第213話 伯爵家への潜入

 俺とアンナは暗がりの路地裏から路地裏へと抜けて行き、真っすぐにマロエの家に向かっていた。だが王都の空気がいつもと違う。西方部隊が帰る前に、既に何らかの組織が暗躍しているようだ。


「馬車を出して正解」


「ああ。恐らく諜報だろう。そちらに気を取られてくれた」


「問題はここからだね」


「おそらく諜報の仕事は、反王派が逃げないように見張る事だ」


「王のおばさんは動くかな?」


「わからない」


 もしルクスエリムの伯母である、リリー・セリア・ヒストルが動けば更に救出活動は難しいものとなるだろう。


 俺が思うに、間者は反王派を守る行動はしないと思うんだよな。情報が漏れるのを恐れ、殺す可能性も考えられる。捕らえられる事なく消されれば、真の敵にたどり着く前に騒動は終わる。だが諜報部を出し抜いてそれが出来るかどうかは疑問だ。それだけルクスエリムの諜報部は優秀だからだ。


 そして俺達は、少し離れた路地裏からマロエの家を監視する。普通に明かりがついていて、まだ慌てた動きは無さそうだった。


「壁が高くて進入は難しそう」


「わたしなら何とかなるが、普通に進入すれば諜報か間者に気が付かれるだろうな」


「なら作戦通りにやるしかないね」


 マロエの家では常に襲撃を恐れ衛兵が定期的に屋敷周辺を周る。俺達は衛兵が出てくるのを待っていた。


「来た」


 衛兵が定期巡回の為に屋敷の外に出て来た。塀伝いに屋敷の周りを歩き回り始める。


「よし、このまま家の周りをまわって来れば、いずれこの前を通る。その時がチャンスだ」


「気を付けろ聖女。万が一は分かってるな?」


「わかってる」


 衛兵が塀の角を周って来たので、俺はアラクネの糸で織られた漆黒のフードを目深にかぶり、通行人を装って衛兵とすれ違うように歩いて行く。そしてすれ違いざま、衛兵の前にポトリと紙切れを落とした。衛兵がそれに気が付いて拾おうとするあいだに、俺はダークネスハットをかぶった。


 衛兵が落とし物を拾い上げ、後ろを振り向くがもうそこには俺は居ない。俺はまんまと衛兵の陰の中へと潜り込んでいたのだった。そして衛兵は首を傾げながら、拾った紙を広げて血相を変えた。


 衛兵は足早に門をくぐり、建物内に入って行く。


「よし。進入は完璧だ」


 高い壁を越えれば諜報部にバレてしまう可能性があった為、これが一番安全な策だ。衛兵は玄関に入って行き、そのままマロエの父親であるポトマス・リファーソン伯爵のもとに走った。


 コンコン


「誰だ?」


 中から伯爵の声が聞こえて来る。


「は! 怪しい手紙を拾いましたのでお持ちしました」


「なに?」


 するとドアを開けてマロエの父、ポトマスが顔を出した。廊下の左右を確認して衛兵に言う。ポトマスは裸にガウンを着ており、それを見た俺は思わず影の中でオエッ! とえずいてしまう。


「入れ」


 ポトマスの部屋に入ると、なんとベッドに若くて美しい少年が縛り付けられていた。どうやらポトマスは少年と、快楽プレイに浸っていたらしい。衛兵はそれを見て微かに表情をゆがめるが、すぐに真顔に戻りポトマスに手紙を渡す。 


 ポトマスは手紙を広げて眉を顰める。


「どこで手に入れた?」


「すぐ前の路地です。女とすれ違って、気がついたらこれが落ちていました」


「下がっていいぞ」


「は!」


 衛兵が部屋を出て行った。俺は今度、ポトマスの陰に潜み様子を伺う。


「なんだ…これは」


 手紙を見て右に左にせわしなく動いている。相当焦っているようだが、それはヴァイオレットが描いた嘘の情報だよん。


「当家が狙われている? だと? 裏切者が出た…? だれだ? 誰が裏切った?」


 そして俺はポトマスの影に潜みながら、次のタイミングを伺うのだった。するとポトマスが少年の縄を解いて言う。


「今日は終わりだ! 部屋に戻れ」


「は、はい!」


「せっかくのお楽しみの所を、一体誰が…」


 そう言ってポトマスが部屋を出て行った。俺はポトマスの愛玩する少年の影に潜み、コイツの動きを待つことにする。少年は慌てて服を着て部屋を飛び出した。どうやら泣いているようで、相当嫌な思いをしたんだろう。


 ま、ごめんね。俺は少年には興味がないんだ。


 少年が廊下を過ぎて行く時、廊下の向こうから次男のミロスが歩いて来る。ミロスは少年に向かって蔑むように言った。


「汚らわしい。お前のような下賤の者が屋敷をうろつくなど、まったく父上は何を考えておいでか。さっさと消えろ!」


「は、はい!」


 少年が足早に廊下の向こうに行ってしまった。俺は今度、ミロスの陰の中から見上げる。するとミロスは忌々しい顔で少年の後姿をジッと見つめていた。


「まったく。孤児など買って好き者め…」


 どうやら親父の趣味はお気に召さないようだ。そこに声がかかる。


「お兄様?」


 マロエだ。ようやくマロエに巡り合えた。


「マロエ。お前には関係ない。さっさと消えろ」


「は、はい」

 

 マロエはぺこりと頭を下げて、自分の部屋へと戻っていく。自分の部屋のドアを開けてマロエが中に入った時。俺はマロエの口を押えて後ろから呟いた。


「騒がないで」


 マロエが固まって震えている。


 ごめんよ! こんな強硬手段をとってしまって! 怖がらせるつもりは毛頭ないんだ!


「叫ばないと約束して。私はリンクとルイに頼まれてあなたを助けに来た。その指輪は必ず助けると言った約束の証」


 俺が買い与えた指輪を見てマロエに言った。するとマロエがコクリと頷いた。


「あなたは私を知っている。私もあなたを知っている、出来れば私の言うとおりにしてほしい。言うとおりに動いてくれれば、必ず助かるから」


 震えるマロエを俺は思わず後ろから、ぎゅっ! ッとハグしてしまう。


「大丈夫だからね」


 するとマロエの体から少しだけ震えが消えた。


「じゃあ、合図をするからね。決して驚かないように」


「はい」


 そして俺はマロエを振り向かせるのだった。

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