第222話 ケツを叩く

 会議は難航した。だがヒストリア王国を取り囲む状況は刻一刻と変わっていく、それほど悠長に構えている訳にもいかない。それは会議に加わった全員が思っている事だった。更にここに集まっている十三人は、全員がヒストリア王国を存続させる事しか考えていない。意見の相違はあれど、その目的だけは皆が一緒だった。


 そして俺達が話し合った結果、各人の考える優先順位があげられルクスエリム最終判断を待つばかりとなった。一度皆を下がらせ、ルクスエリムはザウガイン宰相とルクセン辺境伯、俺と教皇の四人をここに残す。


 ルクスエリムがザウガイン宰相に話すように促す。


「はい。ではよろしいでしょうか?」


 俺達は黙って聞く。


「まずは公開裁判をすみやかに行います。セクカ伯爵とジャンは情状酌量の余地はありませんので、既に死罪と決定しています。ですが、セクカ伯爵だけを見せしめにしても、貴族の方々は納得しないでしょう。そこで陛下が虎の子を使って調べ上げた、反王派の伯爵数名を逮捕し尋問する事になります。セクカの証言同様に彼らの反意を確認でき次第、そちらの貴族もお家取り壊しと言う事になると思います。そこまでで恐らくは王派の貴族達も納得するはず、後は当該伯爵につらなる反王派の子爵や男爵を、王派閥か中立派閥に取り込んでいただきます。後は彼らに金や奴隷を流した者の処分となります」


 それには俺が質問した。


「恐れ入りますが、具体的に伯爵の名を聞く事は出来ますか?」


「もちろんです。まず一つはリファーソン家」


 やっぱり来たか。マロエの家だ。


「もう一つはベルドーネ家でございます」


 ベルドーネとはアグマリナの家だ。ギルドが調べ上げた通りの結果となった。


「それ以下の貴族はお咎めなしでしょうか?」


「いえ。減給と領土の一部取り上げとなり、格下げと言う事になるでしょう」


「わかりました」


 そして今度は教皇が話す。


「恐れ入りますが、金や人を流していたのは教会の人間では無いですか?」


「その通りでございます。クビディタス司祭が、孤児の人身売買により金を設けておりました。その金を有力貴族に回す事で、孤児を優先的に自分の所に回すようにさせていました。更には盗賊あたりからの資金提供もあり、ずぶずぶに繋がっていたようです」


 もうそこまで分かっている訳ね。じゃあもう何もすることは無い。だがルクスエリムが言う。


「それもこれも、聖女に尻を叩かれまくった成果じゃよ。聖女が必死に動いたおかげで、大臣や王派の貴族達が動かざるを得なくなった。いままでは必要悪として見逃していたのだが、流石に国を脅かすようでは容認出来ないというのもある」


「すみません。私が差し出がましい真似をしたばかりに」


「そのような事は無い。このまま見逃しておれば、いずれは国が滅んでいたであろう。貴殿は我々の目を覚まさせてくれたのだ。王として礼を言わねばならん」


「身に余るお話です。それで…お伺いしたいことが」


「言うてみよ」


「はい。取り壊しになる貴族の件でございます」


「うむ」


「罪状が明確になった後、その御家はどうなるのでしょう?」


「もちろん責任と取ってもらう」


「と言うと死罪という事に?」


「もちろん筆頭は死罪となろう。また恨みを買い将来的な復讐の懸念もあるため、長男は死罪となる。奥方と次男以下の子らは投獄され、議会にてその処遇が決まる。娘らはどこかの貴族の下女として働くことになるであろう」


 なるほど、全員が殺されるわけじゃないのね。でも、どこかの下女なんかになったら、それはそれは酷い仕打ちを受けるのは目に見えている。予め助けておいて良かった。


「わかりました」


 そして宰相が再び話し出す。


「国内はそれで一度落ち着くでしょう。出来るだけ早く処分を決めねば、造反する者達が徒党を組んで動くやもしれません。裁判が終わり次第、すぐに騎士達が動きます」


 皆が頷いた。そして辺境伯のルクセンが言う。


「陛下。裏切りの騎士団の処分であるが、わしから頼みがあるのじゃ」


 ルクスエリムに向かって直接言っている。


「なんだ?」


「手心を加えてもらえぬだろうか? もちろんそのまま騎士団にはおいては置けぬが、永久除名あたりで手をうってはどうじゃろ? 不名誉な事ではあるから、地元に帰れば石を投げられるやもしれん。だが奴らには家族がいて、その家族には全くの罪がないのじゃ。孤児を増やすわけにもいかんじゃろ?」


