第215話 華麗なる誘拐

 フードを目深にかぶり、俺達がその屋敷で待っていると馬車の音が聞こえて来た。速やかにドアを抜け路地裏から表通りに出ると、俺達の前で馬車が止まる。馬車のドアが開いて中からスティーリアが顔を出した。


「さあ! 早く! 監視されているでしょうから!」


 俺達が馬車に乗り込む時、一緒に乗り込んだアデルナに化けたマロエが驚いた声を出す。


「ひゃっ!」


 無理もない。目の前に自分がいるのだから、すると中に乗っていたマロエに化けたアデルナが自分のペンダントを外した。二人は元通りになりマロエが俺に言う。


「驚きました。私がいるから…」


「このペンダントの力だよ」


 俺はマロエからスッとペンダントを外した。ここまでは完璧! 間違いなく聖女邸の人間だけが、この馬車に乗っていると思われているはずだ。まあ不穏な動きだとは思っているだろうが、マロエを誘拐して来たとは分かるまい。


「さて、次はアグマリナだね。もう一台の馬車はもう向かってるかな?」


「すでに行っていると思います」


「わかった。私達も向かおう」


 俺達の馬車はアグマリナの家に向かって走り出す。これ以上、夜が深まれば馬車が動くのは不自然な時間帯になってしまう。あえて街の繁華街を通り抜け、騒がしさに紛れながらも遠回りしてアグマリナの家に向かう。


「あの馬車です」


 アデルナが言う先に、聖女邸の馬車がいた。


「マロエにはあの馬車に乗り換えてもらう。瞬間的に止まるから準備して」


「は、はい!」


 マロエが慌ててドアの所に立ち、転ばぬようにアンナが支えた。その馬車の脇を通り過ぎる時、いったん止まると隣の馬車のドアが開いてミリィが顔を出した。


「さあ! こちらへ!」


 俺達はマロエを隣の馬車に乗せる。そしてそれと入れ替わりにゼリスがこちらに乗り込んで来た。むこうの馬車では、ミリィとヴァイオレットがマロエを座らせ、俺にアイコンタクトを取ってドアを閉める。俺達の馬車が通り過ぎると、ミリィ達の馬車も動き出して反対方向に行った。


「ゼリス。どうなってる?」


「もう準備できてます」


 小さなイケメンはちょっと不安そうな表情を浮かべつつも、自信をもって答えた。


「じゃあやろうか。次はアンナが潜る番」


「よし」


 俺達はアグマリナの屋敷の正面玄関に馬車を回した。衛兵二人がいるが巡回などはしていないようだった。そして俺はゼリスに言う。


「やって」


「はい」


 俺達がそこでじっと待っていると、アグマリナの屋敷から叫び声が上がる。


「きゃぁぁぁぁぁ」

「ねずみぃぃぃ」

「いやぁぁぁぁ」


 恐らく屋敷の中は大変なことになっているだろう。その声を聞きつけて、門番の二人は屋敷内へと走って行ってしまった。


「じきにメイドが出て来るはず」


「ああ」


「行こう」


 俺とアンナが馬車を降り、繁華街に向かう方角の路地裏に潜む。こちらの先にはギルドがあり、俺の推測通りなら必ず動くはずだ。


「来るかな?」


「ゼリスの騒ぎ次第だ」


「いや、アンナ…西方であのゴキブリ見たでしょ」


 俺とアンナはぶるりと身震いした。西部で尋問する時に自白させたあの光景を思い浮かべたからだ。


「まあ出てくるだろうな」


「でしょ」


 すると門の脇の小さな扉から、メイドが出て来て小走りにこちらへと走って来た。俺は魔法の杖を構え、そのメイドがこちらに来るのを待ち構える。バッと目の前に着た瞬間、俺は魔法を唱えた。


「ソウルスリープ」


 メイドが気を失い前にこけそうになったところを、アンナが抱き留めて暗い路地へと引き込んだ。そこに、きっちりとアデルナが馬車を回してくる。


「ナイス」


 馬車のドアを開けて、眠るメイドを押し込み俺達も乗り込んだ。


「じゃあアンナ! 合図を待ってる」


「わかった」


 そしてアンナは身代わりのペンダントをつけ、寝ているメイドにもペンダントをかける。すると目の前には寝ているアンナが現れ、アンナはメイドとなって身構えた。


「アンナ、気を付けてね」


「ああ」


 アンナが馬車を降り、俺はゼリスに行った。


「鼠を全て屋敷の外に出して」


「はい」


 屋敷から聞こえていた悲鳴が止んだのを確認し、俺は馬車の外のアンナに伝える。


「合図を待ってる」


「わかった」


 アグマリナの屋敷のメイドに化けたアンナは、正面玄関の方に向かって言った。見た目が完全にアグマリナの所のメイドなので、怪しまれる事はないだろうが言葉遣いが気になる。アンナはぶっきらぼうなので、変に怪しまれる事の無いように祈るだけだ。


