第190話 貴族の取り調べ
王都に戻る前に現地で証拠を集めねばならない為、すぐに取り調べを行う事となる。最初に部屋に連れて来られたのはセクカ伯爵だった。
後ろ手に縄で縛られ、二人の騎士が縄を引いて強制的に歩かされてきた。青い顔で死んだ魚のような目をしている。俺達の前に跪かされても見上げる事もない。そしてミラシオンが言う。
「セクカ、顔を上げろ」
だがセクカは反応しなかった。
「セクカ!」
それでも動かないので、騎士達が強制的に顔を上げさせる。しかし視点が定まらず、ボケっと口を開いたまま空中を仰いでいた。無精ひげと目の下のクマが酷く、ミラシオンの言葉にも反応しなかった。
するとマイオールが近づいて言った。
「セクカ。恐らくお家は取り壊しになるだろう。だがお前のここでの証言如何によっては、家族への沙汰が軽減されるかもしれん。お前の処遇は変えようがないが、身内を救うと思って正直に話すがいい」
するとボーっとしながらも、セクカはマイオールを見た。するとフルフルと震えながら、目にほんの少しだけ力が戻る。
「騎士風情が何を言うか…」
「残念ながら陛下から権限を預かってきている。現行犯であるお前には、犯罪行為に関しての証言以外に発言権は無い」
「くっ」
悔しそうに唇を噛み血がしたたり落ちるも、誰も気にする者はいなかった。
「さあ。奥方と子供達の命がかかっているんだ。話すがいい」
そしてミラシオンが聞いた。
「何故、シベリオル卿を誘拐して敵国の兵士に引き渡しをしようとした?」
「……」
「言わねば、子供達がどうなるか分かっているのだろう?」
しばらく沈黙したが、セクカは重い口を開いた。
「お前達は知らんのだ。この国は既に一枚岩にはなっておらん」
いや…俺もミラシオンもマイオールも知っている。むしろルクセンとルベールが初耳かもしれん。ミラシオンはあえて聞いた。
「どういうことだ?」
「ルクスエリム王は殺される」
ルクセンとルベールが目を見張る。俺達は現場にいたので驚きはしないが、やはりそこに一枚かんでいた事が分かって目を見合わせ頷いた。だがミラシオンは訝しい顔をしつつも言う。
「セクカ。お前は知らんのか?」
「なにがだ」
「お前は我々が王都を出るかなり前に、こちらに来ていたのであろうな」
「どういうことだ」
「陛下の暗殺は阻止された」
「なんだと?」
セクカが驚いた。あまりの事にルクセンとルベールが説明を求めて来る。
「どういう事じゃろ?」
だがミラシオンが言った。
「取り調べが終わりましたらお答えしましょう。今はまず洗い出しを優先させます」
「ふむ」
そしてマイオールが言う。
「王都襲撃に関してどこまで知っている?」
「いや。私は王都が戦場になると言うので、家族を郊外に避難させたのだ。私はそこで命を受け、そして先にこちらに来た。だから細かいところは知らない」
「誰に聞いた?」
「……」
「答えろ」
「奴隷を斡旋した時に聞いた」
「誰にだ」
「ミューゲル家でだ」
ミューゲル家と言うのは、第三騎士団長ライコスの家だ。襲撃の情報を漏らしたのはライコスと言う事になる。セクカは嘘をついていないようだ。
そしてミラシオンが言う。
「ミューゲル家の三男について話は知っているか?」
「ライコスの話? どういうことだ?」
「ライコスは死んだ」
「なんだと」
「聖女様を護衛した道中で第三騎士団の謀反があったが、我々のアルクス兵と第一騎士団の兵で討ち取った」
「そんな…」
「王城襲撃も失敗に終わっている」
セクカはガクリと肩を落とした。どうやら自分の立場が完全に終わっている事を知って、体から力が抜けてしまったらしい。恐らく王都に帰れば逆転できるとでも思っていたのだろう。
「……」
今度はルクセンが言った。
「なぜ我が家を襲った?」
「……」
マイオールがセクカの髪を掴んで、グイっと顔を上げて聞いた。
「答えろ」
「詳しくは分からん。多分ルクスエリムの幼馴染だからだ。ルクセン辺境伯が王派だというのは間違いない。だから身内から崩壊させるつもりだったんだろう? 私は息子を誘拐して引き渡すように命じられただけだ」
「誰が命じた?」
「クビディタス司祭の所で指令書を手にした」
「指令書?」
「何かをやらせる時は、クビディタスの所で指令書を受け取るんだ」
なんと。あのデブの司祭が仲介役になってた。
「その原本を持っているか?」
「いや。それを目にしたら焼くのが決まりだ」
決まり?
