第210話 困った時の賢者頼み

 やはり俺が思っていた通り、貴族の娘達は困っていたようだ。結局、子は親の言う事を聞くしかないし、女は政略結婚の道具程度にしか考えられていないため、どうする事も出来ないのだ。


 しかも、あの親父は完全に黒だった。どう考えても、ミラシオン達が罪人のセクカを連れて帰ってくれば、粛清の対象になるだろう。とにかく西方遠征部隊が帰ってくる前に、全てを処理しなければならない。


 だが…どうする?


 いきなり貴族の娘を誘拐して匿うとなればリスクは大きい。流石に聖女邸に貴族の娘を住まわせれば、ルクスエリム直下の諜報員達に知られてしまう。そうなれば彼女らの安全は保障されない。


 俺は自分の部屋のテーブルに座り、彼女らをどうやって救えるか考えていたのだった。


「あー、どうする? 救うって約束したからには、何とかするつもりだけど、その方法がなあ」


 部屋に誰も入れずに一人で考えていると、どんどん煮詰まって来た。


 既に何通りかのシミュレーションを行い、道筋は立ち始めているが貴族の娘を他国に放りだすわけにはいかないのだ。彼女らには生きる力が無く、誰かの庇護のもとに生きねばならない。


 俺は椅子に浅く座り、頭の後ろに手を組んで椅子を傾ける。はしたないがテーブルの端に足をかけ、倒れるか倒れないかくらいでゆらゆらしていた。この方が良いアイデアが出そうな気がしたのだ。


 だが足を踏み外し、俺は椅子ごとバタンと倒れ込んでしまった。その時鏡台の端に椅子が当たり、倒れた俺の上に何かが落ちて来る。


「痛てっ!」


 なんだっ?


 俺がそれを持ち上げると、俺とルイプイを入れ替えた賢者のペンダントだった。


「あっ…」


 入れ替え…マロエとアグマリナ…二人。待てよ…


 俺は椅子を直して座り、その二つのペンダントをじっと眺める。しばらく考えていたら何かがぼんやりと浮かび上がって来た。


「頼んでみるか…。でも人見知りなんだよなあ…」


 俺は椅子から立ち上がり、ペンダントと使わなかったスクロールをカバンにしまい込んだ。そして部屋を出てドアに鍵をかけ、庭で修練しているアンナの所に行く。するとアンナは俺が来た事に気が付いて、リンクシルをそのままに俺の所に来た。


「どうした?」


「ちょっと、考えごとしててね」


「わたしの部屋に行こう」


 俺はアンナに連れられて、彼女の部屋へといった。到底女の子の部屋とは思えない、武器や防具が並んでいる部屋だった。もちろん洋服も女の子仕様の物はない。そして俺はアンナの前に座って言った。


「貴族の娘達の事なんだけどさ」


「ああ」


「賢者の家に逃がそうと思う」


「なに?」


「きっと彼女らは国を出れば生きていけない。だから賢者の家に置いて、私が面倒を見る事にする」


「…そうか。分かった」


「ごめんね、面倒ごとに巻き込んで」


「馬鹿を言え。わたしは聖女の剣、聖女がやろうという事を面倒だなどとは思わない」


 俺は思わずアンナに抱きついてしまった。


「ありがとう!」


「ど、どうした?」


「これは私とアンナ二人の極秘の仕事。まあ…賢者も巻き込むけど、彼女の所に相談にいかないと…」


「そうだな。あのペンダントも返さなければならないのだろうし」


「その前にスティーリア達に断って行かなくちゃ。私は聖務を全くやっていないから」


「彼女らも分かっているさ」


「でも、言うのと言わないのでは全然違うから」


「わかった」


 俺はアンナの部屋を出て執務室に向かった。執務室にはスティーリアとヴァイオレットがそろっている。俺はスティーリアに向かって言った。


「スティーリア。ごめんね、聖務を押しつけちゃって。どうしてもやらなければならない事があるんだ」


「何をおっしゃるのです。そのような事は当たり前ではないですか! 聖女様はこの国を左右する一大事にかかわっておられるのです。全ての聖務はこの私が執り行いますので、一切気にせずに動かれてください!」


 俺は思わずスティーリアに抱きついてしまった。


「ありがとう! スティーリアには本当に面倒をかけるね」


「ど、どうされました! 聖女様」


「本当にうれしくて」


「聖女様は、ご自身の思うまま自由に動いてください。後は私とヴァイオレットが何とかします。聖女様が西方に行っている間に、かなりの事が出来るようになりました。お任せいただいてよろしいのです」


 ええ子やわぁ。好き。


「ありがとう。ヴァイオレットも本当にありがとう」


「いえ。私は聖女様にお助けいただいた身です。何なりとお申し付けください」


 俺はヴァイオレットにも抱き着く。


「ありがとう」


「え、えっ! はい!」


 名残惜しいが彼女らと別れて、俺はアンナと共に賢者邸へと向かう事にした。今回、不遇な貴族の娘達を見て、この国の女子達がどれほど苦労していたのか更に身に染みて分かった。それを考えていると、どうしてもハグをせずにいられないのだ。


 みんな偉い!


 そして俺はアンナが駆る馬に乗って、賢者邸に向かう。賢者が拒絶すればまた新たに作戦を練らないといけない。賢者邸について門の外から賢者を呼ぶと、二階の窓からチラリと人影が見えてシーファーレンが降りて来る。


「いかがでした? 魔道具は使えました?」


 開口一番、興味津々に聞いて来る。


「もちろんです。今日はそれを返しに来ました」


「あ、そうなのですね。それではどうぞお入りください」


 従者のシルビエンテが門を開けてくれたので、俺達は馬を引いて賢者邸に入る。すぐさま賢者が俺達を応接室に通して前に座った。サッとシルビエンテがお茶セットを用意し、すぐに美味しいお茶の香りがたちこめる。


 シーファーレンが楽しそうに聞いて来る。


「それで、魔道具はどのように役立ったのです?」


 俺はまず、バッグからペンダント二つとスクロールを取り出してテーブルに置く。


「スクロールは使いませんでした。ペンダントのみを使用しています」


「そうですか。でもスクロールはもうアンナさんと聖女様しか使えませんし、ペンダントもまだ必要でしょうからお返しいただかなくて結構ですわ」


「ありがとうございます」


 シーファーレンの言う通り、この魔道具はまだ使うだろう。俺はどう本題を切り出せばいいか少し迷う。するとシーファーレンの方から聞いて来た。


「どうやら言い辛い事が、おありなようです。少しの面倒ごとでしょうか?」


 だいぶ面倒ごとだよ。


「そうなのです。シーファーレンにどうしてもご相談がありまして」


 俺が頭を下げると、シーファーレンがおたおたして言う。


「あ、頭をお上げください! 聖女様にそのような」


「では…お話いたします」


「はい」


「驚かれるかもしれませんよ」


「覚悟します」


 ……


 しばらく沈黙した後で、俺がシーファーレンの耳に囁いた。


「人を誘拐しますので匿ってください」


「えっ???」


「はは…やっぱり無理ですか?」


「…人によります」


 流石に二つ返事ではもらえないようだ。俺は腰を落ち着けてシーファーレンに話し出すのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る