第200話 王様との密談

 俺達が王城に到着して馬車を降りると、バレンティアと騎士達に玄関へと誘導されていく。


 そして俺は、騎士達の視線を見て気が付いた事がある。それは家にあったメイド服のサイズが、どう考えても賢者シーファーレンにあっていないという事だ。いや、ウエストや腰は問題ないのだが、胸がはちきれんばかりでぱっつんぱっつんだ。


 本人は男の注目を集めたくない! とか言っていたのに。急いで準備したのが仇になって、むしろシーファーレンが目立ってしまっている。胸が。


 申し訳なくなった俺は、スッとシーファーレンと騎士達の間に入った。するとバレンティアが俺に言って来る。


「どうされました? 普段は私から距離を置いているように感じるのですが?」


「いや。そんな事はないでしょう、いつもこんな感じですよ」


「そうでしたか?」


「そうです」


 俺が間に入った事で、騎士達の視線からシーファーレンの胸を守る事が出来た。その為なら自らを犠牲にして、騎士に近づくのはやむをえない。さらに俺の行動に察しがついたのか、影武者賢者のシルビエンテが横に来てくれた。


「バレンティアよ。お主の所の騎士も若いのう、若い女を前に少し色めき立っているのではないか?」


 そう言われた騎士達は、ざっと俺達から少し距離を置く。バレンティアが氷のような表情で、騎士達をじろりと見て言った。


「お前達にそんな邪な考えはあるのか?」


「「「「ございません!」」」」


「っと言う事ですよ賢者様。近衛にそのような考えを持つ者がいるのなら、私が対処いたします」


 騎士達の表情が少し青くなったようだが、それ以上は表情を変えなかった。ある部屋の前に到着しバレンティアが言う。


「それでは皆様。待合でご準備の方をお願いいたします」


 俺達はいつもの待合室に通されて、バレンティアと騎士達が礼をして去って行った。扉が閉まってすぐだった。


「ぷっはぁぁぁ!」


 えっ! なに?


 いきなりシーファーレンが空気を求めるように息を吸う。まるで今の今まで息をしていなかったように。


「大丈夫ですか? シーファーレンさん」


「は、はい。大丈夫です!」


「もしかしたらメイド服が苦しかったですか?」


「確かに胸が窮屈ですが贅沢は申しません! 私からお願いしたことなのですから! ですがあまり大きく息をするとボタンが…」


「まあ、リラックスです。リラーックス!」


 そう言って俺は肩をクルクルと回して見せた。すると同じようにシーファーレンも肩を回してゆっくり深呼吸する。


 俺も男嫌いだが、シーファーレンはそれともまた違う何かを抱えているようだ。まあバレンティアみたいなイケメンが居たらこうなるのは無理もない。俺も嫌だし。


 メイドがお茶などを用意してくれ、俺達はそこに座って呼ばれるのを待った。しばらくすると騎士達がやってきて俺達は謁見の間へと連れていかれる。既に聖女邸の面々は何度か来た事があるので慣れているが、シーファーレンだけが俯いて震えているようにも見える。むしろ影武者賢者のシルビエンテがめっちゃ堂々としている。


 そしてバレンティアが言う。


「先に陛下と謁見です。聖女様と談話した後で、恐らく一緒に会議室へと入られると思われます」


「わかりました」


 そして部屋の前に到着すると、バレンティアが騎士に声をかけた。


「聖女様が到着された!」


「「は!」」


 騎士らが扉を開けるとルクスエリムと家族が座っていて、護衛の騎士達が両脇に立っていた。俺はそのまま前に歩き跪くと、アンナとミリィとスティーリアも同様の姿勢を取る。横を見ればシルビエンテも、後ろにいる本物の賢者シーファーレンも跪いていた。


「なんと。賢者と一緒に来たのか?」


「はい。同席させていただいた方が話も早いと思いまして」


「根回しが良いのう」


 そしてルクスエリムが席を立ち、俺の元へ降りてきて手を取った。爺さんにいきなり手を握られて困惑する。つうか握られたくない。


「大儀であった。西側は大変であったろう? 無理を言って頼んだものの心配でならんかった」


「いえ。自ら申し出た事でございます」


「活躍は聞いておる。そなたのやった事はとても重要で、大臣連中も舌を巻いておったわ」


「手紙は読ませていただきました」


「うむ。腐敗を未然に防いだ手腕は、誰も真似出来ぬだろうと口々に囁かれておるわ」


「ただの成り行きなのですが」


「また謙遜をするな。まあ聖女らしいがな」


 いやいや。悠長にそんな話をしている場合じゃねえ。


「それで。本題をお話したほうがよろしいのでは?」


「そうじゃな。では別室へ、賢者も来るがよい」


「はい」


 そうして俺と影武者賢者が別室に連れられて行き、王の対面に座ってこれからの事を話す。


「手紙の通りじゃ。大臣や貴族達は、腐敗が進む前に反乱の芽を摘み取るのだと息巻いておる」


「陛下はそれを良しと思っていないのですね?」


「そのような事をしていたら、敵国が攻め入る口実となってしまうじゃろう。また反乱の意思がある者など、ごく一部であると睨んでおる。諜報からの情報でも今は動くべきでないのじゃ」


「私もその通りであると思います」


 するとルクスエリムは偽賢者シルビエンテに向かって聞いた。


「賢者もそう思うであろう?」


 すると賢者は目をつぶり俯きつつ、何かを思慮深く考えるような仕草を取る。そしてぱちりと目を開いて言った。きっとどう答えるかをシーファーレンに聞いていたのだろう。


「陛下のおっしゃるとおりでしょうな。先日も言いました通り、これは邪神の仕業であると確信しておりますのじゃ。再び深い信仰を取り戻せば、国は元通りになるでしょう」


「うむ。それを信じて、わしはマルレーン公爵家を逃がしたのじゃ」


 えっ? ソフィアん家を逃がしたのは王自ら? つーか、賢者の入れ知恵?


