第191話 トラウマ

 セクカ伯爵の尋問を終え、執事ジャンと東スルデン神国の部隊長ルーピンから得られた情報も大した事は無かった。こいつらは完全に手ごまで指示をされて動いているにすぎず、指示の方法も巧妙でなかなか本筋にたどり着くことが出来なかった。


 だが一つだけ共通して見えて来るのが、敵国の関与と足無蜥蜴と言う組織の影だった。特に足無蜥蜴と言う組織、時には協力者として時には伝達役として登場してくる。結局この組織を捕まえて、真相を解明するのが一番の近道だと結論付けられた。


 ルクセンが面白くなさそうに言う。


「ふん。なんだか、実に面白くない」


「そうですね。なにかはっきりしない」


 ルクセンとミラシオンの言葉を聞いて、ルベール子爵が言った。


「まるで国々が踊らされているような、おかしな感じがします」


 ルベールの言葉に皆が相槌をうった。それが情況の全てを言い現わしていると感じる。とにかく出所不明の金が大量に流れ込んできており、兵士や貴族を腐敗させているように思えた。


 そしてミラシオンが言う。


「その異変に対して突破口となる穴を穿ったのは、まぎれもなく聖女様であると思われます」


「私がですか?」


「あの帝国戦から全てが動いたと思うのです」


 確かにそうだ。あれから少しずつ国の膿が出てきたように思う。


 するとマイオールも言った。


「ミラシオン様のおっしゃる通りでしょう。聖女様が聖女様になったあの日から、貴族達の動きにも変化が出てきたように思います」


 それは俺もちょっと気が付いていた。俺がソフィアの為に、女が活躍できる社会を作り出したいと動き出した日から始まっている。まるでその俺の行動に抵抗するように、いろんな問題が起きて俺が身動き出来なくなる事があった。


 ルクセンが言う。


「聖女様の動きに対し面白くない輩がいるという事でしょうかな? 時代を切り開こうとする、聖女様の動きが目障りと言ったところじゃろうか」


 するとルベールの騎士エトスが手を上げた。ルベールが発言を促す。


「どうしたエトス?」


「こんな真面目な場で、御伽噺を話すようで気がひけるのですがね」


「なんだ?」


「私がまだ冒険者だった頃に気になる事がありまして」


 皆がエトスの話に耳を傾ける。


「にわかにあり得ない話ではあるので、このような真面目な場所で話すのはおかしいとは思います。ですが、聖女様の動きを阻止するような影と聞いてピンと来たのです」


 皆が真剣に耳を傾け、俺達も身を乗り出して聞く。まるで怪談話でも話すような雰囲気に、空気がピンと張り詰める。


「聖女様と言えば、女神フォルトゥーナ様の神子であらせられます。そして女神フォルトゥーナ様に敵対するものの存在を崇拝する者達の存在、聞いた事はございませんでしょうか? もしかしたら幼少の頃に、悪い事をしたらそれが来ると脅かされた事もあるのではないでしょうか?」


 それにルクセンが言う。


「まさか…」


「もちろんこんなバカげた話はするべきではないですが、冒険者達の間ではいまだにタブーとなっています。皆は縁起が悪いとしてそれを話す事はない」


 するとアンナがきっぱりと言った。


「ネメシス」


 それを聞いたエトスが身震いをする。


「私は言うのをためらいましたが、はっきり言いますね」


 だがアンナも険しい顔をしていた。ミラシオンが半分笑いながら言う。


「そんな、まさか」


 するとマイオールも笑って言う。


「それは子供が悪さした時の、まじないみたいな物でしょう?」


 エトスが笑って言った。


「聞き逃してください。こんな真面目な場所で話す内容ではありませんでした」


 皆が知っているようだが、実は俺は全く何の事か分からなかった。もしかしたら聖女の記憶にあるのかもしれないが、子供の頃にオイタなどした事が無いらしく聞いた事がないようにも思う。


 そして俺が沈黙を破って聞いた。


「すみません。ネメシスとは何でしょう?」


 するとルクセンが言った。


「ある意味伝説のような話ですじゃ、俗な本に出て来る悪魔のようなものでしょうかな? だが、どうやら冒険者達はゲン担ぎの為に、それを語る事はないらしいのですじゃ」


「ちょっとよくわからないのですが」


 アンナが俺に言った。


「分かりやすく言えば、女神フォルトゥーナを殺す者の名だ」


 するとそれを聞いた俺の体が勝手に反応して、震えが起き始める。俺は自分の体を抱くようにしてしゃがみ込むが、めまいがするようで立っていられない。


「だ、大丈夫ですか!」


「すみません…」


 ミラシオンが俺を抱き起そうとするが、アンナがグイっと割り込んできて俺をお姫様抱っこした。そしてアンナが言う。


「取り調べは皆で続けて欲しい。聖女は休ませる必要がありそうだ」


 皆が頷いた。そして俺はアンナに抱かれながら、取調室を出て自分達の部屋に戻る。するとリンクシルとマグノリアとリリスが出迎えてくれた。


「どうしたのです?」


 マグノリアが声をかけて来た。


「大丈夫だよ。ちょっとだけ具合が悪くなったみたいで」


 俺が答えると、アンナは俺をベッドに連れて行ってそのまま寝かせた。しかしアンナが離れると、俺の体がブルブルと震えて来る。なんでか分からないが、その震えがなかなか止まらない。


「おかしいな」


「わたしがここに居る」


 そう言ってアンナが手を握ると震えは止まった。自分自身がどうしてこうなっているのか自分でもわからない。だが皆は俺を心配して取り囲み、反対側に座ってマグノリアが背をさすってくれる。


 俺が聞く。


「なんかおかしい?」


「顔が真っ青です」


「うそ…」


 自分では気が付かなかったが、俺は血の気が引いているらしい。さっきのホラー話のような語り口が聞いたのかもしれない。するとアンナが俺をぎゅっと抱きしめていった。


「大丈夫。聖女を脅かすものは、わたしが全て斬り捨てる。安心してくれ」


 するとリンクシルも言った。


「私が、みんな噛み殺します! 任せてください!」


 そしてマグノリアも言った。


「その為ならドラゴンだって使役してみせます!」


 最後にゼリスも言う。


「僕も頑張る」


 すると次第に俺の震えが止まって来た。勝手に体の芯から震えがくるような感じだったが、何故そうなったかは分からない。するとドアがノックされる。


「失礼します」


「はい」


 するとウェステートがメイドを連れて入って来た。


「倒れられたとお聞きいたしました! 大丈夫ですか?」


「よっぽどいいよ。さっきは本当に具合悪かったけど」


「良かった…心配したんです」


 そしてウェステートが、カンテラのような物を部屋に置いた。するととても安らぐ香りが部屋中に漂い始める。


「いい匂い」


「私が子供の頃から、不安な時にはお母さんが焚いてくれました」


「落ち着く」


 すっかり良くなった俺はムクリと起きだした。アンナはまだ寝ているように言ったが、眠くもないのでベッドの縁に座った。


「ウェステートも一緒にお話でもしよう」


「はい!」


 しかし、さっきのあれは何だったのだろう? なにかトラウマにでも触れたような、変な気分だった。もしかしたら聖女の記憶の中で封印された何かがあるのかもしれない。女達と話をしながらも、心の奥底から何かが浮かび上がってくる感じがするのだった。

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