第195話 イケメンは小さなうちから調教

 ああ…これだ…俺に必要なのは、この極上タイムだ。


 ミリィとスティーリアは、ようやく聖女邸に戻った俺を丁寧にゆっくりと洗ってくれた。思わずブルってしまったり声を出しそうになるのを堪えながら、鼻の下を伸ばしてうっとりしてしまう。時おり、俺の体に触れる、彼女達のぬくもりに思わず涙が出そうになる。


「さあ、お先に湯船に」


「ありがと」


 なみなみとお湯を満たした湯船にゆっくりと足を入れると、そこから波紋が広がっていく。湯気が漂う暖かいお湯に浸かり、心も体も満たされる瞬間だった。つい、おっさんの声が出てしまう。


「うはあ」


 すると洗い場のミリィとスティーリアが笑う。


「聖女様がそんなお声をお出しになるなんて」


「よほど辛かったのでございましょう。聖女邸に戻って来た時くらい、ゆったりとくつろいでくださいね」


「ありがとう。本当にうれしいよ」


 すると湯気の向こうからマグノリアの声が聞こえて来る。


「ほら。ちゃんと洗って」


「面倒だなあ」


 目を凝らせば、マグノリアがゼリスを泡だらけにしながら洗っているようだ。それを見ている聖女邸の面々が、微笑ましく笑顔を浮かべている。


 ちっ!


 俺はうっかり心の中で舌打ちをしてしまう。やはりこうなってしまった…、小さなイケメンゼリスは聖女邸の面々からも可愛がられそうだ。無邪気なライバルにするどい視線を送っていると、洗い終えたミリィとスティーリア、ヴァイオレットとアデルナが湯船に入って来る。


 俺がアデルナに聞いた。


「相変わらずアンナは、皆とは入らないか?」


「そのようですね。リンクシルも遠慮して、一緒に稽古をしております」


「そっか。まあ、あの師弟とはそのうち一緒に入るからいいや」


「そうですね」


 俺は一番気になっている事を雑談のように尋ねてみる。


「最近。マルレーン公爵邸がどんな感じか知ってる?」


 もちろん、マルレーン公爵邸とはソフィアの自宅の事だ。するとスティーリアが答える。


「なんでも公爵様はバカンスに行かれたとかで、邸宅の方には人がいらっしゃらないようです」


「バカンスね…」


「はい」


 こんな時にバカンスに行く訳がない、恐らくは避難と言った方が正しいだろう。


「どこに行ったかわかる?」


 するとヴァイオレットが答えた。


「ギルドからの報告では、南方の避暑地においでだとのことです」


「そっか。南か…」


 王都の南方と言えば、第五騎士団と第六騎士団がいる。だが敵国認定されている東スルデン神国やアルカナ共和国とは逆方向だ。もし反逆の証拠などが出てきたら、騎士団に囲まれてしまうのではないだろうか?


「令嬢も一緒だよね?」


「恐らくは」


「そっか…」


 せっかく近くに引っ越して来たと言うのに、また距離が空いてしまった。混乱に乗じて助け出そうと思っていた俺の作戦がダメになりそう。まだ内乱が始まっていないのが救いだが、ルクスエリムはどうするつもりなのだろうか?


 あとは、あの諜報部が厄介だ。彼らの目をくらますのは至難の業であろうし、万が一それがバレれば聖女邸の皆が逆賊となって処分されてしまうかもしれない。


「うーん」


「さっそく難しい顔ですか」


 ミリィが俺を見て笑う。


「いや。そうだね、今日ぐらいはゆったりしなくちゃね」


「帰って来たばかりでございますよ?」


「ごめんごめん」


 そこにマグノリアがゼリスを連れてやってくる。


 待てよ…ゼリスか…。


「ゼリス。こちらに来なさい」


 俺が言うとマグノリアが、ゼリスを連れて俺の側に座った。ゼリスは俺を見て、何故か真っ赤な顔をしている。今湯船につかったばかりなのに、もうのぼせてしまったのだろうか?


「ゼリスの使役は、マグノリアみたいに遠くまでいけるの?」


 するとゼリスはフルフルと首を振った。


「そっか」


 マグノリアが補足するように言う。


「わたしとゼリスは力の出方が少し違うようなのです」


「どういう感じ?」


「そうですね。わたしの使役はどこまでも繋がりますし、一度使役したら意図して切り離さなさない限りずっと続きます。言って見れば一心同体の状態と言えると思います。大型の魔獣を使役できるのが私の特徴でしょうか?」


「ゼリスのテイムはどんな感じ?」


「それほど遠くに離れる事は出来ないようで、その町や周辺にいないと途切れるようです。ですが特質すべきところもあって、同一個体であればその数に制限がかからないようです」


 それは見た。Gの大群に包まれていく男の姿は悪夢そのものだった。一撃必殺のような力を持つ魔獣は使役出来なくても、あれはあれで恐ろしいと感じる。


 だが俺は、そのゼリスのスキルにある可能性を見出していた。ゼリスのテイムならば諜報部を出し抜ける可能性があるのではないか?


「なるほどね…」


 じっくりと話しているうちにゼリスがフラフラして来た。顔が真っ赤になって今にも湯船に沈みそうになっている。俺が慌てて支えてよく見ると、どうやらゼリスはのぼせてしまったようだ。


「のぼせてる!」


「いけない!」


 何故かゼリスは頭に血が上ってしまったらしい。マグノリアとメイド達に連れられて湯船を上げられて、連れていかれてしまった。


「小さい子だからかな?」


 するとミリィがフルフルと頭を振った。他に理由があるらしい。そして俺をジッと見て言う。


「聖女様がいらっしゃるからだと思いますよ」


「私が?」


「彼は聖女様の裸を見て、ぽぅっとなっておりました」


「皆のじゃなくて?」


「はい。ずっと聖女様だけを見ていましたから、お気づきになりませんでした?」


 ぜんっぜん。女の視線ならすぐに気が付くが、男の視線は全く感知できない。俺としては男同士だからむしろ気にしないし。


「いくらでも見ればいい」


「聖女様。ゼリスちゃんは、まがりなりにも男の子です。男である以上聖女様の魅力に抗えるとは到底思えません」


「そんなものかな?」


 すると女全員が俺を見て大きく頷くのだった。


 自分に女としての魅力があると考えると、思わず寒気がしてしまう。俺が俺自身を見ても美しいとは思うが、性的な魅力があるとは全く思えない。だが他の人から見るとそうではないらしい。男から性的な目で見られていると思うと、背筋が凍る思いだ。


 だが…


 ゼリスが俺に意識を集中しているのなら、他の子らに手を出す危険性はないだろう。それならそれで、俺に意識を釘付けにさせておけば安全とも言える。


 小さいうちから仕込めば大丈夫って事かな。


 黒い心が出て来たので、俺はパシャリと湯船のお湯で顔をゆすいだ。曲がりなりにもマグノリアの弟なのだから、あまり変な事を考えるのは良くない。そんな事を思いつつも、小さなイケメンを害のない男にしていく方策を考えてしまうのだった。

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