「今はそれでよいと思われます。無駄な血を流す事はないじゃろうとおもいます」


 俺は本物の賢者シーファーレンに心から感謝する。シーファーレンの入れ知恵でソフィアのマルレーン家は別荘に逃がされたのだ。


「むしろ、面倒なのは伯母じゃな。あれはどうしたものか…」


 ん? 婆さんなんか放っておけばいいじゃん。だって、誰かが粛清の矢面に立たないと、この騒動は収まらない可能性もあるし。


「マルレーン公爵家もリリー様も、反乱の確証などないのでございましょう?」


 俺が聞く。


「それはそうじゃが、王城に攻め入って来た間者は間違いなく伯母の私兵じゃ。もちろん誰一人としてその証拠を残さんかったが、あのような手練れを従えているのは伯母以外におらん」


 リリー・セリア・ヒストル。ルクスエリムの伯母さんで相当の年寄りだが、自分の家の孫を王にさせようとでも思っているのだろう。しかしそんな事をしたら、恐らくあっという間にこの国は崩壊して他国に攻め込まれる。そうすればヒストリア王国は滅んでしまう可能性が高い。いくら王様の椅子が欲しいとはいえ、国が滅んでしまえば意味が無い。恐らく内乱を起こさずに、ルクスエリムを暗殺する事でその椅子を手に入れようと思ったのだろうが、失敗した以上は次の手立てはないはずだ。


「恐れ入りますが、なるべくは穏便に対応するのが最善の手かと」


 それに偽賢者のシルビエンテも大きく頷いた。


「聖女様のおっしゃる通りでしょうなあ。動けば邪神の思うつぼ、国を滅ぼしかねない一大事となりましょう」


 それを聞いたルクスエリムが大きくため息をつく。


「それを、どうやって大臣や貴族に信じ込ませるか」


 そこで俺はとっておきを言う。


「全て東スルデン神国が仕組んだ事だと信じてもらいましょう。この度はかの国が絡んでいる事実を掴みました故、私の説明でご納得して下さる方も多いはず」


「おお! 聖女自らがか!」


「はい。実際に手柄を上げた私であれば、私の提案に水を差す事は出来ますでしょうか?」


「むろん。それはできんじゃろうな! というか、まさか聖女自らが名乗り出てくれるとは!」


「一度乗り込んだ船を簡単には降りれません」


「うんうん!」


 ルクスエリムはホッとしたように笑った。そしてもう一つ俺に聞いて来る。


「本来、それを裏で糸ひくのはアルカナ共和国であるがの。そのことは触れずともいいじゃろうか?」


「もちろん今は触れません。二国を相手に戦争をする可能性があるとなると、王派も渋るでしょう。誰もそんな危険な橋を渡ろうとはしないでしょうから」


「じゃがその間に内乱が起こらんじゃろうか?」


「そこで一つ、よろしいでしょうか?」


「うむ」


「リリー様とその家の者を、軟禁してしまう事が条件です。旗振りがいなくなれば、貴族達も簡単に動く事は出来なくなります。事が平和に終わってから、処分をお考えいただければよろしいのでは?」


 俺がそう言うと、ルクスエリムが俺を見る目に畏怖の念が籠る。少し顔が青くなったようだ。


「聖女は本当に変わってしまったのう。柔軟と言うかなんと言うか、いずれにせよその通りではある。国家を守るためにはそれが最善手なのじゃが、わしは自分の肉親じゃからかそこまでは割り切れておらぬよ」


 いや。俺は割り切れてる。恐らくソフィアを助ける為の、一番有効な手立てがそれだ。俺はソフィアを守るためなら悪にでもなる。


 すると偽賢者シルビエンテが言った。


「まずは今の状況を収める事が寛容かと」


「うむ。では、まいるとするか。そろそろ大臣達も痺れを切らしておるじゃろ」


 俺と偽賢者シルビエンテはルクスエリムについて部屋を出るのだった。謁見の間で待つ聖女邸の面々は静かに待っており、本物の賢者シーファーレンは震えていた。それを見てルクスエリムが言う。


「なんじゃ? 聖女の従者は震えておるようじゃが?」


 それを聞いて俺は慌ててルクスエリムに説明をした。


「彼女は、き! 緊張しているのです! 初めての登城でございましたので! ですが彼女は信頼のおける私の従者でございます。どうかお気になさらないで下さい」


「うむ…それはそうじゃが」


 そう言ってルクスエリムは、跪く本物の賢者の前にしゃがみ込んで言う。


「緊張するのも分かるが、取って食ったりはせんよ。ゆったりした気持ちでおるとええのじゃ」


「は、はい!」


 声が裏返った。ガチガチになっているが、偽物の賢者シルビエンテが来た事で少し落ち着きを取り戻す。そして俺達は王家の面々と一緒に、会議室に向かって歩いて行くのだった。

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