第197話 賢者の館
ギルドマスターのビアレスに連れられて王都郊外に行くと、古ぼけた館が立ち並ぶ一角に出た。俺が王都にもこんなところがあったのかと驚いていると、ビアレスが馬を止めて俺に言う。
「聖女様、このあたり一帯が賢者様の御屋敷です」
「えっ! このあたり一帯? 全部?」
「そうです。この古い屋敷が全部そうなんです」
貴族が住んでいる屋敷のような綺麗さはないものの、そこそこ堅牢そうには見える。だが庭などはほとんど手入れされておらず、言っちゃ悪いがヴァンパイアでも出て来そうな不気味な感じだ。壁の一面は烏瓜に覆われており、狩れた蔦なども目立つ。そのおどろおどろしい様子は、どう考えてもモンスターの巣にしか見えない。
ビアレスがそこを進み、ひときわ大きな館の前で馬を降りた。鉄格子の門が閉じており、大きな錠前のついた鉄の鎖で縛られている。俺達も続いて馬を降り、鉄格子の隙間から庭を見ると墓石のような物も見える。
「門番がいないみたいですけど」
「門番はいつも居ません」
「賢者様は留守と言う事?」
「いえ。まだわかりません」
つったって、どうするんだよ? 鍵かけられているし、中に入る事が出来ないだろ? と思っていたら、ビアレスが口の両脇に手を添えた。
「ん?」
次の瞬間。
「賢者様あー! ギルドのビアレスですうー! 尋ねて来ましたー!」
えっ? そんな大声で呼ぶの? 田舎に引っ越して来たみたいに?
シーンとしてしまう。ビアレスはしばらく建物を見つめていた。俺がビアレスに聞く。
「いないのでは?」
「ちょっと待ってください。そうかもしれませんが、居るとすればこれでいいのです」
そうなんだ。
するとビアレスはもう一度大きな声で叫んだ。
「賢者様! 今日は! お客様を連れて来たのです! 是非とも、お顔をお見せください!」
俺達が建物を見ていると、二階の窓にチラリと動く人の顔が見えた。するとその顔が奥に引っ込んでいき、しばらくすると下の玄関が開いて人が出て来る。
顔の皺と白髪、そして見事に蓄えられた白い髭で相当の年寄りだと分かる。フードがついたマントを羽織っており、見るからにテンプレートの賢者が出て来て俺はある意味ホッとした。
だが次の瞬間、ビアレスから出た言葉に耳を疑った。
「今日は賢者様はいらっしゃいますか?」
「「えっ!」」
見るからにこいつが賢者じゃん。どう考えても。思わず俺とアンナが声をそろえてしまった。
「いらっしゃいます。先ほど上から見てお招きするようにと言われました」
そう言った老人は錠前に鍵をさして回す。ガチャリと音がして門を開くと、俺達に言った。
「馬も中へ」
「わかりました」
ビアレスが言い、アンナも馬を引いて中に入る。雰囲気のおどろおどろしさに馬も委縮しているようだが、俺達はそのまま馬を庭に放した。
「どうぞ、こちらへ」
老人がゆっくりと玄関を上がり、これまた古ぼけた扉をギイッと押す。ビアレスが続いて、俺達も後ろについていく。中に入ると石畳のエントランスが広がっており、どうやら階段も石で組み上げられているようだ。
火災に強そうだな。
なんて考えていると、老人は俺達を奥の部屋へと導く。そこは古いながらも風格のある調度品に囲まれた重厚な応接室のようで、どこもかしこもビンテージと言った感じの瀬戸物が並べられている。だがきっちりと掃除はされているようで、黒光りする分厚いテーブルの上には埃ひとつも無い。
「少々お待ちを」
俺達がソファに座り待っていると、再び老人がお茶セットを持って入って来る。その所作はとても丁寧で、おじいちゃんなのに繊細な感じだ。スッと俺達の前にティーカップが進められ、とても良い香りのお茶が注ぎ込まれた。
「いい香り」
俺が言うと老人が答える。
「賢者様のお気に入りでございます。特別なお客様にしかお出ししません」
「ありがとうございます」
「今しばらくおまちください」
それから俺達が待っていると、ギイッと扉が開いた。そしてそこに立っている人を見た俺とアンナが声を上げてしまう。
「「えっ」」
なんとそこに立っていたのは、露出高めのドレスを着た妖艶な美女だったのだ。黒髪をしっかりと絞って結い、左の肩から前に垂らしている。極めつけはその豊満な胸と肌の白さだ。
ヴァンパイア?
本当にそう思ってしまった。この古ぼけた館に住む人が、こんな露出度の高いドレスを着ていたら、間違いなくそれはヴァンパイアだと思う。みんなはどう思う?
「いらっしゃい。お待ちしておりました」
「突然の訪問失礼いたします」
「いえ。本日いらっしゃるであろうと思っていましたので、こうしてお茶を用意して待っていたのでございます」
「えっ?」
さっき思い立って来たばかりだと言うのに、今日来ることが分かっていた?
