第199話 賢者の影武者
早朝の朝靄の中、貴族街の石畳を走る小さな馬車がいた。その馬車は自分の存在を隠すように聖女邸の門前に止まり、御者が馬車を降りてきて呼び鈴を鳴らす。建物からメイドがやってきて用件を聞き、すぐに屋敷の中へと戻って行った。
俺が部屋で待っていると、メイドがやってきて賢者がやって来た事を告げる。すぐに迎え入れるようにと言ったのだが、王宮に出発するまで外で待つという返事が返って来た。俺達も準備は終えていたが出発するにはまだ早いので、打合せしてから行こうと思っていた。
「なんでだろう? ならば私が行く」
俺が門まで行くと馬車の前から御者が降りて来た。御者だと思っていたが、それは賢者邸で見たあの白髪と白髭の老人だった。どうやらこの人が全てを賄っているらしい。
俺が馬車の隣りに立つと老人が馬車の扉を開く。すると中から妖艶な声がした。
「シルビエンテ? どうしました?」
「はい。聖女様がいらっしゃいました」
「はい」
そしてゆっくりと賢者が降りて来る。相も変わらず色っぽい。
「これはこれは、聖女様直々のお出迎え恐れ入ります」
シーファーレンは慎ましやかで優雅な挨拶をしてくる。
「シーファーレンさん。出来れば屋敷で少しお話出来ますか?」
「しかし…」
シーファーレンの様子を見て俺はピンときた。
「聖女邸に男性は居ません」
「えっ?」
「少し上がっていきませんか?」
「それではお言葉に甘えて」
そのまま馬車で聖女邸に乗り入れてもらい、俺はシーファーレンを聖女邸に招いた。だが、賢者邸であった時の堂々とした賢者の佇まいじゃなく、おどおどして挙動不審な感じがする。
「身内しかおりませんから。気になさらずに」
俺が言うと周りをきょろきょろ見ながら、緊張した面持ちで中に入って来る。
「本当に殿方はいらっしゃらない?」
「強いて言えば彼が」
俺が指を指した先にはゼリスが居て、賢者を見てぺこりと頭を下げた。
「可愛らしい。あれで女の子じゃないのですね?」
「男の子です」
「男はあれだけ?」
「はい」
するとようやく落ち着いたような表情になって来た。俺はそのままシーファーレンを応接室に入れ、一緒に居る爺さんも座るように椅子を勧めた。
老人は立っているが、シーファーレンに促されて椅子に腰かける。
「さて。あと一時間もすれば霧も晴れるでしょう。そして私も従者を数名連れてまいります。全て女性ですのでご安心ください」
するとシーファーレンが俺に言って来た。
「あ! あの。恐れ入りますが、私も使用人の一人として紛れこませてくださいませんか?」
なーんか。賢者邸で見た賢者より一回り小さく見える。ちょっとビクビクしているような感じだ。一昨日はギルマスのビアレスが居たはずだけど、もしかしたらあれは空元気だったのかもしれない。
「かまいません。では聖女邸の従者と言う事でお願いします」
「はい。代わりにウチのシルビエンテを賢者としてお連れ下さい」
すると隣に座っている、白髪白髭の老人がぺこりと頭を下げた。
「分かりました。もしかしてギルマスのビアレスは最初から知っていた?」
「はい。私も賢者をしております立場上、王都のギルドマスターとは旧知の仲ですから。いつも王宮に行くときは、このシルビエンテを賢者として私は陰におります。ビアレスもそれは承知の上、そして彼が聖女様を裏切る事はありません。ギルドが賢者邸に来るときは必ず彼だけが来ます」
確か…シーファーレンはビアレスに対して釘を刺してたな。聖女の為に役に立たないと死ぬとか言われて、ビアレスはそれを心から信じてたようだ。
俺はおおよその話が飲みこめた。この人は極度の人見知りか、男性恐怖症の為にあんな所に引きこもっているんだ。ヴァンパイアの館のような場所に居れば誰も近づかないし、なぜ従者が賢者のような姿形をしているのかよーくわかった。
俺はひとつ抱いた疑問を訊ねる。
「なぜ私には直接会ってくださったのです?」
「女神の神子に嘘はつけません。信仰する心に嘘はつけないのです」
そう言う事か。
「わかりました。では全て私にお任せください」
「私と従者は魔道具で繋がっていますから、離れていても話が出来ます。ですので何卒よろしくお願いします」
「わかりました」
と言う事は影武者の賢者と一緒に行くって事ね? 全く問題ないよ。
俺達が打ち合わせを終えて待っていると、王宮からの使いがやって来た。そして玄関から出ると、ひっさびさの近衛騎士団長バレンティアがカッコイイ挨拶を決めて来る。
くっそ爽やかでキモ!
「聖女様。お久しゅうございます。それに賢者様もお揃いでしたか」
バレンティアは従者が賢者だと思っているらしい。すると賢者の影武者シルビエンテが言う。
「ふぉっ! ふぉっ! ふぉっ! バレンティアも息災か?」
えっ! 思いっきりフランクな感じじゃん!
「は! なんとか近衛を任されております」
「うむ。精進するがよい!」
シルビエンテはめっちゃ賢者だった。これなら誰がどう見ても賢者にしか見えないだろう。
そして俺はアンナとミリィとスティーリア、そしてメイドの格好をしたシーファーレンと馬車に乗り込んで出発するのだった。
馬車の外からバレンティアが声をかけて来る。
「聖女様もお元気そうで何よりです。神の如き仕事ぶりは王宮にも届いております! 王宮は聖女様の活躍の事でもちきりでございました」
「そうですか。大したことはやっていないのですけどね」
「ははっご謙遜を。いつもの聖女様でいらっしゃいますね。本日はよろしくお願いいたします」
「分かっております」
すると前に座るシーファーレンが、小さい声で俺に言って来る。
「今回は聖女様のお頼みでしたので来たのですが、本来はシルビエンテが賢者としてふるまっております」
「ええ。十分分かってますよ。それに彼は凄く賢者っぽい」
「長年の経験がそうさせているのです」
「そりゃすごい」
そしてシルビエンテがバレンティアに声をかけた。
「学者も集めておるかの?」
「もちろんでございます!」
「それならよかったわい」
俺は感心していた。遠隔操作だと言うのに、シルビエンテはめっちゃ賢者なのだ。俺はチラリと本物の賢者であるシーファーレンを見る。ただ俯くだけで、目立たないように静かにしているだけだった。
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