第205話 聖女の可愛い新人教育

 俺達が急いで聖女邸に戻りしばらくすると、大荷物を持ったリンクシルとルイプイとジェーバが帰って来る。だがその顔色は悪く、明らかに失敗したという表情を浮かべていた。アデルナやメイド達がその様子を唖然として見ているが、俺がニッコリ笑って大声で言う。


「三人とも任務ご苦労様! よくやったね! 上出来だよ!」


 するとリンクシルとルイプイとジェーバが頭を下げた。その拍子に手に持った箱が転げ落ちる。俺はそれを拾い上げてリンクシルを見た。


「あ、あの! すみません!」


「どうしたの?」


「お金を全部使ってしまいました!」


 聖女邸がざわつくが俺が更にニッコリ笑って言った。


「そのためにお金を渡したのだから問題ないよ。何か情報は取れた?」


 すると三人とも俯いてしまった。きっと高級店では一言も話せなかったのだろう。アンナとミリィが彼女らに何かを言おうと前に出たが、俺は更にもう一歩前に出て二人を制する。皆の前で彼女らを怒ってしまったら、もう彼女らは潜入捜査なんかできなくなる。


「まずはいいよ。とにかくいろいろと話を聞かせてもらおうかな」


「「「はい…」」」


「あと買った物は、メイドのみんなで分けようね? アデルナは皆を集めて」


「はい」


 アデルナがメイドを集め、荷物を検品しつつメイド達にプレゼントしていく。メイド達は喜んでそれを受け取ってくれた。臨時報酬のような形になってしまったがそれも良しとしよう。


「じゃあ、リンクシルとルイプイとジェーバは執務室に来るように。先に行って待ってるから着替えておいで」


「「「はい!」」」


「アンナとミリィは何も言わないで、自分の仕事に戻って良いよ」


「わかった」

「はい」


 それから俺は執務室に入り、スティーリアとヴァイオレットにも席を外すように言った。そして俺だけが待つ執務室に、三人が着替えを終えやって来る。そこには俺達以外誰も入れないようにと伝えた。


 俺と三人が向かい合って座る。三人は暗い顔をしており、自分達が完全に失敗したと自覚しているらしい。


「お疲れ様だね。初日にしては良くできたと思うよ」


「そ、そうでしょうか?」


「そうだよ。問題ないない」


「そうでしょうか? 何も聞けませんでしたが」


「むしろどんなことがあった? まずは呉服屋に行ったよね?」


「はい! えっと店員に引っ張られて店内に入りました」


「それで?」


「何を話したらいいのか分からずにいたら、店員がウチらに服を着せ始めました」


 三人が申し訳なさそうにしているが、俺はニッコリ笑って言った。


「おかしくないよ。服屋に入ったら大抵そうなる」


「そうなんですか?」


「今日の身なりはどう考えてもお金持ちの身なりだったからね。服屋は間違いなく売ろうとしてくるだろうね」


「そうなんだ…」


「どんな感じだった?」


 すると今度はルイプイが答えた。


「私達に服を着せて、これが似合うあれが似合うと言って来たんです!」


「それは言うだろうね。服屋さんと言うのはそれが仕事だから」


「はい…」


「でも良いんだよ。結果として服を買ったんだもんね?」


「買わないと出れないと思ったので…」

 

 いや。出ちゃったら仕事にならないんだけどね。


「そっかそっか! ならもう一つ教えよう! 服を着せられて似合うと言われても、気に入らないと言って断ってもいいんだよ。なんなら一着も買わないで出てきてもいい」


「そうなんですか?」


「そ。むしろ全く買わなくてもいいの、でも今日は買ったんだからいいお客さんになったと思うよ」


「はあ…」


 それからの話では宝石店に行っても同じようになり、レストランでは頼み方が分からず、お任せしますって言っちゃったらしい。そしてらレストランの方ではコース料理を出して来た。その後でスイーツ店に行っても、店員が薦めるとおりに食べてしまったらしい。


