第202話 本当の賢者様

 王城からの帰りの馬車の中、偽賢者シルビエンテは堂々としているのに賢者シーファーレンはめっさ小さく縮こまっていた。何故か物凄く申し訳なさそうな顔をして座っている。今にも消えそうな蝋燭みたいになっているので、心配した俺はシーファーレンの隣に座った。


 耳元に顔を近づけて聞いてみる。


「シーファーレンさん? どうしました? 無事に終わりましたよ?」


 するとシーファーレンがふるふると震えて来た。どうしたものかと思い俺がシーファーレンの手を掴んであげる。すると顔を真っ赤にさせて小さい声で言った。


「…でした…」


「えっ?」


「だめでした…」


「何が?」


 ダメじゃないはず。むしろ神のお告げなどと言う世迷言を、お偉いさんに上手いコト信じてもらえたし、どっちかっつーと成功だと思うんだけど。そしてそれは賢者の助言によるもの…だし。偽賢者を操ってくれたシーファーレンの手柄でもあると思うんだが。


「私役に立ちませんでした」


 めっさ小さい声でぽつりと言った。今にも消え入りそうだ。


「いやいやいや! そんな事はないですって! あの賢者の一言はバッチリと効きました。あれがあってこその成功です」


「いや。もっと早い段階で言えたかもしれないし、もっとうまい言い方があったかもしれない。それに皆が賢者を見る目が訝し気だったと思います」


 ぜんっぜんそんな事無かったけど? むしろ賢者は、まあ偽のだけど…めっちゃ正論言ってる! みたいに捉えられてたけど? 尊敬の眼差しすら感じたけど?


「ベストなタイミングだったと思います」


「あと! その前に! 入城の時の事なんですが!」


「へっ?」


「騎士が変な目で見ていたように思います!」


 それは否定できない。でも、そこは偽賢者シルビエンテも上手くフォローしてたし。俺から見てなんにも問題があったように思えない。


「大丈夫ですよ」


「だ、大丈夫ですか?」


「大丈夫です」


「……」


 どうかな? 落ち着いたかな?


 そう俺が思っていたら、また口を開いて言う。


「あの!」


「どうしました?」


「陛下との密談の時の事です!」


「なんかしましたっけ?」


「あの時、指示を間違ってほんの少しだけ早く、聖女様より椅子に着席してしまいましたよね?」


 へっ? それは全く記憶がない。と言うより、ルクスエリムが座るよう勧めたんだから別にそのくらいどうでもいい事だろうと思う。そんなめっちゃ細かいことで、なんでこんなに震えてんの?


「いやーどうでしたかね? あの時は問題なかったと思いますよ」


 と、しか言いようがない。


「もっ!」


「も?」


「もっ!」


「も?」


「もしかして、私が本物の賢者だとバレてはいなかったでしょうか?」


「それは無いと思います。皆が私の従者だと思ってくれたと思いますよ」


「本当ですか?」


「本当です」


「本当はそう思っていないのに、私に同情して言ってるわけでは無くて?」


「はい。本当に思ってますよ」


「そ、そうですか…それなら…それなら良いんです」


「まあ、よしんばそれがバレたとしても、影武者を立てているのだ、という事にすれば済みそうですけどね?」


「えっ! バレてたんですか!」


「いやいや! ちがうちがう。バレてたらの話! 例え! たとえばの話!」


「そうですか」



 これは大変だぞ。



「バレてません」


「それなら良かったです。賢者がこんないでたちで、こんな胸をしていたら絶対ダメだと思うんです。 きっと変だと思われますよね! だから本当によかった! バレなくて良かった!」


 分かったぞ…。賢者はとても博識でいろんなことを知っているし、魔法にも精通しているようだけど…

めっちゃ気が小さいんだ。よくこれで世界を股にかけて旅をしてきたな。


 すると偽賢者シルビエンテが言う。


「賢者様はずっとこうなのです。お気になさらず」


「まったく気にしてません。むしろその慎重さが尊敬に値します」


「はい。この慎重さがあるからこそ、いろんなことに気が付くのです。そしていろんな情報を頭に入れないと不安になり、とことんまで追求して探求して探して試してを繰り返すのです。それを延々と繰り返してここまで上り詰めた御方なのです」


「し、シルビエンテ! なにを言っているのです!」


「聖女様とお仲間にはお伝えしてもよろしいと思いますよ。この方達はそんな事で、賢者様にレッテルをはるような事はございません」


 流石シルビエンテ。この賢者の付き人だけあって、人を見る目がある! 俺は全く気にしていない! と言うより、こんな可愛らしい気の小さい人が賢者なんて、めっちゃ魅力がありすぎる。好き!   


 もちろん、うちのアンナやミリィやスティーリアは優しいから全く気にしないよ。


 するとアンナが言った。


「わたしと同じだ。賢者は似ている」


 いつもは言わない言葉を言った。アンナは普段こういうことは言わない。


「えっ?」


 すると今度はミリィも言う。


「うちの聖女様もそんなところがあります。特に殿方に関してはめちゃくちゃ壁がありますし」


「そうなんですか?」


 それにスティーリアがニッコリ笑って答える。


「そうなんです」


 シーファーレンがうるんだ瞳で俺を見るので、俺はニッコリ笑ってこくんと頷いた。すると唐突にシーファーレンが、ボフン! と抱き着いて来る。


「すみませんでした! 聖女様! 次はきっとお役に立ちます!」


「あ、ありがとうございます!」


 やわらけぇ…。なんだこのおっぱい! めっちゃ柔らかくて大きくて温かい。


 俺は思わずぎゅっと抱き返してしまう。


「凄く助かりましたよ。賢者シーファーレン。あなた無くしてこの問題を解決する事は絶対に出来ませんでした。下手をすれば内乱が起きる引鉄を引いたかもしれませんし、シーファーレンがいたことでこの国は延命されたのです」


 俺が本音を言う。


「いえ! 違います! 私は一ミリも働いておりません! むしろ余計な事を言ったかもしれないと思っております!」


「そんな事はない。これからも邪神の間の手から皆を守るためにお力をお貸しください」


「……はい…」


 なにこれ? 少女じゃん。つーかマグノリアより少女じゃん。こんなセクシーな女の人なのに、こんなに線が細いなんて。そりゃこの男社会の世界じゃ辛かったろうね。きっと過去にいっぱい嫌な思いをしてきたんだろうな。賢者と呼ばれるほど能力が高いのに、美人でセクシーな女に生まれたがためにこんな事になっちゃって。俺はダメ押しで言葉をかける。


「あなたは私と来るべき人です」


「はい…」


 そんな話をしているうちに馬車は聖女邸に到着した。するとシーファーレンはスッと真顔になって、背筋を伸ばした。俺とアンナとミリィとスティーリアの前では弱みを見せたが、馬車を降りる頃には気丈な賢者になっていた。それをシベリオルは可愛そうな同情の目で見つめている。おそらくこの優しいお爺さんは、ずっと影武者として支えてきたんだろう。


 すぐに俺の部屋へと連れて来て、ミリィを呼びシーファーレンのメイド服を脱がせて元のローブを着せた。そしてシーファーレンに落ち着いてもらうために、高級菓子店で買って来たとびっきり上等の甘い菓子を出す。シーファーレンは落ち着いてきたようで、ようやく元の穏やかな人になるのだった。

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