第198話 賢者シーファーレン
ランプがゆらゆらと揺れる部屋で、妖艶な賢者シーファーレンが語り出す。その話しぶりはとても上手で、俺達は引き込まれるように話にのめり込んだ。だがよく見ると部屋の端っこに座っている、白髪白髭の従者はコクリコクリと居眠りをしている。
シーファーレンが言うには手元にあるこの本は、最初に書かれていた内容と変わったというのだ。いつ内容が変化したかは気が付かなかったが、本来の話はこうじゃなかったらしい。
本を開けば最初に北の脅威を退けたと書いてある。だが以前記されていた内容はそうではなく、北からの脅威に負けて民の一部が殺されるとあったらしい。北の脅威と言うのは明らかにズーラント帝国侵攻の事で、それが変わったというのだ。
「この本は、予言の書と言う訳ではないのですね?」
「違いますね。これは真実の書と言ったところでしょうか?」
「そしてその後に、元は獅子身中の虫が体を食い荒らすと記されていたと?」
「はい。ところがこの度、聖女様は数匹の虫を駆除し捕らえて追い払ったのです。ですからこの本では先が白くなってしまったんだと。本来辿るべき未来を変えてしまっていると言ったところでしょう」
「不思議なものですね…」
「ふふっ」
シーファーレンが妖艶に笑い、俺は何を笑われたのか分からなかった。
「何かおかしいですか?」
「その未来を変えているご本人が、それを信じられないというのは面白いと思いましてね」
「私が未来を変えている?」
「そうです。本来この書に書かれた聖女様の行動とは違うのでしょう。なぜかは分かりませんが、ことごとくを変えた結果、白紙に戻ったと言ったところでしょうか?」
なんだかシーファーレンは楽しそうだ。とても客観的に物事を捉えており、それを楽しんでいるように思える。スッとティーカップを取った時、たわわな胸がプルンと震えたので俺はうっかりガン見してしまう。
自分の視線を追われたような気がして、慌ててシーファーレンの手元に目線を移した。するとその手の甲にはタトゥが施されていた。
「その手の入れ墨は?」
「はい? ああ、これですか?」
そう言ってシーファーレンが自分の手の甲を俺達に見せる。
「魔除けです。悪い虫がつきませんようにと言ったところでしょうか?」
「魔除けですか」
「そうです」
「何から守っているのですか?」
「邪神からの影響を受けないようにしています」
「邪神の影響?」
「いろんなものを探っていますと、どうしても確信にせまる時があります。その時に邪神が心に入り込まないように、自分に結びを設けているのです」
それを聞いているビアレスが言った。
「私も一緒にお聞きしていてよろしい話なのでしょうか?」
すると、それを聞いたシーファーレンの瞳が一瞬光ったような気がした。だが穏やかにビアレスに言う。
「一応、御忠告しておきましょうか?」
「な、なんです?」
「あなたは聖女様の為にお働きなさいな」
「聖女様の為に?」
「ええ。でなければ死にます」
「えっ!」
いきなり極端な事を言われたビアレスが、目をひん剥いてシーファーレンを見る。だが彼女はどこ吹く風、そよ風でもかわすようにニッコリと笑う。
するとビアレスが声を上げた。
「あの! 賢者様! それは占いの類ですか? ならば私は信じておりません!」
「違います。さだめですよ、そうしなければ本当に死ぬでしょう」
「ええ??」
すると寝ていた従者がぱちりと目を開いて言った。
「賢者様は占いなど信じておりませんよ。確定事項を話しておられます」
突如、口を挟んで来たので俺もびっくりしてしまった。寝ているとばかり思っていたが、きちんと話を聞いていたらしい。
「確定事項?」
「悪いことは言いません。従いなさるのが吉かと」
「…まあ。別に聖女様に敵対するような事はございませんし、国の英雄に対して私が協力できるのは誉れだと思っておりますからな」
それを聞いたシーファーレンが言う。
「それが良いかと。いい方向に向かうと思います」
「はあ…」
なるほどね。賢者は予言のようなものもしちゃうようだ。それを聞いた俺はシーファーレンに尋ねた。
「恐れ入りますが、私はどのような定めに?」
するとシーファーレンが首を振る。
「聖女様の定めなど私ごときに見えるはずが御座いません。あなた様は本当の神のお使い様でございますから、その定めや未来は聖女様自身でなければ分かるはずが御座いません。そのような恐ろしい事をお尋ねなさいますな」
少し厳しい口調で言った。俺はそんな大それた事を聞いたつもりはないのだが、シーファーレンの様子を見る限り、俺が軽々しく聞いちゃいけない内容だったらしい。
「それは失礼をいたしました。以後気を付けましょう」
「すみません。私に世界などは大きすぎます故」
「世界?」
「はい」
「私と世界に何か関係が?」
「世界を変えるのも壊すのも聖女様次第といったところ、私達は神々の導きに従うのみです。それを左右できるのは聖女様だけ」
えー! そんな重大な責任は負いたくないよ! でもこの空気じゃ言えやしない。
とりあえず本題に入りたいので人払いを願う事にする。
「えっと。じゃあここからは、人払いをお願いいたします」
俺がそう言うとシーファーレンは自分の従者に言った。
