第208話 無礼な貴族
俺の前には貴族に化けたリンクシルがいる。そしてその隣には伯爵の娘である、マロエがにこやかに笑いながら歩いており、その隣にはこれまた伯爵の娘のアグマリナが歩いていた。俺がその後姿を見ながら追いかけている。なんとマロエがリンクシルを家に招待したので、それを好機ととらえた俺は一緒について行く事にしたのだ。
マロエの実家はリファーソン伯爵家で、マロエはそこの長女だ。マロエには二人の兄と弟が一人いるので、いずれ政略結婚の道具になる運命にある。屈託なく笑うマロエを見ていると、なんだか可哀想になってきてぎゅっとしたくなる。
そんなマロエがリンクシルに言った。
「今日はジェビーさんは残念ね。ご用事がおありになるのね?」
「ええそうです」
それを言うなら、本来ここに子爵の娘ミステルがいてもいいと思うのだが、今回ミステルは呼ばれなかったようだ。もしかしたら子爵の娘だからハブられたのかもしれない。
「ねえルイさんもそう思いません?」
マロエが聞いて来るので俺が答える。
「はい。せっかくのお呼ばれでございますのに」
「楽しみにしてたのですが」
今マロエが俺をルイと呼んだ。今、俺は周りから見ればルイプイに見えているのだ。ルイプイは今ごろ聖女邸でスティーリア達と共に執務室にいる。アンナは俺達から距離を置きながら、警護をしているはずだ。俺達からは見えないので、きっと隠密的なスキルを使っているのだろう。俺は念の為、服の下に隠れている入れ替えのペンダントに触れた。そのとき一緒に忍ばせている、アンナ呼び出しのスクロールも確認する。
マロエが豪華な建物の門の前に立つと、門番がマロエに挨拶をした。
「お帰りなさいませお嬢様」
「ええ。今日はお友達を連れて来たのよ」
「それはそれは」
門番は俺達の顔を見て、一瞬表情を変えたがすぐに真顔になった。
まあ門番からすれば、お前らは一体誰なんだ? と言ったところか? うぜえ。門番風情が!
「ごきげんよう」
俺がスッとこれ以上ないカーテシーを決めると、それにならうようにリンクシルもカーテシーで挨拶をした。アデルナからみっちりと仕込まれただけあって、綺麗に極まっている。門番が門を開けた。
「どうぞ」
ガシャンと門が開き、マロエに続いて俺達が入る。流石は伯爵様のお家だ、王から下賜された聖女邸には劣るものの、そこそこ立派な建物だった。いかにも見栄っ張りの王都貴族が喜びそうな建物で、ふんだんにお金をつぎ込んだことが分かる。
俺はお世辞を言った。
「マロエ様。このような素晴らしい邸宅は見たことが御座いませんわ、流石はヒストリア王国のご貴族様でいらっしゃいますね」
「おうちは私の力じゃないわ。先祖から受け継いできた古い家だし」
「お新しく見えます」
「父が見た目を気にするのでお金をかけているの。でも気に入っていただけたらうれしいですわ」
「このような素晴らしいお家にお招きいただきありがとうございます。」
するとマロエとアグマリナが顔を合わせて言った。
「なぜだか今日はルイさんは饒舌でいらっしゃいますね? いつもはあまりお話をなさらないようでしたので、ちょっと驚きましたわ」
しまった。ルイプイはそんなに話をしていなかったのか! これでは偽物だとバレてしまうかもしれない!
