第188話 小さなイケメンの黒拷問

 自分の所の執事が裏切者だったと知り、ルベール子爵の方から捜査に協力すると言って来た。そのおかげでスムーズに事が進みそうだ。ルベールは自分の信用できる配下を集め、エトスを中心にジャンの取り調べに入る事となる。


 離れにある地下牢獄にジャンを投獄し、俺達はその牢屋の前にいた。牢屋の中には椅子に繋がれたジャンと、周りを取り囲む騎士達がいる。俺達聖女チームは牢の外から見るだけで、取り調べは基本男達がやるようだ。


 もう既にジャンはボロボロだった。エトスに殴られながら協力者を吐くように迫るが、なかなか自白しない。


 ミラシオンが聞く。


「もう一度聞く。協力者を教えろ」


「何度も言うが、協力者などいない。全て俺がやった」


「そんな訳はない、外国から人を大量に入れるのにお前ひとりで出来る者か!」


「本当だ。一人でやった」


 バキッ!


 そのたびにエトスが一発殴りつける。するとポロリと歯が取れた。


「吐け!」


「くそ! ボコボコ殴りやがって!」


 もう一発殴られる。だがジャンは吐かなかった。俺が腕を組んで隣にいるアンナに聞く。


「本当かも」


 するとアンナは首を振った。


「いや。嘘をついている」


 なるほど、これだけ殴られても吐かないには何か理由があるのかもしれない。


 ルクセンが気を利かせて俺達に言って来た。


「こんなもの見るのは気分が悪くなるじゃろうから、聖女様達は本館で待っていてくだされ」


 そうだね。汚い顔をした男が殴られんのを見るのは嫌だ。


「じゃあ」


 俺が言おうとすると、マグノリアが俺に耳打ちしてきた。どうやらゼリスに白状させるいい考えがあるというのだ。だがそれをみんなに見られると、嫌われそうだと言っている。俺はゼリスの所に行って耳を貸すと、ゼリスの口から衝撃的な言葉が発された。


「………うわぁ」


 酷い拷問だ。だけどもしかしたら効果的かもしれない。だが聖女のお付きがそんなことをしたとなったら、ここに居る貴族や騎士達は軽蔑するかもしれない。だけどウダウダやってるくらいなら試す価値はある。


「あの、よろしいでしょうか?」


「は! 聖女様! なんなりと!」


 ルベールが俺に答える。


「直接的な暴力だけが、お話を聞く方法ではないと思います。それに死んでしまっては元も子もない」


「まあそれはそうですが…」


「ちょっと私に任せていただけませんか?」


「聖女様に?」


「ええ。申し訳ないのですが、私達以外はここを出ていただきたい。少しの間でいいのでお願いできますか?」


 ルクセンとミラシオンとルベールが顔を合わせる。


「しかし…」


「少しで良いのです」


 三人は再び顔を見合わせて頷いた。


「わかったのじゃ、じゃがその鎖を解く事はしない方が良いじゃろ」


「もちろんそのような事は致しません」


「では。いったん外に出ましょう」


 そう言って、ルクセンとミラシオンとルベール、そして騎士達が席を外して出て行った。代わりに俺達聖女チームが牢屋に入る。


「ジャン。そろそろ話したらどうです? あなた死にますよ」


「はん! お前のせいでこうなったんだ! このクソ女が!」


 シュッ!


 アンナがジャンの喉元に剣を向ける。


「聖女に対しその口の聞きよう。今死ぬか?」


「殺すなら殺せ! 真相は闇だ!」


 だが俺はアンナを制して言う。


「傷を治して差し上げましょう」

  

 俺は杖をかざしてヒールをかける。するとジャンの傷は見る見るうちに消えて行った。


「なんだ? 今度は甘い言葉で篭絡しようってんじゃないよな? そんなんで言う訳ないだろ」


「ですよねー。なので今からちょっと試そうと思ってる事があるんです」


「何をされても知らん。俺は一人でやった」


 俺はゼリスに目配せをして頷いた。するとゼリスが牢屋の周りをくるりと回って、ジャンの後ろに立った。


「な、なんだよ。とにかく知らねえぞ」


 だが俺もアンナもリンクシルも、少し恐怖の表情を浮かべながらジャンを見ていた。


「言うなら今のうちですよ」


「誰が話すか!」


 するとどこからともなく、かさかさと動くものがやって来た。黒くて光沢のある、台所に一匹いたら百匹いると思え! と言われているG達が集まって来た。それが一匹二匹と増えだし、ジャンの体に這い上がっていく。