「少し席を外して」
「はい」
そして俺もビアレスに言う。
「ギルマスも外でお待ちいただけますか?」
「もちろんです。ここまでのお話も、私には大きすぎる話でした。出来れば聞かなきゃよかったと後悔してますよ」
「それは気が利かずすみませんでした」
「いえ。では外で」
「はい」
二人が部屋を出て行き、シーファーレンがアンナを見る。だが俺はそれに答えた。
「彼女は私の剣。一心同体と心得ください」
「かしこまりました。確か…」
「なんです?」
「女神フォルトゥーナも矛を持っておったと思います。ミュートロギアの槍」
「ミュートロギアの槍?」
「きっと彼女は聖女様のミュートロギアの槍なのでございましょう」
「そうかもしれません」
そして俺はシーファーレンに顔を近づけた。するとシーファーレンの方からも身を乗り出して、俺の顔の横に顔を持ってくる。
なーんか、とってもええ香りがする。俺はおもいきり吸いそうになるのを我慢して言った。
「実は陛下から呼ばれているのです。そこで大臣や王派の貴族から突き上げがあるだろうと心配しておられます。国内の反王派をつるし上げ、処分しようという流れになっているとか。ですがそんな事をしたら他国に攻め入る口実を与えるだけです。そこでなんとか説得して沈めて欲しいというのです」
「それは困った事です。そうならぬように、邪神の存在とこの本の事をお伝えしたと言うのに。ですがそんな神がかりな話をしても、信じぬ者は信じぬでしょうね。原因が、悪い心に忍び込んだ邪神の力だという事を誰も知らないのです。敬虔な女神フォルトゥーナの信者であれば忍びこむ予知などありませんが、信仰をおろそかにした者にはいつでも忍び込みますから」
「やはり。ネメシスの仕業ですか」
俺が言うと賢者がぶるりと身震いをする。
「その名前。耳にしたくはないものですね」
「ですが、それが邪神の正体」
「そうです。そして邪神は私達のような女が嫌いです。女の立場を貶めて女が活躍できないようにすることで、自分に歯向かうものの力をそいでいるのです」
まあね。だからきっと俺は邪神ネメシスに嫌われているんだろうと思う。
しかし…
俺はただ、女達と自由恋愛がしたくて戦っているだけなのに。願わくば目の前のシーファーレンですらイチャイチャしたい。そんな下心満載なのに、世界を変えるとか言われてもちょっとピンとこない。
「真向から、貴族や軍部にそれを話したところで納得はしないか…。うーん…」
悩む俺の手を、シーファーレンが取って言う。
「ですから、聖女様は他国が関与しているという、尻尾を掴んだのでございましょう?」
「ええ。まあそうです」
「それを利用するしかないのではございませんか?」
…どゆこと? いや…まてよ…。そうか…そうかもしれん。
「シーファーレン様はどこまで想像されておいでです?」
「ふふふ。女ですもの、それはそれはえげつないですよ」
にやりと笑うシーファーレンの瞳に、きらりといたずらめいた光が灯る。
「女だから…」
「ええ」
「……」
「私は聖女様の思うがまま、その意向を示し差し向ければすべてが良い方向に動くと思っております」
「そうでしょうか?」
「それが女神フォルトゥーナ様の御意志、そして世界を動かす意思だと思っております。むしろそこに、ただの人間が抗う事が出来るでしょうか? あなたはこの本の内容を書き換えたのでございます。それがどれほど凄い偉業なのか、まあ私以外は誰もわからないと思いますけど」
「本を書き換えた力?」
「そうです。女が嫌いな邪神が嫌う事をいっぱいしてやるといいのですわ 」
「…なるほど。まあいずれにせよ、すでにやる事は決まっていたようです」
「はい」
そして俺は賢者シーファーレンの手を握りしめた。
「シーファーレン様」
「シーファーレンと呼び捨てになってください」
「わかった、シーファーレン。これからも私に知恵を貸してください」
「もちろんでございます」
「今日は助かりました。もしよろしければ、明後日私と一緒に登城してください」
「……」
「いやですか?」
どうやらシーファーレンは嫌な顔をしている。だが少し考えて言った。
「実は私はあまり殿方が得意ではないのです。ですが聖女様の命とあらばそれに従います」
「ありがとう」
「女神フォルトゥーナ様のご加護があらんことを」
「女神フォルトゥーナ様のご加護があらんことを」
俺達の話は終わった。そして俺は立ち上がりシーファーレンをハグする。豊満な胸が俺の胸にあたりでムギュッとなった。
気持ちええ…
そして俺とアンナは部屋を出た。部屋の外にはビアレスが待っていて、俺はビアレスに言う。
「それでは帰ります」
「わかりました!」
俺達は老人の従者に見送られて、古びた建物を後にする。そしてアンナがポツリと言った。
「嘘は言っていないが、なかなかに食えないな。まだまだ心の奥に隠し持った何かはある」
「そうか。まあ、賢者だしね。とりあえず明後日は一緒に城に行ってもらうさ。とにかく私一人の手には余る」
「それが良い」
俺達はビアレスと別れ、聖女邸へと真っすぐに帰ったのだった。
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