第218話 出て来なくなった妹
俺達がエントランスに集まっていると、屋敷周辺を警戒していたアンナが玄関から入って来る。するとアグマリナがアンナに駆け寄って聞いた。
「アンナ様! それで、妹はどうなります?」
「大丈夫だ。そのうち諦めて出てくるだろう」
「そうですか…」
すると横からミリィが、作ったお弁当をアグマリナに持たせて言う。
「妹さんが出てきたら、これを食べさせてあげてください」
「ご、ご迷惑をおかけいたします!」
まあ仕方がない。マロエとアグマリナは、前段階で話がついていたから素直に俺達について来たが、アグマリナの妹は心の準備が無かったため、強制的に連れて来た形になってしまった。アグマリナが直前に説得してくれたらしいが、渋々という感じでついて来たのだ。
唐突にアグマリナがアンナの足元に這いつくばって床に叫ぶ。
「ダリア! 聞き分けなさい!」
「……」
「皆さんは私達の為に命がけでやってくださったのですよ!」
「嘘!」
アンナの陰の中から声が聞こえて来る。ダークハットをかぶって、アンナの影に入り込んだアグマリナの妹のダリアだ。アンナが聖女邸に到着したら、ダークハットを脱ぐようにと言い聞かせたのだが、出て来ても良いと言っても出て来なくなってしまったのだ。
「こら! 命を助けてもらったのですよ!」
「やだ!」
その押し問答を聞いていた俺が言う。
「アグマリナさん。今は仕方ないでしょう、とにかく急がねばなりません」
「分かりました…」
アグマリナは怒っているが、俺達は妹のダリアの気持ちがわからんでもない。突然家を捨てろと言われても、なんで? となるのは普通の事だ。
「とにかく行きましょう」
俺とアンナ、リンクシルとルイプイとジェーバが先に屋敷を出る。後からついて来たマロエとアグマリナが、恐怖に顔を引きつらせて後ずさった。
「ひっ!」
「ま、ままっ! まじゅぅう!」
俺は慌てて二人に言った。
「魔獣だけど大丈夫! 使役しているから!」
「し、使役ですか?」
「ほら、背中を見て!」
マロエとアグマリナがヒッポの背中を見上げた。するとヒッポの背中に乗ったマグノリアとゼリスが、こちらを見下ろしている。俺はマグノリアにアイコンタクトを取りつつ、アンナが開けてくれた馬車にマロエとアグマリナを押し込んだ。
俺達も後から乗り込み、二人に事情を説明する。
「実は王都中に監視の目が光っててね、見つからないように空から移動するつもりなんだ」
「「空から…」」
とにかく説明をしているのもまどろっこしいので、俺はマグノリアに言う。
「出して」
「はい」
変に見送りなんかすると目立つので、誰も玄関からは出てきていない。馬車が揺れ始めたが、すぐにスッと揺れが無くなった。そこで俺はマロエとアグマリナに言う。
「ほら! 外を見てごらん」
「「は、はい!」」
二人が立ち上がって馬車の窓から外を見た。
「飛んでる!」
「夜景が見えます!」
「凄いでしょ」
「ロマンチックです」
「ほら! マロエ! 星空が近い!」
「普通はこんな風景を見れないからね、今日は目に焼き付けたらいいと思うよ」
「うっとりします」
「こんな光景が生きているうちに見れるなんて…すばらしいわ」
「でしょ」
するとアグマリナがアンナの足元に向かって言う。
「ほら! ダリア! こんな機会は無いわよ! あなたも見てごらんなさい!」
「……」
「すっごく綺麗よ。いま王都の空を飛んでいるのよ!」
「嘘! 騙されない!」
「本当だってば!」
「知らない!」
姉妹喧嘩が始まったので、俺はアグマリナの肩に手を置いて言った。
「無理にしない方が良い。今は二人で楽しんで」
「はい…」
その光景にマロエも困ったような顔をして言う。
「普段はおとなしくて優しい妹さんなんですよ。誤解のないように」
「誤解なんかしてないよ。大丈夫、まだ理解できていないだけだと思うから」
「はい」
それから一度王都の外に飛び、再び戻って賢者の屋敷内に降り立った。夜中だと言うのに、サっとシーファーレンとシルビエンテが玄関を飛び出して来た。もちろんこの周辺には人の気配はなく、誰にも見つかる事は無かった。
「聖女様!」
「シーファーレン。夜分にすみません」
「話は中で。さあ!」
俺達と貴族の娘達、そしてマグノリアとゼリスの姉弟も一緒に賢者邸に入った。応接室に通されると、シルビエンテが素早くお茶を用意してくれる。
「こちらが伯爵の娘、マロエさんとアグマリナさんです」
「マロエです」
「アグマリナです」
「シーファーレンと申します」
「此度はお助けいただき誠にありがとうございます」
「感謝してもしきれないご恩を感じております」
「いやいや。空き家をお貸しするだけだから、別に大したことはしてません」
「それでも、王に背く家柄の娘を預かるというのは危険も伴います」
「あら。問題ないわ、ここには王の密偵も間者も近づきませんし、訪問者などはギルド関係者くらいしか来ません。あ、あと聖女様くらいでしょうか」
「そうなのですね?」
「ええ」
挨拶を終えると、シーファーレンが俺に興味津々に聞いて来る。
「それで、いかがでした?」
「シーファーレンのおかげで大成功。誰にも感づかれる事無く、この子らを連れ出す事に成功しました! 魔道具って凄いですよね」
「役に立ったようで何よりです」
「それで…」
「どうされました?」
「実は、ダークハットがまだ影の中で…」
「あらあら、どうされました?」
「ちょっと説明不足で、こちらのアグマリナさんの妹が出て来なくなっちゃって」
「あらあら、まあ気長にお待ちするしかないでしょうね」
「だから返せなくて」
「あら? そんな事は気にせずともよろしいのですよ。出てきた時にお返しいただければ」
「じゃあ、身代わりのペンダントだけ」
「いえ。こちらもまだお使いになると思います。ですからまだ持っていて下さい」
そうなんだ。でもシーファーレンは思慮深い、恐らくはこれを使う時がすぐにやってくるのだろう。俺は軽く礼をして言った。
「ではお借りします」
「はい」
そして俺達は時間が経つのも忘れて、今後の事を話し合った。マロエとアグマリナの暮らしをどうやって支えていくか、内乱が起きた場合の対処などを綿密に計画を立てる。流石は賢者、物凄い戦略家でもあり完璧な計画を考えてくれていた。
しばらく話し続けて、俺は外が明るくなってきている事に気が付いた。横を見るとマロエとアグマリナがコクリコクリと、今にも寝落ちしそうになっている。脱出劇でつかれているのに、風呂に入った後そのままここにきて朝まで打ち合わせ。そりゃ眠くもなる。
それに気が付いたシーファーレンが言う。
「シルビエンテ。お二人を寝室にお連れして、空き家に案内するのは明日でもいいわ」
「はい」
そこで俺も言う。
「ルイプイとジェーバも一緒に行って。これからしばらくは、あなた達が彼女達をささえるんだから」
「「はい」」
するとリンクシルが俺に言う。
「あの…ウチも行っていいでしょうか?」
「そうだね。二人が眠るまで見てあげて」
「はい!」
そしてシルビエンテが、マロエとアグマリナを連れて部屋を出る。ルイプイとジェーバとシンクシルもそれについて行き、部屋には俺とアンナ、マグノリアとゼリス、そしてシーファーレンだけが残るのだった。
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