 だがそこでジェーバが言う。


「あの! でもスイーツのお店で少しだけ聞きました!」


「おっ! 何を?」


「私達から聞いたわけじゃないんですが、店員が貴族が時おり来るという話をしていました。私もリンクシルもルイプイも聞きました」


 まあ、そりゃ来るだろうね。


「誰が来るとか分かった?」


「あ…あの…貴族様です」


「そっかそっか! そうだよね、貴族が来るって言ってたもんね」


「はい」


 三人は完全に意気消沈し下を向いてしまった。だが俺は別に責めるつもりは毛頭ない。


「よくやった! 上出来だよ! まずは貴族らしい貴族を演じた形になった。貴族のお嬢さんと言うのは世間を知らないので、高級店に行くと店員の言うままになる事も多いんだ。だから相手は間違いなく貴族の娘だと思ったさ。お金もいっぱい持っていたしね」


「それでよかったのでしょうか?」


 リンクシルが言う。


「下手に演技するよりいいんじゃない? まずはそれでいいと思うよ! それ以上の事は出来ないだろうし」


「「「はい…」」」


 なかなか若い女子のフォローは難しい。三人の気持ちが上がってこないようだ。どうしよう?


 俺は話を切り返る。


「だけどこれからが問題だね」


 三人がコクリと頷いて顔を寄せて来る。真剣な三人娘が可愛い。だけどしっかり言う事は言わないと、彼女らの成長が止まってしまう。


「このままこの作戦をやり続けたら、聖女邸が綺麗なお洋服と金銀財宝であふれてしまう。それはわかるよね?」


「「「はい!」」」


「今日の出来栄えを、自分達でどう思った?」


 するとルイプイが言った。


「失敗です!」


「どうかな? 失敗とは思わないけど、目的は達成できなかったと言う事だよね?」


「えっと、失敗じゃないですか?」


「そ。失敗じゃない」


「えっと、どう言う事でしょう?」


「今日の買い物で完全に高級店の人達には、貴族の娘であると信じ込ませることが出来たよね。むしろいきなり、貴族の情報を聞きだしてこいって言った私が間違い。その方が怪しかったと思う」


 するとリンクシルが前に出て来て言う。


「い、いえ! 聖女様に落ち度などありません!」


「いや。あるよ、三人は聖女邸ではよくやってくれているけど、外での経験がなかった。それを加味しなかったのは問題だ。いきなり情報を聞き出すなんて、むしろ怪しい人だと思われてたかもね。だけどそんな事はどうでもいいんだ。今日一日で店の様子や雰囲気は分かったでしょ?」


「「「はい」」」


「お店の人は、三人が慣れてないのを良いことに売りつけて来たんだよ。でもそれでよかった、相手は完全に油断したからね。また三人が行けば、世間知らずの貴族のカモだと思って売りつけてくるよ」


「カモ…」


「それは事実。だけど私は、よくやったと言いたい。あなた達は簡単にお金を落としてくれる、右も左も知らない貴族の娘だと認識された。その事で店の人も気を許すし、口も軽くなってくると思うよ。もしかすると、これから接触するかもしれない貴族の娘達も気を許してくれるかも。貴族の娘は人を見下す習性があるから、新人のような君らに絶対接触してくる気がする」


 俺がそう言うと三人の顔がぱっと明るくなった。


「と言う事は、完全な失敗じゃないですか?」


「そう! それをうまく演じられたと思えばいい。後は商売人をかわす練習をしようね?」


「「「はい」」」


 どうやら三人の落ち込み具合は治ってきたようだ。ここで盛大に失敗したと、皆の前で叱ったりしたらパワハラで労働基準監督署に訴えられそうだ。労働基準監督署があればだけど。


 そして俺はすぐにアデルナを呼んだ。彼女らには、百戦錬磨のアデルナから町での応対の仕方をきっちりと仕込んでもらう事にする。したたかなアデルナであれば、彼女らを見事に仕立て上げてくれるだろう。人を育てるというのはそう言う事だと思う。うん…たぶん。


「じゃあ、アデルナ! 彼女らを次の任務の時までに仕上げて欲しい」


「わかりました。お任せください」


 きらりとアデルナの目が光り三人が若干青い顔をした。そして俺は執務室を出て、アンナの修練でも見に行こうと思うのだった。

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