第207話 魔道具レンタル

  自信をつけたリンクシル達の積極的な調査のおかげで、俺が気にかけていた残り二人の貴族家の情報も聞く事が出来た。俺が聞いた限りではどちらもグレーだが、中立か反王派の可能性が高い。あとは直接呼び出して聞き出すしかないと思うが、この状況下で特定の貴族の娘を呼びつけるのは悪手だ。聖女邸が独自に何かをし始めたとバレれば、その伯爵家が目を付けられる。


 俺の自室にアンナを呼んでどうするかを話し合っていた。


「どうしよっかな?」


「どうする?」


「私も貴族の娘に扮するしかないかも」


「そうか」


「私とバレずに会える方法は無いかな?」


「何度も会っているのだろう?」


「会ってる」


「難しいな」


「そうか…そうだよね」


「だが全く無い訳でもない」


「えっ! なになに!?」


「特殊な魔道具があればいい訳だ」


「特殊な魔道具? そんなのあったっけ?」


「最近それを使っているのを見ただろ?」


 なんだっけ…


「あっ! シーファーレンとシルビエンテ!」


「そうだ」


 シーファーレンが言っていた魔道具の事だ。シルビエンテと視覚聴覚を共有して、遠隔で感知する事が出来る魔道具があるって。それをつけてシルビエンテが影武者としてルクスエリムと話をしているのを見た。そして賢者シーファーレンなら外部に情報を漏らす事も無いし、相談を兼ねて行って見るか。


「借りれるかな?」


「聖女なら貸してくれるんじゃないのか?」


「いきなり行っても貸してくれるだろうか?」


「あの時、ギルドマスターは直接行っていたぞ。それにあの賢者が外を出歩くとは思えない」


「確かに。じゃあこれから行く」


「わかった」


 俺はすぐにミリィに使いをだした。手ぶらで行って魔道具を貸してくれと言うのも失礼だし、菓子折りと金貨を持って行こうと思ったのだ。小一時間ほど待つと、ミリィは今話題になっている王室御用達の菓子を買い付けて来た。


 優秀優秀。


「ミリィありがとう。じゃあ行って来るよ」


「はい。お帰りは?」


「夕方には戻ると思うけど、まあアンナがいるから遅くなっても大丈夫だと思う」


「はい」


 俺とアンナが馬に乗り、門を潜り抜けて賢者邸に向かった。ニ十分ほどで賢者邸の周辺に到着するが、相変わらずおどろおどろしい雰囲気を醸し出している。賢者邸の前について俺は大声で叫んでみた。


「こんにちは! この前は大変お世話になりました!」


 シーン! 


「こんにちは!」


 この前と同じように、二階の窓にチラリと人影が見えた。前の時のように引っ込まずに、その人が俺達に手を振っている。


「気づいた。シルビエンテが出てくるのかな?」


「そうじゃないか?」


 だが俺達の予想は外れ、シーファーレン本人がシルビエンテを連れて門までやってきてくれた。ギルドマスターの時とは対応が違うらしい。


「聖女様! よくぞおいでくださいました! ささ! どうぞ!」


 なんかやたらシーファーレンの腰が低い。一番最初に会った時は、もっとセクシーでけだるい感じを装っていたが、今ではこれが地であると分かる。


「すみません。突然」


「いえいえ。聖女様ならいつでも来ていいと言ったのは私です」


 そう言って鍵を開けてくれ、俺達は馬を引いて広い敷地に入った。馬留に手綱を括り付ける。


「ささっ!」


 俺達はシーファーレンに導かれるままに中に入り、そのまま一緒に奥へと向かった。ところがこの前入った応接室は通り過ぎて、更に奥の部屋へと進む。


「どうぞ」


 俺達が中に入ると、そこは広くて何やらいろんなものが置いてある棚が所狭しと並んでいる。


「あれ? ここは?」


「はい。ここは魔道具の保管庫です」


 えっと…なんで? シーファーレンは、俺達が魔道具目的だと知っている?


「どうしてここに連れて来たんです?」


「あら? 恐らく魔道具が必要になって現れる頃だと思っておりました。もしかしたら違いましたか?」


「違いません。実はその通りです」


 俺がそう言うとシーファーレンはニコニコと笑った。なんかやたらと話が早くて、ちょっとコワイ。だがシーファーレンの表情には含むものなど一切なかった。ただその艶のある豊満な胸が、テカテカと光って俺の視線を釘付けにするだけだ。


「どうかなさいましたか?」


「いえいえ。なにも」


 そしてとりあえず俺は勧められるままに、小さいテーブルの脇にあった椅子に座った。対面にシーファーレンが座った時、影武者賢者のシルビエンテがお茶セットを持ってくる。


「おかまいなく」


「聖女様! ぜひゆっくりなさって行ってください!」


 シーファーレンが言うと、シルビエンテが笑ってボソッと言った。


「賢者様は嬉しいのでございます。大好きな聖女様がいらっしゃったので」


「これ! シルビエンテ! 失礼でしょう!」


「本当の事にございます」


 シーファーレンを見ると顔を真っ赤にして、もじもじし始める。どう考えても賢者って感じじゃない。


「まあ、嘘ではございませんけど。でも面と向かって言うのは…」


「聖女様。実は珍しい事なのでございますよ、賢者様がこのように積極的にお話をするというのは」


 わかる。極度の引きこもりの緊張しいだもんね。でも俺の何が気に入ったんだろう?