「驚かれましたか? まあ占いのような物です。お気になさらずに」
いったい何歳なんだろう? めっちゃ妖艶で色っぺえ…、思わずよだれが出そうになる。
だが俺は冷静に聞き返した。
「占いですか?」
「まあ魔法と占術をあわせたようなものですね。それによって今日、今日聖女様が来ることが予想できておりました」
こわっ! だけど賢者と言うくらいだからそのくらい当然なのかもしれない。
とにかく俺は賢者から目が離せなかった。なんというか、しゃぶりつきたい! と言った感情も否定できないが、それ以上にこの人が人間なのか? が気になっている。
「まずはおかけください」
俺達は促されて座り、その間も穴が開くように見つめてしまう。するとその俺の視線を感じとったのか、賢者が俺に言った。
「人間ですよ」
図星だった。俺は見透かされたように言われてどぎまぎする。
「いえ。それはそうですよね! 分かっておりますよ!」
そして女性が後ろの老人を指さして言う。
「もしかしたら、こっちが賢者だと思いましたよね?」
「正直なところはそうです」
「彼は私の従者です。古くから仕えてくださってます」
古くから? えっと、いま目の前にいる女は控えめに見ても四十歳には届いてない。と言うより二十代後半と言ってもおかしくない感じだ。
「そうなのですね」
「お茶はいかがです?」
「美味しいです。こんな香りのいいお茶は初めてかも」
「それは良かった。私のお気に入りの茶葉を掛け合わせた独自製法なんです」
「すばらしい」
「うふふ」
ゾクッ! とする。その妖艶さがあまりに際立っており、俺などは小娘にしか見えない。本当はすぐに本題に入りたいところだが、無粋な感じになりそうなので話を切り出せなかった。
そこで、俺は関係のない話をした。
「王都にこのような場所がある事を存じ上げませんでした」
「ああ。そうですね、誰もこんなところに来たがりません。気味悪がって近づく事はないようです」
「いえ。気味が悪いなどとは…」
「正直に言ってくださっていいのですよ」
「まあ、少しはそう思いました」
「ふふっ」
「ですが、それより気になったのは、このあたり一帯の屋敷が賢者様の物であると聞き驚いております」
「ああ。その事でしたら、私が物持ちが良いのが原因です。昔から集めた書籍や魔道具、魔法付与された武具、魔石や宝石などもございます。用途の分からないものまでいっぱいありすぎまして、それで各館に分けて保管しているのです」
「そういうことでしたか」
じゃ、あんたの年は一体何歳?
と聞きたいところだが、それを飲みこんでゆっくりとお茶を飲む。レディーに年齢を聞くのは失礼だし、こんな美人に嫌われたくはない。すると賢者が言って来る。
「やはり聖女様はお美しい。世界一の美貌と噂されておりましたが、これほどとは思いませんでした。私も賢者と言うからには、世界中を旅してまいりましたが、どこの姫にも負けておりません。と言うよりも、私のこれまでの経験からも一番と言えるでしょう」
「そ、そんな事は…」
ミリィやスティーリア、ヴァイオレットやソフィアの方が全然可愛いし。ウェステートなんてめっちゃ美人で俺なんか…とてもとても。この世には可愛い女がごまんといるぜ。
だがビアレスが言う。
「私もそう思っておりました。賢者様が言うのであれば間違いないのでしょう」
「ええ。私は忖度などしません。見栄えの悪いものにそんなことは言いませんし、思った事をそのまま言っただけです」
あまりにも恥ずかしくなってきて、俺は助けを求めるようにアンナを見る。だがアンナももっともだというような顔でウンウンと頷いていた。
なんか俺は雰囲気に飲まれてしまっている。この場は賢者が完全に制しているようだが、とにかく頑張らないといけない。
「賢者様もお美しいと思いました」
「ふふっ。それはギャップでしょう。賢者と言ったら、私の後ろにいる者のような人を言いますから」
「そんな事はありません。美しいです」
色っぽいし、思わずパクリといってしまいそうだ。
「聖女様に言われると嬉しいです。さて、そろそろ本題に入りましょう」
「はい」
「陛下から何か聞いておりますか?」
そして俺はカバンから古い書籍を取り出してテーブルに置いた。
「この事です」
「よかった。届いていたのですね、貴族や大臣の中には半信半疑の方が多かったものですから、もしかしたら聖女様のお手元には届かないかと」
「どうやら、陛下は信じておいでです。この事について詳しくお伺いしたいと思っておりました」
「分かっております。この事以外にないですものね」
「まあ。そうですね」
すると賢者はその本を取ってパラパラとめくっていく。そしておもむろに俺に言った。
「この本は大変貴重な物なのです」
「そうなのですね? そのような貴重なものを預けていただきありがとうございます」
「聖女様だからです。陛下も信頼のおける方ですしね。そしてこの本は特殊な本なのです」
「どういう?」
「この本は必要とする人の元へ行く習性があります。そして時代が変われば、書いてある内容が変わってしまうという変わった書物なのです。」
えっ? 自動書き換え? そんな本あんの?
「変わる?」
「ええ」
「賢者様はそれを見たのですか?」
俺が尋ねると賢者が笑って言った。
「まず私を、賢者様と言うのはおやめください。聖女様の方が随分位が高いのです。私の名前は、シーファーレンです。シーファーレン・ドクトリアム。シーファーレンとお呼び下さい」
「ではシーファーレンさんに改めてお聞きします。この書の途中から白紙なのはどうしてです?」
「はい。恐らく未来は変わっていくという意味だと思っています」
どう言うこと? 哲学的過ぎて全く分からねえ。
「それは…どういう」
「ではお話いたします」
それからシーファーレンはゆっくりと話を進めて行くのだった。
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