第203話 貴族の娘を救いたい

 西方からミラシオン達が帰って来るまでの時間は稼げた。もしかするとだが、内乱より早く東スルデン神国との戦争が起きてしまうかもしれない。だがその前に、第五騎士団と第六騎士団の検めがあると思うから、西の遠征部隊が帰って来るまでは何も起きないだろう。


 まあ東スルデン神国が越境して来て、ヒストリア王国に侵攻して来れば別だけど。


 聖女邸の執務室に集まり、これまでの状況とこれからの事を話し合っていた。


 俺が言う。


「しかし、賢者様には驚いた」


 あんな可愛い人が賢者だって事にね。めっちゃチューしたかったもん。


 スティーリアが答える。


「はい。極端に一芸に秀出たお方と言うのは、そう言う一面がありますね」


 そう言って俺はじっと見つめられる。だが、俺の男嫌いは堅物だからでは無くて、聖女の中の俺が男だからなんだけど。


「まあ。人間味があってとっても好感がもてるよね」


「はい」


 それを聞いていたヴァイオレットが、少し伏し目がちに言った。


「そのお話を聞きまして、私も他人事じゃないなと思いました。私も未だに男性が近くにいると震えてしまいます」


 そうだ。ヴァイオレットは王宮文官時代にセクハラされたんだもんなあ。そう言われて見ると、ここにも男社会の被害者がいた。まあマグノリアもゼリスも被害者だしリンクシルもだな。


 ま、小さいイケメンのゼリスはどうでもいいけど。


「私が何とかする。皆の生きやすい社会を作るから」


 するとスティーリアとミリィとアデルナが大きく頷いてくれた。スティーリアが言う。


「私達はただ待つだけではございません。聖女様の夢の為に精一杯尽くしてまいります」


「ありがとう」


 そしてスティーリアがある書面をひらいた。そこには調べられた、市中検めのおおよその日程が記されている。スティーリアはその一か所を指さした。


「この日の周辺に動きがあると思われます」


 俺達が見る書面には、悪徳司祭のクビディタスの施設のガサ入れの予測日が記載されている。俺としては一日も早くやってほしいところだが、アイツは取り調べで良からぬ名前を白状するかもしれない。


「スティーリア。もしクビディタスが捉えられて悪事がバレたらどうなるかな?」


「間違いなく投獄されるか、最悪の場合は死罪となるでしょう」


「だよねー。そうなれば破れかぶれになって、ある事無いコト言うよね?」


「左様でございますね」


 うーん。そうなったら一度収まった粛清の機運が高まっちゃうな。いっその事、マルレーン家の別荘に行ってソフィアをさらってきちゃおうかな? そうすれば別に粛清の嵐が吹き荒れたところで、最悪は我慢できるかも。だけどそうなると、子爵の娘ミステルちゃんやアグマリナちゃんやマロエちゃんがなー。結局その貴族達がどっち派閥だか分からんけど、下手をすると取り潰しになる事も考えられる。


 まてよ…


「スティーリア」


「はい」


「もし粛清が始まれば、取り潰しになった貴族の家族ってどうなるんだろう?」


「それも、最悪は死罪。もしくは田舎の修道院に送られたり奴隷になったりでしょうか」


 なるほど。修道院に送られるなら、教会のお偉いさんに頼めば助けられる。教会には大金をばら撒いているんだから、それぐらいは優先してやってくれるだろう。だが奴隷にされるとしたら厄介だ。いちいち奴隷商に行って買わなきゃならないし、聖女が奴隷を買ってるなんて知れたら大変だ。


 まあ死罪になるとすれば、奥さんや兄弟あたりだけになるだろうからそこは心配ないか。


 そこで俺の頭の上にピコン! とランプがついた。


 クビディタスの検めの日が予め予測ついてるんなら、その情報をこっそり貴族の娘がいる貴族に流せばいいかも。そうすれば身の危険を感じて動くかもしれない、突然逃げ出したらその貴族が反王派だと分かる。


「もしだけど、王政に反発する貴族が判明したとして、いつ粛清されるかな?」


「もちろんすぐでしょう」


「だよね。そうなったら娘をどうすると思う?」


 するとアデルナが諦め口調で言った。


「貴族にとって娘は政略結婚の道具でございます。お家取り潰しになり勢力争いに加われなくなったとしたら、意味が無くなってしまいますね。もし親としての情があれば、生きれるように取り計らうかもしれません。ですが…取り潰しがはっきりした場合、過去の例ですと心中する可能性もあります」


 やっぱダメだ。名案だと思ったけど、流石にそれを阻止する事は困難だ。そうなる前に手をうっておかねばならない。反王派に横のつながりがあれば、一気に反乱の機運が高まってしまうだろう。そうなったら芋ずる式に可愛い女の子達が死ぬ。


 いや…まてよ。


 わかった。昔取った杵柄と言うか、ヒモだった時のタラシ能力で娘を直接篭絡すればいいんじゃね? 粛清の矢面に上がった瞬間に、あなただけでも聖女邸に逃げ込みなさいと教えておけばいい。何も分からないでいると、一家と共に死ぬ可能性が高まるが、知っていればいざという時に早く動ける。率先して俺達が救助に向かえば、生き残れる可能性は高い。


 ただソフィアは、公爵邸の別荘にいるんだよなあ。


 …別荘か。と言う事はあまり目につかないところにある? 正面からの接触は厳しいが…


「どうされました?」


「いや何でもない」


「そうですか」


「王都に戻ってきて思ったんだけど警戒が解かれてるよね? 謀反を起こそうと思った者を押さえたし、第一騎士団と近衛騎士団が両方いるからかな?」


「そうだと思います。以前いた諜報らしき人物達も見かけなくなりましたから」


「なるほど」


 俺は一つの結論にたどり着いた。ちょっと皆に言う事は出来ないが、相談すべき相手はいる。一通り話を終えた後で、俺はミリィに行った。


「夕食の後で、アンナとリンクシルと一緒に風呂に入るから用意をお願い」


「かしこまりました」


 俺は部屋を出て中庭を見る。するとキッチンメイド達がお茶をしていた。彼女らも平和に暮らす権利があるが、貴族の娘達にもあるはずだ。俺は可愛い子らと、平和に女子会をしたいだけなのだ。


「聖女邸のみんなは不自由してない?」


 ミリィに聞くとミリはニッコリ微笑んで言う。


「彼女らは王都で一番給金をもらうメイドとして有名です。この聖女邸は従者達の憧れの的なのです」


「そうなんだね。休み的な部分はどうなっているの?」


「はい。以前、聖女様がおっしゃっていたように交代制となっておりまして、週に二日はお休みをいただいております」


「なら良いんだけど」


「あと仕事の面でも良いことがありまして、聖女様のおかげでより安全に買い物ができるようになりました。ギルドにも行きやすくなりまして、皆が伸び伸びと仕事をしております」


「これが王都全体に広がればいいんだけどね」


「ふふっ。従者の事をそんなに考えてくださる主なんていませんよ。恐らくここのメイド達は、下手な貴族の娘様方より楽に暮らしていると思います」


「そうか」


 俺はまだ彼女達にしか、その環境を与えられていない。もっと頑張らなくちゃ。


 ミリィは俺の腕を取って言う。


「ささっ、それでは彼女らのお茶に混ざる事に致しましょう」


「私が混ざって窮屈じゃないかな?」


「とんでもない! 喜びます」


「わかった」


 俺はミリィと共に、中庭でお茶をするキッチンメイドのもとへと向かうのだった。

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