第192話 諜報員の情報
取り調べは滞りなく進んだ。俺達抜きでも粛々と進めてるらしいが、真の敵がはっきりと分からないようだ。夕食を済ませて、聖女チームだけが部屋にいる時だった。
アンナが脱兎のごとく窓に近づいて開いた。突然の事に俺やリンクシル達がビックリしている。
「アンナ、どうしたの?」
「気配がした」
すると窓枠からはらりと何かが床に落ちる。アンナがそれを拾って俺に渡してくれた。
「これは…」
「なんだ?」
「ルクスエリム陛下直下の諜報が来たみたい」
すると唐突に後ろから声がかかった。
「失礼いたします」
アンナが剣を抜いてそちらに飛んだが、俺はそれを止める。
「アンナ! ストップ!」
そこにいたのは諜報員だった。アンナの剣先が首元十センチの所で止まっている。諜報員はその剣を手でスッと押して、俺の前に歩いて跪いた。
「聖女様。素晴らしき手腕により、重要参考人を数名捕らえたようですね」
「運が味方しました」
俺が言うと、諜報員はくるりと振り向いてアンナを見る。
「今、聖女様が止めて下さらねば、私の首と胴体は離れ離れになっていた事でしょう」
だがアンナが剣を腰に収めながら言った。
「どの口が言う? わたしの初撃を見切っていたようだが?」
「ですが、二の大刀、三の大刀と繰り出されて無事でいられる保証がない。聖女様は本当に素晴らし剣をお持ちのようだ」
俺は諜報員に言う。
「まずは、おかけください」
「はい」
諜報が座り、俺が対面に腰かけてアンナがその後ろに立った。諜報員はさして感情のこもっていないような声で言う。
「ある程度答えに近づいておいでのようですね。我々の調査でもかなりの事が分かってまいりました」
そしてチラリとリンクシル達を見る。
「人払いをお願いしても?」
「わかりました。リンクシル、二人を連れて隣の部屋へ」
「はい」
諜報員が残ったアンナを見るが、こんな得体のしれない奴と二人きりにはなれない。
「アンナは私の剣ですので、ここに」
「かまいません」
リンクシル達が隣の部屋に行くと、諜報員が話を始めた。
「まずは、帝国についてでございます」
「ええ」
「捕虜引き渡しから、帝国はある程度の歩み寄りを見せてきました」
「それで?」
「どうやら帝国は踊らされていたようです」
「踊らされていた?」
「近々、ヒストリア王国が軍勢を上げて、帝国侵攻をするという情報が流されていたようです。そこで軍事訓練を装い、先手を取るために攻めて来たのです」
なるほど。やられる前にやろうとしていたって訳か。
「それが成功すれば、東スルデン神国が弱った我が国に兵を進める予定だったようです。だが帝国は失敗し我が国は無傷、出鼻をくじかれた状態になり出兵を諦めたようなのです」
まあそこまではだいたい分かっていた話だ。王都でもそんなことは聞いている。俺が再確認するように諜報員に言った。
「ズーラント帝国と東スルデン神国が繋がっていた。そしてアルカナ共和国が糸を引いていた」
「いえ。それがそうでもないらしいのです」
「どう言う事です?」
「その後ろに、同盟国だったアルカナ共和国が隠れているのは分かったのですが、それにもまた裏があったようなのです」
「裏?」
「今、お調べになっている、足無蜥蜴です」
諜報員の口ぶりではかなりの情報を掴んでいるとみた。だがここで全ての情報を明かす事はないだろう。とにかく何の情報をくれるのかは分からないが、俺は静かに次の言葉を待った。
「形のない霞のような組織であるとは思ってましたが、きゃつらは一か所にまとまった組織で無いという事が分かりました。かなり大きな犯罪組織ではあるのですが、どうやらその裏に何かの力が働いているというのを掴んだのです」
「何かの力?」
「ええ…」
すると諜報員は言葉を切って黙り込んだ。どうやらこれから重要な話をするらしい。俺も息をのんで次の言葉を待つ。そしてゆっくりと諜報員が言った。
「恐らく裏で糸を引いている存在がおります。そしてそれが狙っているのは…」
「狙っているのは?」
「聖女様でございます」
「私?」
「はい」
てっきり各国がヒストリア王国を攻め入るうえでの、目の上のたんこぶ的な存在として俺が嫌われているんだと思ってた。だが目的がヒストリア王国という国では無く、俺自身が標的となると意味が分からない。なんで俺がつけ狙われる事になるんだ?
