの教会に到着した。もちろんクビディタスには前もって伝えてはおらず、教会の中が途端に慌ただしくなる。


 騎士達が馬を降り、教皇や俺達も馬車を降りたところでクビディタスが慌ててやってくる。


「こ、これはこれは! 教皇様! これは何事ですかな! 随分と大勢でいらっしゃって」


 すると教皇が言う。


「クビディタスよ。自分の胸に聞いてみると良い、全てはお前の心が知っているはずだ」


「な、ななな! 何も心当たりはございません!」


 すると横に立つ第一騎士団長フォルティスが、書簡の封を解いて読み上げた。


「クビディタス司祭よ! 本日は王命により、教会の改め及び関係者の証言をとる! まずは罪状を読み上げる! ひとつ! 孤児の不正売買! ひとつ! 貴族への賄賂贈与! ひとつ! 不穏分子と繋がっての不正な金品の授受! ひとつ! 王に背く旨の情報供与! 以上だ! これよりお前を逮捕する!」


 静かな朝靄の町に、フォルティスの低く大きな声が鳴り響いだ。それを聞いたクビディタスの顔がどんどんと青くなっていく。どうやらこいつは、貴族達からも情報をもらっていなかったのだろう。ようは見捨てられたのだ。


「な、何一つ身に覚えが御座いません! 何かの間違いではないでしょうか!」


「既に調べはついている!」


 そしてフォルティスが部下に言った。


「こいつをひっ捕らえろ!」


「「「は!」」」


 クビディタスがガッと押さえられて、強制的に跪かされた。すると突如教皇に縋るように言った。


「教皇様! なにかの間違いです! 私は消してそのような事は!」


「残念じゃよクビディタス。お前から上がって来ている帳簿にも、嘘があった事は分かっている。往生際が悪いぞ」


「そ、そんな…」


 震えるクビディタスの目が俺に向いて来た。


「いつも、いらっしゃっていた聖女様なら分かりますよね! うちの子供達にも良くしてくださった! 皆さんに言ってください! 私は何もしていないと!」


 そこで俺は、以前クビディタスの孤児院で配ったぬいぐるみを取り出して見せた。


「これを、覚えていますか?」


「ええ! ええ! 覚えていますとも! 聖女様が孤児達の為に持ってきてくださったぬいぐるみでございます! それを頂いてからと言うもの、孤児達が元気になりましてね! 本当に感謝しておったのでございますよ!」


「では、これは知っていますか?」


 俺はぬいぐるみの隠し縫いをひらいて、そこから手紙を取り出した。


「な、それはなんですか?」


「孤児達から私あてに書いた手紙です。申し訳ないのですが、このぬいぐるみで孤児達と会話をしておりました」


「孤児達と…いつの間に」


「孤児達は泣いておりました。先に売られたお兄さんお姉さんの事を心配し、自分達の行く末も嘆いておりました。そしてその子らの行先はすでに調査済みとなっており、今後は貴族達にも調べが及びます。それも全ては、勇気ある孤児達からの訴えから始まった事。あなたは子供達の心を踏みにじり、ないがしろにしてきた。それはおろか、自分の懐を肥やすために、子供達の命を売ってきたのです。どうか、もうこれ以上子供達を苦しめないでください」


「……」


 クビディタスは完全に黙った。だが次第に表情が怯えたものから、怒りに変わって来る。突如クビディタスが叫び出す。


「この! 淫売め! どうせ貴族や王族、教会も、その色香でたぶらかし動かしたのだろう!」


 へっ? いやいや。男に体を売るなんて絶対に無理なんですけど。おえっ!


