第211話 ダークネスハット
俺がシーファーレンに、これまでの経緯を話し始める。
「貴族とはいえこの国では、女の人が本当に恵まれていない。家族に虐げられながらも、健気に生きているのだという事は分かってくれました?」
「それはもとより分かっております。本当にこの世界は女に不利に出来ております」
流石はシーファーレン、恐らく自分もいろいろ体験してきて思うところがあるらしい。俺が『この国』と言ったのに対して、シーファーレンは『この世界』と言い変えてきた。きっと彼女が世界中を旅して実感したことなのだろう。
「実は嫌疑がかけられそうな貴族を、私が先につきとめました。恐らく西方部隊が帰ってくれば、伯爵以下の弱い貴族は取り潰しになる可能性があります。その前に彼女らを助け出さねば、不幸なまま死んでしまう事になりそうです」
「そんな…」
「ですからあまり時間がありません。そこで彼女らの金銭面や食事、及び教育などの世話は聖女邸が責任を持ってみさせていただきます。王都内のその問題が収まるまで、どうか彼女達を預ってはくれませんか? もちろん、こちらから住み込みでメイドを出すという条件です」
「そう言う事でありましたら、私共でお匿いいたしましょう。ただ人手がシルビエンテしかおりませんので、先ほどお話のように人員をお貸しいただけると助かります」
「もちろん、シーファーレンに一切の手間をかけさせません。ただこの広い区域の賢者様の物件を、おひとつお貸しいただければありがたいです」
「わかりました。お安い御用です。…それでは少しお待ちください」
そう言ってシーファーレンが部屋を出て行く。その隙にシルビエンテが俺達のお茶を取りかえてくれて、部屋の中にまた香ばしい香りが漂った。
なんとか俺達の願いを聞き入れてくれそうだ。シーファーレンには借りばかり作って申し訳ないが、今は他に頼る所が無い。
しばらく待っていると、シーファーレンがその手に不思議な形の帽子を握って戻って来た。
「聖女様。もしかすると、これが役立つかもしれません」
また魔道具? めっちゃファンタジーなんすけど! 賢者最高!
「これは?」
「ダークネスハットです」
これまたファンタジーな名前だ。
「ダークネスハット?」
「これをかぶると近くにいる人の影に入る事ができます」
「影に入る?」
「それでは聖女様がお被りください。出たい時は脱げばでれます。それで分かると思います」
俺は言われるままに、その変わった帽子をかぶる。
ボゥフンッ!
モヤモヤした視界に包まれ、俺はアンナの背中にいた。椅子と背中の間からアンナを見ているような感じになり、動いてみると足元にも視点をずらす事が出来る。モヤモヤした中でも、シーファーレンの話し声が揺れながら聞こえる。
「どうです? 実感しましたか?」
俺に声をかけているようだ。だが俺は少し車酔いのような感じになってきて、慌てて帽子を脱いだ。
ボゥフンッ!
「わっ!」
「効果はわかりました? 一瞬で隠れる事が出来ますが、その対象者が動く場所に一緒に行く事になります。他の人の陰に入り込みたいなら、違う人の影とその人の影が重なった時に移れます」
笑っちゃう。こんなファンタジーな魔道具が存在していたなんて、魔法付与の武器や防具は見て来たがこれは凄い。
「お借りしても?」
「そのつもりでお持ちしました。脱出に必要でございましょう?」
「それではお言葉に甘えてお借りいたします」
「どうぞどうぞ」
ええ人や。その胸の双丘に是非顔をうずめさせてほしい。そんな立派なものをお持ちなら、一回くらいはぜひ。
イカンイカン!
「ありがとう。シーファーレン、おかげで貴族の娘達を安全に連れ出せそうです」
「聖女様が喜んで下さるのなら! 何でもご協力いたします!」
「それで、救出の日ですが、西方部隊到着のギリギリ前になると思います。あまりに平穏な時にそうしてしまうと、逆に目立ってしまいますので」
するとシーファーレンがニッコリして言う。
「まあ、陛下は心配性のようですからね」
恐らくシーファーレンは諜報部の事を知っている。
「そうそう」
そして俺はダークネスハットを借り、シーファーレンに深々と礼をした。シーファーレンは困った顔で頭を上げてくれと言うが、こんなに協力してくれる人に礼節を欠いてはならない。
「シーファーレン。お礼のしようもないですが、いつか必ず恩返しをさせてください」
するとシーファーレンが少し沈黙した。
「……」
「?」
「あの! でしたら聖女様に! お願いが! お約束をお願いします!」
「なんでも聞きましょう」
「この一連の災いが収まりましたら、この世界に女性の地位が確立され、平穏無事に暮らせるようになりましたら…」
そこでシーファーレンは言葉を詰まらせた。俺は先を言うように促す。
「言ってください」
「ぜひ一緒に旅行に行きませんか? 聖女様には、たくさんの素晴らしいものをお見せしたいのです。きっと聖女様なら共感して下さると思うのです!」
なんと少女チックな願い、そしてピュアな目で言って来るのだろう。俺はまたまた、シーファーレンのつやつやの谷間に顔をうずめそうになる。好き。
が我慢我慢…
「是非ともお供させてください。シーファーレンの見た世界をぜひ私にも」
「はい」
シーファーレンのニッコリとした笑顔に送り出され、俺達は賢者邸を後にするのだった。そして俺達が聖女邸に着いた時、アデルナが慌てて俺に書状を持って来た。
それはルクスエリムからの書簡で、西方部隊が二日後に帰ってくると記されていた。
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