俺が聞く。
「組織化しているという事?」
するとセクカは、フン! と鼻を鳴らし俺を睨む。
「貴様が現れたから全てが台無しになったんだ!」
ガツッ!
マイオールがセクカを蹴飛ばした。
「聖女様に向かって無礼な口を聞くな」
「ぐぅ」
「聖女様のお聞きになった事に答えろ」
「そ、組織の全容は知らん。私はその末席にいるだけだ」
「嘘を言えばタダではおかないぞ」
俺がアンナに聞くと嘘はついていないようだ。
「マイオール卿。彼は嘘はついておりません」
「は!」
そして俺がもう一度聞く。
「シベリオル卿をなぜ敵国に引き渡そうと?」
「しらん。そうしろと言われただけだ」
「なぜ、奥方まで手にかけたのです?」
「それは本当に知らん! 私は誘拐をして奴隷商で指示を聞いただけだ」
「本当か?」
「本当だ! 私は殺していない! 私が殺したのは奴隷だけだ!」
それも嘘では無かった。それからしばらく取り調べをするが、セクカからはそれ以上の情報を得る事は出来なかった。最後にマイオールが言う。
「情報は全て陛下にお伝えする。お前の沙汰と家族への処分は王都に戻ってから決まる」
「…家族は…家族は知らんのだ」
「なにをだ」
「私が悪事に手を染めている事を。私はこの誘拐を成功させたら、白金貨百枚を手にする予定だった。反王派が勝てば戻り、王派が勝てばそれで家族を連れて逃げる予定だった…」
それを聞いたミラシオンが言う。
「貴族にあるまじき身勝手な話だな」
「ふん! 武勲がたっぷりあるお前とは違って、私はルクスエリムに嫌われている。そんな私が王都で生き延びるためにはそうしなければならなかったんだよ」
「もっと足元を。自分の民の事を考えるべきだったな。伯爵であれば、不自由なく暮らす事くらいは出来ていたはずだ。それ以上の財を望む必要が何処にある?」
「能力のあるお前には、私の気持ちなど分からんさ」
「馬鹿め。家族の事を考えればこのような事すべきでは無かった」
「全てが覆ると思っていた。そこの聖女が現れるまでは順調だったんだ」
「クズが。もういい、連れていけ」
そしてセクカは騎士達に立たされる。するとセクカが俺を見て言った。
「女風情がでしゃばりおって! 女は女らしく、男の為にかしずいておればいいのだ! 女が騎士のまねごとをして遠征などしなければよかった、お前は一体何をしたいのだ!」
だが俺は表情を変えずに言う。
「セクカ卿。あなたがそんな事を言っているからこんな事になったのです。女や孤児にも力のある者は大勢います。どこかで誰かが見ていると思わなかったのですか?」
「女子供に力がある? そんな訳がない、貴族でもないのに好き勝手やりおって!」
「残念です。これも女神フォルトゥーナ様がお決めになった事です。全て受け入れて懺悔してください」
俺が言うとセクカは首をがくんと落とし、騎士達に連れられて部屋を出て行くのだった。どんな結果を考えても間違いなく死罪は免れない。だた貴族殺しをしていないという事で、家族に対しどこまで情状酌量があるかだ。謎はまだ残っているが、恐らくセクカは末端で動く駒だったのだろう。
ルクセンが俺に言う。
「まあ、気にせんことです。わしは時代が変わったと思っておるし、孫娘のウェステートが活躍できる世が来たら嬉しいとも思うておる」
そしてミラシオンも言った。
「聖女様のお連れになっている一行がそれを証明なさっている」
最後にマイオールが言う。
「王都では聖女様の活動のおかげで、女性進出の機運が高まっております。犯罪者の言う事に耳を貸す必要はございません」
皆が必死にフォローを入れるが、俺自身はそれほど気にしてはいなかった。とにかく理解しつつある男が増えるという事は良いことだけど。
そんな事を考えると、こうして男どもに囲まれて仕事をしているのも我慢が出来る。俺としては今すぐにでも聖女邸に帰り、すぐにソフィアを誘拐したい気分だ。ソフィアを救う為なら犯罪を犯す事も辞さない構えだ。恐らく情況的には、マルレーン公爵家はかなり厳しい。
だが俺はニッコリ笑って、出されたお茶をそっと飲むのだった。
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