と慌てるが杞憂に終わる。アグマリナが次のように言ったのだ。
「きっとマロエさんの、お家に来れたことが相当楽しいのでしょう?」
「はい! それはもう!」
ほほほ、と笑う二人の伯爵の娘に続いて俺達は家の奥に通された。そのままエントランスを抜けるとマロエがニッコリ笑って言った。
「今日は天気もおよろしいので、テラスでお茶をいたしましょう」
「はい」
俺達はそのまま建物を通り抜けて、テラスのある部屋に入る。調度品も立派だし、とにかく建物の作りが豪華で金がかかっている印象だ。
メイドがやって来て、マロエが二、三言葉をかわした。俺達はテラスにある美しい椅子に腰かけ、メイドがお茶を持ってくるのを待つ。
そしてマロエが俺達に聞いて来る。
「王都にはどのくらい滞在なさるのかしら?」
えーと、なんて答えようかな。
「父の都合ですので、ひと月ほどでしょうか?」
「そうなのですね」
するとアグマリナがリンクシルに向かって言った。
「リンク様は今日はおとなしいのね」
なるほど。この間までは俺達の為に一生懸命話をしていたからな、今日は俺がいる事でおんぶに抱っこしているのだろう。そしてリンクシルが言った。
「あ、お家の豪華さに驚いておりました」
「そうですか」
すると廊下の方からガヤガヤと話す声が聞こえて来た。どうもメイドじゃなくて、男達の声のようだ。なんとなく嫌な感じだなと思いながらいると、部屋のドアが突然あけられた。
いきなり男二人が入って来る。
「パッ! パレスお兄様! ミロス兄様まで!」
二人の先にメイドが来て、マロエに謝った。
「すみませんお嬢様。お止めしたのですが」
「大丈夫よ。あなたが言ったところで、お兄様たちは止まらないわ」
メイドが深く頭を下げた。そしてマロエが俺達に二人を紹介した。
「こちらの長兄のパレルお兄様。そしてこちらが次兄のミロスお兄様です」
「マロエ。俺達もお茶会に混ぜろ!」
「えっ? いえ、今日は女子達でお話をしようと…」
するとパレルの後ろにいたミロスが言った。
「はあ? パレル兄さんにたてつくのか?」
「そんなことはございません! ですが、いきなりノックも無しで驚きましたわ」
すると長兄のパレルが言った。
「どうせいずれ、お前は家を出る身なんだし、別に何をやられても文句なんか言えないだろ」
「そんな…」
おいおい、こんなに可愛い妹なのになんでいじめるんだよ。猫かわいがりして、目に入れても痛くないってのが普通だろ? えっ? 俺だけそう思ってる?
俺はスッと立ってカーテシーをしながらパレルに言った。
「お初にお目にかかります。ルイと申します」
するとパレルは俺を頭の先から足の先まで眺める。俺が黙っているとパレルが言った。
「どこのお嬢様だ? こんな上品な挨拶が出来るなんて」
するとマロエが口を挟んだ。
「お兄様。彼女は他国の貴族です。あまり無礼な真似をなさらぬようお願いします」
「お前は黙ってろ」
「……」
そしてパレルが俺の頬に手を伸ばしてきた。これはさすがに失礼すぎるし、俺はゾゾゾと背筋を凍らせてしまう。俺の後ろからリンクシルがフッーッ!と威嚇する。一瞬それが何の音か分からなかったのか、兄二人とマロエとアグマリナが周りを見た。
バレたらまずいので、俺はスッと一歩下がりパレルの手から離れる。後ろ手にリンクシルの手を握り落ち着くように促した。一歩間違えば、リンクシルがパレルを殺してしまいそうだ。
俺は魔力を最小限に絞りつつ、パレルにデバフ魔法をかける。通常に魔力を発動して死んでも困るし、魔力を使った事がバレるのもまずい。
…ソウルスリープ
するとパレルがぐらりと頭をぐらつかせ、テーブルに手を突いた。
俺が言う。
「あら? どうされました! お身体のお具合でも悪いのではないですか?」
「なん…だあ…めまいがした」
するとマロエがパレルに言った。
「お休みくださいませ。パレル兄さんはお疲れなのです」
俺は更に軽く魔法を行使した。
…筋力低下
するとパレルが言った。
「なんかダッる。今日は寝る事にする…」
「そのようがよろしいかと」
「兄さん。大丈夫かい?」
「休めば大丈夫だろ…」
そうしてパレルは次兄のミロスに肩を抱かれて部屋を出て行った。するとマロエが俺達に振り向いて頭を下げた。
「すみません。兄はいつもああなのです」
だろうね。甘やかされて育った感じがしたよ。
「気にしておりません。ヒストリア王国は男性が強いとお聞きしておりますので、そのくらいはなんとも思いませんよ」
「お恥ずかしい」
するとメイド達がお茶グッズを用意して来た。しかも高級菓子も添えて。とりあえず俺達は座ってお茶をし始めるのだった。この世界で生きる女達が、どんな辛い思いをしているのかを垣間見る事が出来たのだった。
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