第212話 誘拐作戦

 なんと…西方部隊が二日後に帰って来る! 貴族の娘達を誘導する為に、時間を費やし過ぎたかもしれない。こうなってくると、マロエやアグマリナともう一度会って打合せしている時間などない。伯爵らが警戒して逃げ出すか、結託して動く可能性すらある。


 もう西方部隊が帰ってくんのか! ミラシオンめ…イケメンと言うだけでなく、無駄に仕事が出来やがって。必要以上に優秀なのも考えもんだ。きっと俺を待たせる事無く、迅速に仕事をした結果なんだろうが、頼んでもいないのにテキパキしやがって。イケメンのくせに。


「すぐにみんなを招集して」


「はい」


 アデルナが聖女邸の主要メンバーに声がけをしに行く。俺はそのまま応接間に入りアンナと皆を待った。


 ミリィ、スティーリア、ヴァイオレット、リンクシル、マグノリア、ゼリス、ルイプイ、ジェーバが集められ、アデルナが後ろ手に扉を閉めた。そして俺はすぐにこれまでの詳細を話す。この際、全員で同じ情報を共有する為に、隠し事をしている暇はない。


「みんなごめんね。ちょっと人手が必要な事が起きてね、みんなの力を借りなきゃならない」


「「「「「「「「はい!」」」」」」」」


 そして俺は皆に詳細を話し始めた。恐らく西方部隊が帰れば、すぐにセクカ伯爵やジャン、東スルデン神国兵や裏切った第四騎士団の審議が始まるだろう。そうすればセクカは他の貴族らを巻き込む証言をするに決まっている。どうせ死罪になるならと、同じ派閥の者達を巻き込むに違いない。セクカの知っている範囲で、反王派貴族の情報が大臣達に知られてしまう。


 そうなれば恐らく内乱が起きないように、既に手を打っているマルレーン公爵家や、王の伯母であるリリー・セリア・ヒストルが動かないように、ルクスエリムが虎の子を使って先に手回しをする。いや、多分もう手回しをしている可能性が高い。


 しかしながら、マロエの家とアグマリナの家は伯爵家だ。他の反王派と一緒にトカゲのしっぽ切りで処分されるだろう。必要最低限の犯人を始末せねば、王派の貴族から不満が出る。この度の騒動を収めるためには、いくつかの人柱が必要になるからだ。


 西方部隊が明後日にも帰って来る可能性があるなら、明日には王都中に西方部隊帰還の情報が回る。となれば、動くのは今日の夜しかなかった。


「今日、王の密書が届いたという事は、まだ世間にはこの情報は出回っていない。救出作戦を敢行するなら、今夜しか動ける日はないだろうね。何故なら明日には王都中に情報が出回るだろうから」


「「「「「「「「はい!」」」」」」」」


「ミリィ、皆の衣装はすぐに用意できる?」


「すでに準備は終えています」


「アデルナ。ギルドに何らかの動きは?」


「今日はまだありません。恐らくは明日にでも帰還の話は入るでしょう」


「スティーリア。教会は? クビディタスの件は?」


「クビディタス検めの日程はまだ先です。が西方部隊が帰ってくるとなれば、すぐに動く事になるかと思います。また、教会は自分達に矛先が来ないように、同時期のタイミングを狙って聖騎士を出すようです」


「また厄介な」


「マグノリア。ゼリスに調べさせた諜報部の動きは?」


「西方部隊の帰還に合わせて、今日から動きが出始めているようです。今宵の動きですら、かなり危険かと思います」


 なるほどね。でも、やらなければマロエとアグマリナが死ぬ。それだけは絶対に阻止する。


 約束したから。


「わかった。皆の働きのおかげで何とかなるよ。これから作戦を話すから、皆きっちり覚えて欲しい。そして分からないところは何度も質問していいからね。間違いなく動けるようにするよ」


「「「「「「「「はい!」」」」」」」」


 俺は一連の作戦を皆に説明していく。とにかく全員が動いて、完全にマロエとアグマリアをさらい消息を絶つ事にする。もしかすると、貴族達が騒ぎ出すかもしれないが、今は後先考えずに作戦を遂行するだけだった。


 話を終わって俺がミリィに言う。


「軽い食事を用意して。重いのはかえって動きの妨げになる」


「はい」


 そうして俺達は一斉に軽い食事を終わらせ、それぞれが衣装を着るために館内に散っていった。俺とアンナ、リンクシルとマグノリアはいつもの装備を身につけ、他の面子がそれぞれの役割に変装した。


 恐らく確実に、王都内にルクスエリムの諜報とリリー・セリア・ヒストルの間者が潜んでいるだろう。それを出し抜くことができるかは、皆が計算通りに動く事が鍵だ。


 聖女邸から二台の馬車が門をくぐり出て行く。俺達はそれを見送った。


「さて、アンナ。私達は私達の仕事をしようか」


「わかった」


 そして俺とアンナは聖女邸の裏口から、暗い路地裏へと出て闇に消えた。目指すはマロエの家、昨日の今日で救出しに来るとは彼女らも思っていないだろうが、すでに言質はとってある。彼らは家を捨て、国を捨てる覚悟が出来ているのだ。


 「待っててね」


 俺はぽつりとつぶやいて、アンナの後をひた走る。これから聖女邸の面々がする事は、貴族の娘の誘拐。皆はそれが分かっていながらも、俺の手伝いをすると決めた。もちろんそれが犯罪だと皆が承知の上だった。


 だが俺は誰一人、犯罪者になどするつもりはない。


 俺の目標は完全犯罪を遂行する事。それだけだった。

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