第214話 貴族邸を脱出
俺がそっとマロエを振り向かせると、彼女は俺の顔を見てこれでもかと言うくらいに目を見開いた。ルイプイの使者だと思っていた者が、聖女だと分かり絶句しているのだ。
「せっ、せいっ!」
マロエが大きな声を出しそうになったので、俺はスッとその口に手を当てて声を塞ぐ。
「しっ。ルイに頼まれて助けに来た。私に従いなさい」
「は、はい」
マロエは、めっちゃ緊張してカーテシーで挨拶をしてくる。だが今はそんな事をしている場合ではない、ここをうまく脱出しなければならないのだ。
「まず私が魔法であなたの陰に潜みます。あなたはその足で、一番信頼できるメイドの部屋に向かいなさい」
「はあ…」
ダークハットをかぶった俺がマロエの影に潜むと、彼女は突然声を上げる。
「聖女様? どこに?」
仕方がないのでもう一度ダークハットを脱いで、陰から出た。
「わ、せっ」
「しっ! これは魔法です。身を隠す魔法! とにかく急いでメイドの部屋へ!」
「はい!」
「では」
俺が再び陰に潜むと、マロエは静かにドアを開けて廊下を進み始める。きょろきょろしながらあたりを見回すが、館内がにわかに騒がしくなっていた。俺が襲撃の可能性を示唆する手紙を、父親のポトマスに渡したからだ。恐らくは館内の警備に命じて、警戒態勢をとっているのだろう。
俺は影の中からマロエに言う。
「急いで」
「はい」
マロエは急いで階段を上り、メイドの部屋に向かった。
「ここです」
「入りなさい」
コンコン! マロエがノックする。
「はい」
「マロエです」
「お、お嬢様? いま明けます!」
すぐにメイドが扉を開き、マロエが滑り込むように中に入った。メイドは既に寝支度を整えて、ベットに入っていたらしい。寝巻に着替えており、テーブルの上のランプだけがゆらゆらと揺らめいていた。
「どうなさいました? お嬢様!」
「えっと…」
マロエが言葉を詰まらせたので、俺はマロエに指示を出す。
「じゃあメイド服に着替えて」
俺が影の中から言うと、メイドが驚いたように言う。
「えっ! いまどこから声が!」
「それは…」
俺は影の中からメイドに言う。
「あなたはマロエが好き?」
「は、はい! マロエお嬢様はとても心根の優しいお方です! 館内ではマロエお嬢様だけが、メイド達に優しく接してくれます!」
「なら何も聞かずに、あなたのメイド服をマロエに着せなさい」
メイドはコクリと頷いた。メイドは急いでマロエの服を脱がせ、自分のメイド服を着せていく。ちょっと胸のあたりが窮屈そうだが、とりあえずは我慢してもらうしかない。
「着替えました」
「よし、それではランプを持って窓辺に行き、ランプを回しなさい」
「はい」
マロエが窓でランプをクルクルと回す。
その次の瞬間だった。屋敷のどこかでズドンと大きな音がした。
「きゃっ!」
「なに?」
マロエとメイドが恐怖ですくんでいる。そこで俺が言った。
「仲間です。安心して」
「はい」
するとにわかに、館内が慌ただしくなってきた。下の廊下を行き来する人達の怒号が聞こえて来る。
「メイドさんに別れを告げて」
「は、はい」
マロエがメイドを見て言う。
「メルーサ。ごめんね、今まで仲良くしてくれて本当にありがとう」
「そんな…マロエ様だけがお優しくしてくださいました」
「当然の事だわ。自分の為に働いてくれる子は大事にしなくちゃ」
「ありがとうございます」
「それでね…メルーサ。王都ではいろいろと大変な事が起きているの。そのおかげでこのお家は、おそらく取り壊しになるわ。そうすればお父様やお母様は罪を免れない、そしてお兄様達や私にも影響が出るでしょう。それに使用人は解雇となり、皆が路頭に迷う事になってしまう。ですが、あなたならきっとどこでも雇ってもらえるわ。そして私の事は心配しないで、私はこれから安全な場所へ行くの。だからあなたも心配しないでね」
マロエもメルーサも泣いていた。だがそこで俺はメルーサに言う。
「全ての事が終わったら、ギルドを訪ねなさい。そしてマロエは、その指輪をメルーサに渡して」
ルイプイに化けてプレゼントした指輪の事だ。
「はい」
マロエが指輪を外してメルーサに渡す。
「それをギルドの女の子、ビスティに渡して。そうすれば彼女が役に立ってくれます」
「は、はい!」
最後にマロエが言った。
「もっと、あなた達に優しくしてあげればよかった」
「そんな…マロエお嬢様。十分でございました!」
「メルーサ。元気で」
「お嬢様も」
そしてメイド服に着替えたマロエはメルーサの部屋を出た。中庭を覗くと大きな岩が落ちていて、その周りに人々が集まり騒いでいる。
もちろん。マグノリアがヒッポを操って天空から落とした物である。騒ぎの中をメイド姿のマロエが足早に走り抜け、玄関を抜けて庭に出た。皆が岩の事でてんやわんやになっていて、誰もマロエの事に気が付いていない。兄達ともすれ違ったが、あいつらはメイドなど眼中にないから全く気付かなかった。
「門がしまっています」
「裏口に」
「裏口にも衛兵が一人居ますが?」
「いいから」
マロエが足早に屋敷を周り、裏木戸を開けるとそこに衛兵が倒れていた。
「えっ?」
「そのまま行って」
裏木戸をくぐり、そのまま路地裏へと向かったところで、建物の扉から腕が伸び引き込まれる。
「きゃっ!」
「し!」
アンナだった。そのまま玄関の扉を閉めて、俺がダークハットを脱ぎ捨てて現れる。
「アンナ! よく裏口から出てくるって分かったね?」
「正門の警備が手厚くなっていたからな、聖女なら裏に周ると思った」
「助かった」
そして俺が振り向くとマロエが跪いていた。
「聖女様のお導きに感謝いたします。私の命を気にかけて頂いた事嬉しく思います」
「いいよ。堅苦しい挨拶はいらない、とにかくここを抜けるから」
「はい」
「そしてこれをつけて」
俺は身代わりのペンダントをマロエに渡した。マロエがそれをつけると、瞬く間に貫禄のあるビッグママ、アデルナの姿に変わるのだった。
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