「な、なんだ!」


 見る見るうちにGが増え、ジャンは自分に起きている事をようやく理解したようだ。


「うぎゃぁぁぁ! なんだこりゃ! 取ってくれ!」


 俺達は青い顔をしながら叫ぶジャンを見ている。次々にズボンのすそや襟口から忍び込んでいくG、さらに顔や頭を這い出してどんどんその数を増やしていた。


「たのむ! やめてくれ! いやだぁぁぁぁぁ! うぎゃぁぁぁっぁ!」


 口を開けば口にも飛び込んでいき、ジャンは口を閉じてバタバタと暴れている。あっという間にジャンが真っ黒になり、俺は自分とアンナとリンクシルとマグノリアの四人に癒し魔法をかけた。そうでなければ、正気で目の前で起きている事を見ていられない。


 小さなイケメンゼリスだけが、ニコニコしながらジャンを見ていた。


「あの、ゼリス。いったん顔の周りからそれをどけて」


「はい」


 サササ! とGが顔面から消えて、ジャンが口の中に入った奴を吐き出した。


「おえぇぇぇぇぇ!」


 吐しゃ物も混ざっていたので、それを見た俺達も思わずえずいてしまう。


「うっぷ」

「ひどいな」

「み、みてられません!」

「すみません…」


 そしてジャンが涙を流し目を血走らせながら言った。


「やめてくれ! とってくれぇぇぇ!」


「じゃあ、協力者を教えて」


「そ、それは…」


 俺がゼリスをチラリと見ると、また顔が真っ黒にGで覆われジャンがバタバタとしている。


「ジャン。残念だけど、吐かないと永遠に続く事になる」


「もごもごもご」


「言う? どうする?」


 だが迷っているようで固まった。すると体中にこびりついがGが高速で体中をはい回り始めた。少ししてジャンがコクコクと頭を下げた。


「ゼリス。顔からどけて」


「はい」


 またジャンの顔が出て来た。


「わかった! わかった! 言うから! だから頼む!」


「嘘をついたらまだ続くけど良い?」


「本当の事を言う! だからぁぁぁぁ!」


「じゃあ協力者は?」


「足無蜥蜴だ! 足無蜥蜴と言う組織だ! 本当だ! だから! 取ってくれ!」


 ようやくジャンが吐いたが、逆に俺がまた吐きそうになって再び癒し魔法をかけた。


「ゼリス! もういいよ」


「はい」


 ザザザザザザザザ! 


 数百数千と居たGがいっきにジャンから離れていき、ジャンがガクリと気絶してしまった。それを見た俺達は牢屋を出て入り口で待つルクセン達を呼ぶ。


「吐きました」


「そうですか!」


 皆が戻ってきてジャンを見ると、ジャンが気絶しているのを見てミラシオンが言った。


「死んでいるのですか?」


「気絶しているだけです」


 騎士が柄杓で水を汲み、ジャンの頭からバシャっとかけた。


「あ、あうう…」


「起きろ!」


「はっ! あの! すいません! いいます! 全部言います! だから助けて!」


 気が狂いそうな一歩手前でとどまったジャンが懇願する。その様子を見てルクセンやルベールが不思議そうな顔をした。


「何があった…」


 俺は慌てて言う。


「いえ。ただ言う気になったのですよね? ジャン?」


「そうです! 言います! 俺の協力者は足無蜥蜴と言う多国籍の犯罪組織です!」


 それを聞いた男達が顔を見合わせ、眉をひそめてルクセンが言った。


「厄介な」


 俺がルクセンに聞く。


「足無蜥蜴を知っているのですか?」


「捕まえようとしても、それこそ蜥蜴の尻尾切りで捕まらんのだ」


「やはりそうなのですね」


 それは諜報部でも出ていた名前だ。ここにきて点と点が繋がり始める。


 それからジャンに聞くが、騎士達には内緒で行動していたらしい。全ては足無蜥蜴の手引きで、ルベールの配下に裏切者は居ないそうだ。アンナに聞くと全て本当の事を言っているらしく、俺達はホッと胸をなでおろした。


 するとルベールが俺達に言って来た。


「すばらしい。なぜこんなにも素直に自白する気になったのか」


「はあ。きっとジャンにも良心が残っていたのでございましょう」


「恐れ入ります」


 そして俺達は裏切り者セクカとジャン、捕らえた他国の兵を連れてヴィレスタン領へと戻る事になる。ルベールが騎士を出しヴィレスタンまで護送してくれるそうだ。


 刺された傷からだいぶ回復した、シベリオルが俺に言って来る。


「助けていただきありがとうございました。ウェステートにも心配をかけてしまった。だが妻のメリューナはもう戻らない、守れなかった事悔やんでも悔やみきれません」


「ウェステートさんはお父さんを信じておりましたよ」


 するとシベリオルは目頭を押さえて言った。


「そうですか。あの子は強くなった」


「そう思います」


 そして隊列は二日をかけて山を越え、ヴィレスタン領へと戻って来たのだった。

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