第193話 しばしの別れ
俺が渡された古い本は、昔の言い伝えが記された伝記のような物だった。それを読み進めていくうちに、最近起きた出来事に類似する内容が記されている事に気が付く。よくこんなものを多くの書籍から見つけたもんだと感心する。結局朝までの間に、二度も読み返してしまった。
聖女の誕生、帝国との争い、魔獣の襲来、腐敗しつつある国家。時系列でそれらが綴られており、まるで預言書のようだと思ってしまう。もちろんすべてが当たっているわけでは無く、起きた出来事が当てはまると言った程度ではあるが、先を読み進めて行くうちに雲行きが怪しくなってきた。
どうやら邪神がそれらを手引きしており、その術にハマった女神フォルトゥーナが殺されてしまうらしい。それは俺が殺される事と同意であり、そんな話を受け入れる事は到底できない。それらは神話のようであって、現実でも起こり得る内容ばかりだった。
女神が殺されるところで話は途切れており、その先には空白の頁が続いている。
「アンナはどう思う?」
するとアンナが鼻で笑う。
「そんなもの迷信だと思う。もしそれが運命の書のような物であれば、そうならないようにしていけばいいという事だ」
確かに。破滅に向かう道筋が見えているのなら、俺は最大限それを回避するように努めねばならない。そして俺は特に気になった文章がある。それは邪神が女に弱く、男に対してしか魅惑の術を行使できないという事だ。それが本当なら、男社会のこの世界は邪神にとってイージーモードだ。
金、地位、女、などの欲望を持った男達は、ことごとく邪神に篭絡されていく。それは恐らくこのヒストリア王国だけに限らず、諸外国に関しても同じことだろう。
「邪神って…いると思う?」
「それはわからん。しかし聖女が女神フォルトゥーナの神子であるならば、その対となる者がいてもおかしくはない」
「とすればだよ、女神フォルトゥーナの神子が私であるように、邪神にも神子がいるって事じゃないかな?」
「順当に考えればそうなるかもしれん」
「この話をルクスエリム陛下や学者達は、信じているっ事だよね?」
「この本を持たせたという事はな」
俺はルクスエリムが、マイオールに持たせて来た手紙を広げた。
「まずは一旦保留かな。とりあえず正式に王都へ戻れるらしいし」
「第五騎士団と第六騎士団がいるのは、国の反対側だからな。いずれにせよ王都は通る」
「結果が出せて良かったー。このまま国を一周するなんてまっぴらごめんだし」
「たぶん聖女を守るためだ。この本の内容からすると、聖女の安全の為に引き戻すと言ったところだろう」
「だよね」
俺はようやく王都へ帰れる事になったのだ。既に容疑者を数名捕らえ、敵国が関与しているという事実を掴んだところで仕事は終わった。後は正式に、第二騎士団と第四騎士団に指令が下るだろう。更にルクセンとルベールの領兵も加わるので、この地域は全て彼らに任せて問題はない。ミラシオンも犯人を連れて王都に戻り、報告が終われば自分の領に戻るようになる。
だが俺は諜報員が持って来た手紙の方が気になった。そろそろ裏切者判定された貴族達に、処分が下る可能性があるという事だ。その事が気になって、いてもたっても居られない。
「じゃあ、ちょっとお偉いさんに話をして来よう」
「わかった」
アンナと俺が一階に降りエントランスを通って玄関を出た。すぐに兵舎に向かって、取り調べをしている会議室へと足を運ぶ。部屋の扉をノックすると、中から騎士が開けてくれた。
俺とアンナが入って行くと、ミラシオンとマイオール、ルクセンとルベールが俺の顔を見て声をかけて来る。
「聖女様! 大丈夫ですか?」
「ご心配をおかけしました。ちょっと体調を崩してしまいまして」
「ふむ。一度取り調べを中断させよう」
ルクセンの声に、取り調べられている敵兵が連れ出されていく。そして俺は皆に伝える。
「中断させてしまい申し訳ございません」
「いやいや」
「実は陛下から王都に戻るよう命を受けました。恐れ入りますが、取り調べと犯人の護送をお願いしていくことになりそうです」
それを聞いたルクセンが言った。
「十分だと思われますな、聖女様本来の仕事の、何倍もの成果をお出しになられたと思うのですじゃ。後はお任せ下され」
そしてルベールも言った。
「我々は足元をすく私れそうになっていたところを、聖女様の活躍によって救われました。ここからは気を引き締めて事にあたろうと思います」
「そう言っていただけるとありがたいです」
ルクセンが聞いて来る。
「そしていつヴィレスタンを出発されるのですかな?」
「恐れ入りますが、本日すぐに」
もう男だらけの現場はごめんだからね。後は頑張って! って言いたい。
「いささか急ではございますが、陛下の命とあらば仕方ありますまい」
「はい」
ミラシオンとマイオールも深く頷いて行った。
「容疑者の護送はお任せください、取り調べが終わり次第後を追います」
「騎士団の不祥事にお手間を取らせました。先にお帰り下さい」
俺は丁寧にお辞儀をして、ルクセンに言う。
「ルクセン様。お見送りなど不要にございます。私達は魔獣に乗って空を行きますので」
「わかったのじゃ」
「あ! その前に、ウェステートに挨拶をしていきます」
「それは喜びますでしょう」
俺達は取調室を出てウェステートの所に向かうと、ウェステートは何かを察したようにエントランスに居た。
「行かれるのですか?」
「聞いてた?」
「いえ。お仕事はあらかた終わったと思いましたので」
俺は足早にウェステートに歩みより手を取って言う。
「ウェステート。これからは女の時代、必ず私の所に来てね! あれは社交辞令じゃないから!」
「はい! 必ず!」
ウェステートは目に涙をためている。俺は白い手袋をした手で、その涙をぬぐって微笑みかける。するとウェステートも目に涙を浮かべつつニッコリ笑った。
か、かわええ…
俺は思わずハグをして言う。
「いつ来てもいいよ」
「はい」
既にリンクシルとマグノリアとゼリスも俺の所に来ていた。荷物も全て持ち出して来ており、出発の準備が出来上がっている。俺達が庭に出ると、空から馬車を取り付けたヒッポが降りて来た。マグノリア達が荷物を運んでいる間、俺はもう一度ウェステートにハグをする。
「手紙を頂戴」
「もちろんです」
「じゃあ、元気で」
「聖女様も」
俺が馬車に乗り込み、窓から顔をのぞかせて手を振る。ウェステートが涙を浮かべてゆっくり手を振っているのを見つめていると、慌ててシベリオルが玄関から飛び指して来た。
「聖女様! まともなお礼もしないうちに行ってしまわれるのですか!」
俺はニッコリ笑ってシベリオルに言う。
「では、ウェステートを快く王都に送り出してくださいませ。聖女邸では両手を広げてお待ちしております」
「わかりました。あの、私からもお願いが!」
「なんでしょう?」
「ウェステートが王都に行った際は、悪い虫などつかぬようにお願いいたしたい!」
まあ父親ならばそう言うのは当然だ。それを聞いたウェステートが顔を赤らめて言う。
「お父様ったら!」
だが俺はしっかりとシベリオルに伝える。
「当然です。誰にも指一本触れさせません」
マジで。俺がウェステートに虫を近づけるわけ無いじゃないか! アホか!
マグノリアがヒッポを飛ばし、俺達はヴィレスタンを後にするのだった。
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