「私を狙ってどうするつもりなのでしょう?」
「わかりません」
ガクッ! 理由はないのか理由は。
「どう言う事でしょう?」
「そこで王都では軍部では無く、賢者や学者を集めて話し合ったのです。情報を集積して分析しつつ、結論を導き出したのです」
「学者様達が?」
「はい。そして結論づいたのは…」
「なんでしょう?」
「邪神ネメシスの存在です」
その言葉を聞いたとたんに、俺は芯から震えて来る。どうやらそれは俺の根幹に何らかの影響を与えているらしい。だが俺はその事に関して一切知らない。
「それは?」
自分の体を抱きしめながら俺が辛うじて質問する。するとアンナが俺をグッと抱きしめてくれた。
「女神フォルトゥーナを殺す者」
それはアンナからも聞いた。
「それは何なのです?」
「我らもそんなものが実在するとは思っておりません。ですが、賢者や学者が口をそろえて言うのです。聖女の命を狙う者がいて、それが邪神ネメシスだと」
めっちゃ怖い。人が相手だと思っていたら邪神とか出て来ちゃうの? そんなの相手にして俺は勝てるのだろうか? いずれにせよ何をしたらいいのかわからん。俺はソフィアとお付き合いして、他の女達と幸せに暮らしたいだけなのだ。
「えっと、整理しますと。邪神ネメシスが足無蜥蜴を操って、国々を躍らせていると?」
「はい」
「国に金をばらまき、腐敗させているのもそれのせい?」
「そうだと考えられております」
「目的は?」
「国家間の戦争です。戦争をすれば国は弱りますから、そこを狙うつもりではないかと言われているのです」
「にわかに信じられないのですが、本当にそんな存在がいると?」
「実は諜報にも確かな情報が集まりつつあるのです。国家を二分させて滅ぼそうとしているのも、それが災いをもたらしているのです」
「皆がそう思っている?」
「はい」
本当にそんなものを相手にしてるのだとしたら、俺はどうやってそれに立ち向かえばいいんだろう? 俺は身体強化魔法と電撃くらいしか使えないし、女性人権運動みたいな事をしていても埒があかないんじゃない? いきなりスピ系の話が出て来て戸惑ってしまう。
すると今度は諜報が懐から、書簡と古めかしい本を取り出した。
「それは?」
「王からの直々のお手紙と、御伽噺の本でございます」
「御伽噺?」
「賢者が読んでほしいと」
その時だった。ドアがノックされて女の声が聞こえた。
「失礼します」
ちょっと今は…。と思っていたが、振り向けばいつの間にか諜報員は消えていた。窓が開いておりカーテンが風になびいている。俺はドアに向かって言った。
「どうぞ」
「はい」
するとメイドが、お菓子とお茶を持ってやってきた。だが室内の只ならない雰囲気を感じ取ったのか、不思議そうな顔で俺に聞いて来る。
「何かございましたでしょうか?」
「特になにも。お菓子を持って来てくれたんだね」
「はい」
「それはうれしい」
メイド達がテーブルの上にお菓子とお茶セットを置いてくれる。その時、メイドがテーブルの上に乗っている本に触れようとしたので、俺はスッとその本と手紙を手に取った。後ろにいたアンナに渡すとアンナがそれを懐に入れる。
俺は、とにかく諜報員の言う事が気になっていた。敵が狙っているのは国じゃなくて俺。 国を少しずつ腐敗させているのは俺を狙っての事。
お菓子は生クリームたっぷりのフワフワしたケーキだった。フォークでそれを口に入れるが、もう味が良く分からない。美味しいはずなのだが、俺はうわの空でさっきの話を頭の中で繰り返すのだった。
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