 だが次の瞬間だった。


 ビッ! とアンナが剣を抜いて、クビディタスの首に剣を突き付けていた。


「アンナ! ダメ!」


 寸前で止まる。目にも見えぬ早業に、騎士達も身動き一つとれないでいた。俺が騎士団長フォルティスの前に行って謝罪する。


「お許しください。騎士団長!」


 それを見たアンナは、スッと剣を鞘に納めた。それを見たフォルティス騎士団長が言う。


「なにがですかな? おい! お前達! 今、何か見たか?」


「「「「「「「「「いえ! 何も見ておりません!」」」」」」」」」


「だそうです。何も起きてないのだから、聖女様がお謝りになる事は何もない」


「あ、ありがとうございます」


 そして俺は後ろに下がる。するとアンナが俺の所に来て頭を下げた。


「すまない聖女。怒りが爆発してしまった」


「分からないでもないけど、流石に押さえましょう」


「わかった」


 そしてフォルティスがクビディタスの前にしゃがみ込み、その顔を覗き込んだ。フォルティスの顔が滅茶苦茶怒っているように見える。


「おい。騎士団に抵抗をしたという事で、今ここで殺してやろうか?」


 いつものフォルティスの口調じゃない。何かドスがきいている。


 パン! 思いっきりビンタする。


「ううっ…」


「聖女様がどうしたって? もう一度言って見ろ」


「い、いや…」


「言って見ろ!」


 ビリビリビリビリ! と空気が揺れる。騎士達も心なしか背筋が伸びた。


「い、淫売と…」


 パン! またビンタした。


「もう一度言って見ろ!」


「い、いえ。聖女様には良くしていただきました。何もございませんでした」


 パン! またビンタする。クビディタスの目と頬がはれ上がって来た。口と鼻から血を流している。


「最初からそう言え! クズが! 死に場所ぐらいきちんと選べ! お前の処刑は生易しものではないろうがな! こんなところであっさり殺してしまったら、これまで死んでいった孤児達に申し訳が立たぬわ!」


 こっわ! アンナとは違う怖さがある。ちょっと、絶対に怒らせたくないんですけど。


 スッとフォルティスが立ち上がって、俺を振り向いて真顔で言う。


「ささっ、聖女様。これから騎士団は教会の調べとなります。聖女様はそのまま、孤児達に会って来ると良いでしょう。どうぞ孤児達に会ってやってください」


 なんと。その為に俺は連れて来られたのか。教皇と枢機卿だけで良いんじゃないかと思っていたが、どうやらルクスエリムが気をきかせてくれたらしい。


「ありがとうございます」


 俺とスティーリアとアンナが、孤児院の方に足を向けた。すると屋敷の中から一部始終を見ていた孤児たちが、玄関を開けてダーッと走り寄って来た。皆が俺のスカートにまとわりつき、周りに立って笑顔を浮かべている。俺はその場にしゃがみ込んだ。


「みんな。遅くなってごめんね。もっと早く来ようと思ったんだけど、いろいろと時間がかかってしまった。不安だったでしょう? 怖かったよね? 本当にごめん」


 すると孤児達が一斉に俺にぬいぐるみを見せて来た。ひとりの少年が言う


「聖女様! 僕らはこのぬいぐるみのおかげで耐える事が出来たよ!」


 一人の少女が言う。


「私達は信じてた! 聖女様が絶対に助けに来てくれるんだって! 聖女様は絶対に嘘をついたりしないんだって!」


 幼い男の子が言う。


「みんな、聖女様が大好きだから! 絶対助けてくれるって分かってた!」


 幼い女の子が言う。


「手紙! みんないっぱい書いた! でもやっと渡す事が出来る!」


 子供達が俺にぬいぐるみを渡してくるので、俺はそれを一個一個抱いて行った。抱ききれなくなり胸からはみ出した奴を、スティーリアとアンナが拾ってくれる。その光景がどんどん霞んで来た。すると、もっと小さな女の子が言う。


「せいじょさま、泣かないで。わたしせいじょさまのえがおが大好き」


 俺は思わすその女の子を抱き寄せる。


「ごめんね。ごめんね!」


 すると子供達が俺に抱きついて来た。しばらく俺はそこから動く事が出来ず、スティーリアも泣いてしまい、アンナが苦笑を浮かべていた。


「よし! でももうみんなの引き取り先は決まってるからね! 今度は自分達でやりたいこと見つけて、何でもしていいから! この聖女様が保証します! 安心しなさい!」


「「「「「「「「はい!」」」」」」」」


 孤児達は皆、泣きながらも満面の笑みを浮かべ、自分達が救われた事に安堵するのだった。俺が女のケツを追いかけた結果、こんなに子供達に喜ばれる事になるとは思ってもみなかった。俺がスティーリアを見ると、彼女は泣きながらもうんうんと頷いている。アンナを見ると、俺に親指を立てて笑っていた。


「そうだ! お祝いしなくちゃね! みんなを聖女邸に招待しちゃいます! うんと美味しいものを用意してもてなすので楽しみにしていてね」


 子供達が歓喜した。既にこの事はミリィにも伝えているので、この件が終わったら子供達を聖女邸に読んでパーティーをするつもりだ。一つの目的を達成した俺は、心から充実感を感じていたのだった。

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