第204話 可愛い潜入捜査

 俺はまず貴族の娘達とこっそり接触する事にした。だが貴族の娘達がいつどこに現れるか分からないので、現れそうな所を見張るしかないと結論付ける。レストランかスイーツ店、もしくは洋服屋や宝石屋に見張りをつければいつか現れるだろうと考えた。出来る事なら聞き込み調査をかけて、貴族令嬢が来る日が聞き出せたら最高だ。


 貴族の小娘が店に来るのを見張るなんてギルドには頼めない為、俺達が独自でする事にした。


 そして探偵のまねごとをさせる人を選抜する。


 リンクシル、ルイプイ、ジェーバだ。三人にはいつもの服では無く、俺が貴族の男からもらい受けた高級ドレスを身につけさせる。俺は絶対着たくなかったが、ルイプイとジェーバは喜んでくれた。リンクシルは動きづらい服を着せられて、あまりいい顔をしていない。


「似合ってる! かわいいよ」


 俺が言うとリンクシルが不思議そうな顔をしていった。


「ウチが? 可愛いですか?」


 かあいい…。髪の毛をまとめて耳を隠していると、普通の女子に見える。


「ルイプイもジェーバも可愛い」


「あ、ありがとうございます!」

「こんなきれいなドレスを着せてもらえるなんて」


「どうせ着ないし。あげる」


 二人は遠慮するが、せっかく俺から手場慣れした貴族の男からの貢物だ。快く受け取ってもらおう。もう自分らの部屋のクローゼット行きだと言う。そして俺が巾着をリンクシルに渡す。


「はい。これが潜入捜査費だよ」


 お金の入った袋を見てリンクシルが目を見開く。


「中身を見てみてね」


「えっ! えっ! こんなにですか?」


 するとミリィがニッコリ笑って言う。


「高級店に入るのですから、それなりにお金を持っていないと困ります。まあ確かに、いささか多いとは思いますが」


「だったらこんなにいらないです」


 だが俺が首を振って言う。


「だめ。冷やかしだと思われたら困る。普通にお金を使ってきてほしい、何度か通えばお得意様になると思う」


「何度も?」


「今日一日じゃ終わらないよ」


「そうなんですか?」


 リンクシルがどぎまぎしていると、師匠のアンナが言う。


「せっかくだ。思いっきり羽を伸ばしてこい。美味いものをたらふく食うと良い」


 するとリンクシルがジュルリとよだれを飲む。想像していなかったのだろうが、美味い物と言われて改めて想像してしまったのだろう。


 ミリィがルイプイとジェーバに言う。


「お店のサービスを見て学んできなさい。おもてなしの仕草や言葉遣い、お店の雰囲気づくりやお客様の流れと対応を見るのは勉強になります」


「「はい!」」


「本物に触れれば、本質が見えてきますよ」


「わかりました!」

「しっかり見てきます!」


「はい」


 ミリィのしっかりした上司ぶりを見る事はなかなかないが、とても優しく指導していた。そしてヴァイオレットがリンクシルに地図を渡す。


「はい。高級店の地図です。これを見て周ってきてください」


「わ、わかった」


 リンクシルは初めて部下をつけての仕事なので緊張気味だ。


「じゃあ、がんばってね。復習だけど誰を探すんだっけ?」


「はい! 子爵の娘ミステル様! 伯爵の娘アグマリナ様! 伯爵の娘マロエ様です!」


「よくできました! いってらっしゃい」


「「「はい!」」」


 三人がぺこりと頭を下げて出て行った。そして俺とアンナとミリィが顔を合わせて頷いた。


「さ。ついて行こう」


「わかった」

「はい」


 そう。いきなりリンクシル達三人に、その重責を負わせる訳にはいかない。俺達は始めから、三人をバックアップする為に変装して潜入する事にしていた。俺達はあらかじめ用意していた変装キットを身に着けて彼女らを追う。


 三人はヴァイオレットの指示書にあるとおりに、呉服屋へと向かっていた。呉服屋と宝石店は恐らく来店頻度は少ないと思うが、レストランとスイーツ店はまだ時間が早くて開いていないので先に周らせている。


「よしよし、言う事を聞いてちゃんと進んでるね」


「まあこのくらいは出来るだろう」


「そうですね。ルイプイもジェーバも随分慣れてきましたから」


 俺達が見る先で三人が歩いていると、町を通りかかる人々がちらちらと見る。もちろんどこからどう見ても、貴族三人娘が王都を散歩しているように見えるからだ。更に言えば、三人はそこそこ可愛い容姿をしている。そりゃ見られるだろう。