 俺はスティーリアに言った。


「最悪は強硬手段に出るしかないかな、最後の手としてヒッポに連れさらわせるしかない」


「そうすれば、聖女様のせいだとバレてしまいます」


「何とか誤魔化すしかないだろうね」


 俺達が待っていると、屋敷の窓の一つでランプが回る。どうやらメイドに扮したアンナが、アグマリナに接触して説明を終えたらしい。すると俺達の目の前に寝ているアンナが、アグマリナに変わった。アンナがアグマリナにペンダントをつけ変えたのだろう。


「出てくるよ」


「はい」


 スティーリアが馬車を降り何気ない素振りで路地裏を歩く。すると角を曲がったメイドが走り寄って来た。スティーリアとメイドが言葉を交わしている間、俺はハラハラしながら待っていた。素直にメイドがやってきて、スティーリアと一緒に馬車に乗り込む。


 メイドに化けたアグマリナが俺を見て深く礼をした。


「こ、これは聖女様!」


「ペンダント外して良いよ」


「はい」


 メイドがペンダントを外すとアグマリナになり、寝ているアグマリナがメイドに戻る。


「テ、テイト!」


「大丈夫だよ。少し寝ているだけ、彼女を屋敷に戻してあげなくちゃ」


「は、はい」


「このメイドさんは信用できる?」


「出来ます。仲の良かったメイドです」


「それは良かった」


 そして俺とスティーリアとアデルナはスッと仮面をつける。俺がアグマリナに言う。


「メイドさんにお別れをしてくれる?」


「わかりました」


 俺はすぐにメイドに気つけの魔法をかけて起こした。


「う、うん…」


「テイト! テイト!」


「あ! お嬢様! 申し訳ございません。私は寝ていたようです!」


 寝ぼけている。だがアグマリナの悲壮な表情を見て、起き上がって襟を正した。そして仮面をつけている俺達を見て、少し驚いた表情をする。


「この方達は?」


「テイト。落ち着いて聞いて欲しいの、実は私のお父様はもう少しで罰せられるかもしれないの。お家が取り壊しになって、一家は罰を受けるわ。その先に使用人は全て解雇となります。その前に私は家を去る事にしたのです」


「お、お嬢様が!」


「でも安心して、あなた達が罰せられるわけじゃない。きっとあなたは優秀だしどこでも雇ってもらえるわ」


「私はお嬢様のもとで!」


「ごめんなさいね」


「そんな事よりも、お嬢様はどうされるのです!」


「私は国外に逃亡します。どこかで町娘として暮らそうかと、だからあなたも元気でいてね」


「し、心配でございます!」


「大丈夫。あなたはあなたの心配をして頂戴」


 そして俺はアグマリナに言った。


「そのルイにプレゼントされた指輪を彼女にあげて」


「はい」


 そして俺はメイドに言う。


「仕事が無くなったら、その指輪をギルドのビスティと言う娘に見せなさい。きっと助けになります」


「は、はい」


 アデルナが馬車のドアを開けて、メイドに言う。


「さあ。あまり長くは止まっていられません。アグマリナお嬢様は私達と行きます」


 するとテイトがポロポロと涙を流し始める。アグマリナがメイドを抱きしめて言った。


「ありがとう。あなたがいたから私は幸せでいられた。あなたも幸せになって」


「はい..」


 そしてメイドが馬車を降りた。すぐに馬車を出発させて、俺達はその場所を立ち去る。


「さて」


 俺達は仮面を外して、アグマリナに言った。


「すでにマロエは助けた。あなた達には新しい生活が待っている」


「はい…」


 俺はサッと懐から呼び出しのスクロールを取り出した。それに魔力を強く籠めると、ボッとスクロールが燃えたと同時に、目の前にアンナが瞬間的に出現した。


「おっ!」


「わっ!」


 俺とアンナが顔を見合わせる。


「魔道具って凄いね」


「ああ。一瞬だったな」


「とにかく上手くいった」


「待っている間はヒヤヒヤしたがな」


 俺達の馬車は聖女邸に向かって走っていくのだった。

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