 ルクスエリムが腕組みをしてしばらく考え頷いた。


「よかろう」


「すまぬの」


 再び宰相が続きを話す。


「それらが落ち着いたのち、騎士団を安定させる必要もございます。その目処がつき次第、東スルデン神国への通達といたしましょう。捕虜を買い取るのか、もしくは戦争となるのかはそれからです」


 そこで俺が心配な事を聞く。


「敵国は待ってくれるでしょうか? 恐らく敵国の間者はどこかに入り込んでいると思われます。これを期に国境を越えて攻め入って来る可能性はございませんか?」


 すると宰相ではなくルクスエリムが直接答えた。


「あるだろうな。その為に、既に諜報が第五第六騎士団の調査に入っておる」


「それでは先ほどの会議の話にも上がった、私兵の徴兵をしてはいかがでしょう? もちろんすぐに戦力になる者だけではありませんが、力のある者には報酬を出せば働くでしょう。それについてはギルドとの話し合いもありだと思われます」


「ギルドは国政に協力はせんぞ」


「もちろんその通りでございます。ですがいきなり入団してもらわなくていいのです。普通に金を出してギルドに依頼を出すのですよ。まずは金で戦いに参加させ、戦いの様子を見て力量を見極めるのです。そこでめぼしいものがいれば、破格の条件で軍に引き入れてしまいましょう。あとは優秀なフォルティス騎士団長が何とかするでしょう。今回は軍部の失態もありますので、ケルフェン中将あたりには馬車馬のように働いてもらう必要があります」


 俺の言葉にルクスエリムもザウガイン宰相も、ルクセンも教皇も目を丸くする。


「なんというか…」


「いかがなさいました?」


「恐ろしいほど、したたかな計画じゃと思うてな」


「そうでしょうか?」


 いやいや。この国で男達は偉そうにしてるんだから、もっと命がけで戦ってもらわんとね。それこそ自分の命で、可愛い女達を守れると思ったら幸せだろ? 軍部だけじゃなく、男どもには馬車馬のように髪を振り乱して働いてもらわねばならん。


 するとルクセンが苦笑いして言う。


「なんというか…聖女は怒っておるのか?」


「滅相もございません」


「一瞬、鳥肌がたったのじゃが?」


 するとルクスエリムも宰相も教皇もうんうんと頷いていた。


「申し訳ございません。ですが、国が亡ぶ可能性もある一大事かと思われます。なりふり構っている場合ではないのではと考えました」


「そのとおりじゃ。気が引き締まる思いじゃな」


 ルクスエリムが言うと皆がうんうんと頷いている。


 いや、マジで。腑抜けなお前らのせいで可愛い女の子らが苦しんでいるんだ。こっからは、命がけてやってもらわねばならん。俺がガンガン身体強化かけてやるから、東スルデン神国の兵士を根こそぎ殺して来ると良い。


「出過ぎた真似でございました。申し訳ございません。ですがこれこそが女神フォルトゥーナ様の神託であると私は思います」


「わかった。皆! そのように!」


「「「はい」」」


 お偉いさんが苦い顔をして頷いた。再び出て行った全員を会議室に引き入れて、ルクスエリムが決まった事を伝える。正式決定なので皆がこれで動く事になる。


 話が終わり公開裁判の中身も決定した。今日の所はこれでお開きとなったので、俺がシルビエンテと控室に戻ると皆が出迎えてくれた。


「聖女様。お疲れ様でございます」


「ミリィもアンナも待ちくたびれたでしょ?」


「いいえ」

「大丈夫だ」


 すると賢者シーファーレンが声をかけて来た。


「さすがは聖女様でございます。男をなまけさせぬように宿題を置いて来ましたね」


「そうそう。あ、これは返すね」


「はい」


 俺がシーファーレンに返したのは、遠隔で俺の会話が聞こえるようになる魔道具だ。ミリィとアンナとシーファーレンは、ここでこっそり俺達の話を聞いていたのだ。俺は皆に言った。


「いよいよ忙しくなる」


 アンナが答える。


「どこまでもお供するさ」


 ミリィも言った。


「私も聖女様のお側におります」


「二人ともありがとう。さて、帰るとしよう」


 丁度そこに、バレンティアと騎士達がやって来た。


「お疲れ様でございました。どうやらいろいろとお決まりになったご様子ですね」


「ええ。これから近衛も忙しくなりそうでしたよ」


「もちろんそのつもりです」


 ああ、憎たらしい。めっちゃ余裕のスマートな返事がイラつく。男が来た事でメイドの格好をしたシーファーレンは俯いてしまったし、さっさと帰ってコイツから解放される事にしよう。


 俺は急いで王宮を後にするのだった。

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