 市場のそばを通りかかった時、店の人から声がかかった。


「そこの貴族のお嬢様がた! 良い果物が入っているんだけど寄ってかないかい?」


 一瞬、三人は無視して通り過ぎようとしたが、ぴたりと足を止めた。そしてリンクシルがそちらにフラフラと行くのを、ルイプイとジェーバが必死に止めている。


「あっちゃー…」


 俺がそう言うと、アンナが目に手を当てて首を振った。どうやら自分の教え子が、食べ物につられているのを見て嘆いているのだ。


 だがミリィが言う。


「あ! でも!」


 ルイプイがリンクシルに何かを言って、リンクシルがうんうんと頷いて先に向かった。どうやらルイプイの説得で思いとどまったらしい。市場を通り過ぎて商店街の方に行くと、今度は雑貨屋の店主が声をかけて来る。


 無視して進む三人だったが、また立ち止まった。今度はルイプイとジェーバがそちらに行こうとする。


「あらら」


 今度はミリィが顔に手を当てて頭を振った。


「あの子達…珍しいものに目が無くて」


 すぐにアンナが言う。


「でも見ろ!」


 するとリンクシルが二人の首根っこを掴んで、雑貨屋に行かないように仕向けた。なんとか商店街を抜けて高級店舗街に入り込む三人。危なっかしかったが、お互いをフォローし合ってきちんと目的の服屋に着く。


「きたきた!」


 だがなぜか三人は店に入らない。


「どうしたんだろ?」


 遠くから中をのぞくようにしてウロウロしていた。なかなか店に入ろうとせずに、遠巻きに見ているだけ。若干挙動不審にも見える。


「あれは…」


「なに? アンナ? 分かるの?」


「リンクは緊張している」


 するとミリィも言う。


「ルイプイとジェーバもですね。高級店になんか入った事が無いから」


 盲点だった。貴族の格好をさせて、お金をいっぱい持たせれば喜んで行くもんだと思ってた。


「人選ミスだったかな?」


「どうかな…」

「どうでしょう…」


 俺達が見ていてもなかなか店に入る様子がない。しかしどうやら店の人が気が付いて、表に出て来た。高級ドレスを着ているのでお客さんだと思ったのだろう。


「大丈夫なんだろうか?」


「どうかな…」

「どうでしょう…」


 店員に連れられて店の中に入って行く三人。


「多少なにかを聞いてくれればいいけど、あの調子じゃ無理かも」


「だな」

「ですね…」


「とりあえずそこのお店に入って様子を見よう」


 俺達は対面の雑貨屋に入った。すると店員がいきなり声をかけて来る。それをミリィが適当にいなしながらかわしていると、間もなくリンクシル達が店から出て来てしまった。ミリィが鍋のお玉を一本買って雑貨屋を出る。


 そして三人の姿を見て俺達はあっけにとられた。


「なんで…」

「どうなってる?」

「いくらなんでも」


 三人は買い物袋や箱を思いのほか大量に持って出て来たのだ。それを見て俺が言う。


「あれ…売りつけられたんだ。多分リンクシル達は言われるままに買ったんだと思う」


 アンナとミリィ二人は顔に手を当てて首を振る。自分達の部下の様子を見るのが辛くなってきたようだ。


「あら? 続行するみたいよ」


「えっ?」

「本当だ…」


「次は宝石屋なのに、あんなに大量に買い物袋を持って行ったら…」


「まずいな…」

「ですね」


「だけど! ここはグッと我慢だよ。ここで手を出してしまっては成長が無い!」


「わ、わかった!」

「そ、そうですね!」


 そして彼女らは地図を見ながら宝石店の前に来たが、またも中には入ろうとせずにウロウロし始める。だが買い物袋を大量に持った貴族が外にいたら放っておく商売人はいない。すぐに店員が出て来て店内に入って行った。


「入った!」


「どうか!」

「おねがいします!」


 とうとうアンナとミリィが祈り出した。とりあえず俺達はその向かいにあった、貴族用の防具店に入る。アンナが適当に店員をあしらっているうちに三人は店を出て来た。アンナが捨て台詞のように店員に言う。


「ぼったくるのもいい加減にしておけよ」


 物凄い気迫が乗っているので、高級防具店の店主は震えあがった。俺達が三人を追いかけて外に出ると…


「増えてる」


「また言われたとおりに買ったんだな」

「断れないのかしら」


 二人がイラついているので、俺が言った。


「二人とも! 最初からうまくできる人はいない! これから覚える事だ」


「わかっている」

「そうですね…」


 だが三人はまた地図をみて次の場所に向かい始めた。それを見てアンナが言う。


「中止させた方がいいんじゃないのか?」


「ダメだよ。恐らく彼女らはやれと言われた事はやらないといけないと思ってる。任務遂行するまでは放っておかないと」


「わかった」


 次の高級レストランでも次のスイーツ店でも、店の前でウロウロしているのを店の人に引き込まれて入って行くありさまだった。一日のスケジュールが終わったのを見て、俺達は急いで先回りして聖女邸に戻るのだった。

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