「これ! まるで私が懐いた子犬のようではないですか!」


「これは失礼いたしました」


 そう言って頭を下げスッと引っ込んでいった。いつの間にかテーブルのお茶が湯気を立てており、どうやら話をしている間にシルビエンテが煎れたらしい。見事な手際だった。


 そして俺は王都でミリィが買って来た高級菓子折りを出して言った。


「こちらお菓子です。お嫌いですか?」


「いえいえ! 聖女様から頂いたものなら何でも大歓迎です!」


 俺達がお茶をすすり、一息つくとシルビエンテがやってきて熱いお茶を煎れなおした。そしてシーファーレンが俺に聞いて来る。


「なんでも! なんでもいいですよ!」


「はい? 何でもですか?」


「はい! 魔道具を、お役立てください! それが女神フォルトゥーナ様の恩為になるのであれば大歓迎でございます」


 いや。俺が自分の勝手で貴族の娘を救いたいだけなんだけどね。


「実はある事の相談もしに来たんですよ」


「なんでもおっしゃってください」


「はい」


 そして俺は調べた貴族の事をシーファーレンに話した。すると、途端に賢者らしい顔になりそわそわした感じが無くなる。


「娘様がたを救うためにそれほど真剣に調査を?」


 えっ? おかしかったかな? 


 俺が焦りながら返事をする。


「そ、そうです!」


 するとシーファーレンは目をキラキラさせて言った。


「すばらしいですわ! 女性達の命を救うためにそのような事を! 絶対に応援します!」


 めっちゃ褒めてくれるじゃん。


「はい。それで、このあいだお聞きしていたシーファーレンとシルビエンテの知覚共有の魔道具を…」


「いえいえ! そう言う事でしたらもっと良いものが御座います! 聖女邸の娘を貴族子女に見立てたのでございましょう?」


「そう」


 シーファーレンが棚の奥に消えてしまった。しばらくすると木箱を持って戻って来た。それをテーブルに乗せてニコニコして俺を見る。


「これは?」


「ひらいてみてください」


 俺がそれを開くと、そこには二つの首飾りが入っていた。一つが青の宝石を埋め込んであり、もう一つが赤の宝石を埋め込んである。


「これはどういった?」


「それでは、聖女様とアンナさんがお互いそれを首に通してみてください」


「はあ…」


 俺とアンナがそれを取って、各自の首にかけた。


「えっ!」

「えっ!」


 俺の前には…俺がいた。驚いた顔で俺が俺を見ている。


 するとアンナが言った。


「わたしがいる…」


「えっ」


 するとシルビエンテがころころと、車のついた立ち鏡を持って来て俺達の前に置いた。それを見て目を丸くしてしまう。なんと俺とアンナが入れ替わっているのだ。俺はどこからどう見ても屈強な女騎士になっている。


「凄い…」


「本当だ」


 そこでシーファーレンが言った。


「ただ一つ気をつけて欲しいことがあります。姿も声も変わりますが、能力は元のままです。聖女様は剣を振るえませんし、アンナさんは魔法を使う事は出来ません。あくまでも見た目と声が入れ替わっただけです」


 おお! すっごい魔道具だ。これは凄いぞ!


「これは凄い!」


「あとお気をつけて欲しい事は、どちらが片方が外せば変装は外れます」


「わかりました」


 俺とアンナはペンダントを外して箱に入れた。瞬間で元の見た目に戻る。


「あとは…」


 そしてシーファーレンがまた棚の奥に向かって行った。しばらくするとまた箱を持ってくる。


「これです」


「これは?」


 箱の中から取り出したのは、羊皮紙…いや…何かの皮で出来た巻物だ。それを開くとそこには魔法陣が記されており、なにかおどろおどろしい雰囲気が醸し出されている。


「呼び寄せのスクロールです」


「どう言う物です?」


「ここに居ない対象者を呼ぶ魔道具です。聖女様が魔力を通せば、呼び寄せたい人をすぐに出現させることが出来ます」


「えーっと。と言う事はアンナが離れた所にいても私の元へ呼び寄せられる?」


「そうです。ただ、それには対象者の血と同意が必要です」


 するとアンナが自分の手を差し出した。シーファーレンが針を出して、ぷつりとアンナの親指に針を刺す。すると血が膨らんで来たので、シーファーレンの指示のもとで血判のようにスクロールに親指を押し付けた。


「アンナさんは聖女様の呼び出しに応じますか?」


「応じる」


「聖女様はそれを許可しますか?」


「します」

 

 シーファーレンが何かを呟いてスクロールに吹き込んだ。するとスクロールはクルクルと自分で丸まり、最初の筒の状態になった。


「あとは必要な時に、これに聖女様の魔力を注いでください。聖女様の魔力にしか反応いたしません。それと使えるのは一度きりです。魔力を通せば対象者を呼び燃え尽きます」


「ありがとう。今回使うか分からないですが、凄く助かりました」


「はい」


 ここまでしてもらったからには、金貨を贈呈しないと申し訳ない。そう思って俺が懐に手を差し込むと。その手をシーファーレンが押さえて首を振った。


「今日ここにきて、お顔をお見せいただいた事で十分です。それより! もう少しゆっくりなされますか? で、出来れば夕食でも!」


「喜んで」


 するとシーファーレンの頬がポウッ! と赤くなった。凄く嬉しそうな表情がとても愛くるしくて、俺はその豊かでつややかな胸に目を向けてしまうのだった。


 俺が何故気にいられたか分からないが、もしかしたら…俺が好きって気持ちが伝わってるのかもしれない…


 なんて考えつつ、お茶をすする。心なしか影武者賢者のシルビエンテも嬉しそうにしていた。もしかすると、長い間友達とかいなかったタイプなのかも。前世ヒモだった俺からすれば、このタイプは絶対に裏切らない。好きな人にはとことん尽くすタイプだ。思わず悪い癖で、シーファーレンに依存しそうになりそうだ。前の世界で出会っていたら、シーファーレンは俺をダメにする女だったろう。


 聖女として賢者に出会えた事に感謝するのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る