第187話 怪しい執事
なるほどなるほど。アンナの見立てでは何故か執事が動揺しているらしい。見た感じは冷静なようだが、アンナに言われて見てみると細部でおかしいのが分かる。
俺はルベール子爵に少し身を乗り出して言った。
「実はここだけの話なんですがよろしいですか?」
「なんだ?」
俺は今までの経験則やアンナの勘を信じて博打をうつ事にした。恐らくこのルベールは何も知らずにいるし、この館内を見ても私服を肥やしているようには見えない。ルクセンの証言でもルベールは怪しい人間ではないと言っていた。それらを信じて話をしてみる事にする。
「ルベール子爵様を信用してお話しするのですが、実は鉱山に潜んでいた賊と言うのは東スルデン神国の兵だったのですよ」
「な! なんだと! そのような大勢が侵犯してきていたというのか!」
「まあ、これはギルドで聞いた話なのですが、どうやらヒストリア王国の要人を東スルデン神国に引き渡そうとしていたらしいのです」
「だが…なぜ大隊規模の連中が入って来れたのだ?」
そして俺はチラリと執事を見てから言う。
「どうやら国内に手引きをしていた者がいたもようです」
「間者が潜り込んでいたというのか?」
「はい。既に国内の裏切者を捕らえておりますし、東スルデン神国の指揮官も捕らえてます。すぐに犯人は割り出されるでしょう」
「そうか。既に重要参考人がいるわけか、なら犯人の特定も時間の問題であろう」
すると執事の顔色が思いっきり悪くなり、額にまで汗が浮かび上がって来た。これで間違いない、この鉱山に敵兵を引き込んだのはこいつだ。セクカに大それた事は出来ないと思っていたが、現地に協力者がいたのだ。
さてと、ハッタリかますかな。
「そして、その協力者とやらもおおよそ掴んでいます。だからわざわざここにお伝えしに来たのでございますよ」
「おお! ギルドは凄いな! 冒険者は情報が早いらしい」
俺はルベールの傍らに立つ執事に声をかける。
「ねえ、執事さん?」
すると突然執事が走り出そうとし、すぐ後ろにいた騎士が足をかける。ズデンと転んだ執事を騎士が取り押さえたが、瞬発力が良いにしては動きが良すぎる。騎士が執事に声をかけた。
「いきなりどうした? ジャン?」
「エトス様! お放し下さい」
「いやいや。俺もつい体が動いちまったが、突然おかしいだろ?」
良かった。この執事が肝の座った奴だったら、ハッタリをかけたところで動かなかったろう。だが情況がそろいすぎており、俺の勘がめちゃめちゃストライクで働いたようだ。この立場なら、敵国から兵士を手引きする事は可能だろう。
ルベールが立ち上がって驚く。
「どうした? エトス? ジャンも」
「いえ。ルベール様、ジャンが突然走りだしましてね」
「ち、違うんですルベール様!」
だがエトスと呼ばれた騎士が言う。
「ルベール様。正直なところを言っても良いですか?」
「なんだ?」
「俺もおかしいと思ってたんです。なんかこそこそしてるなと、だけど何か分からなかった。ルベール様に危害を加えるような事も無いようですし、真面目に館を切り盛りしていたので見て見ぬふりをしていました。ですが事が事ですので」
「まさか…」
それを見た、俺が立ち上がって言った。
「すでに、ギルドに重要参考人が二人もいるのです。犯人はあなたですね!」
ビシィ! 決まったぁぁぁ… かな?
もちろん、情況を見て口から出まかせだ。
「なんと…」
だがジャンを取り押さえるエトスが言った。
「ギルドが何故こんな探偵まがいの事を?」
「成り行きです」
「ふーん。成り行きねえ…」
なかなかコイツも勘が鋭いらしく、完全には信じ切っていない。だが俺はそれを無視して執事に向かって言った。
「すでに情報はあがっている。もし良心があるならば、ここで自分の口で主に言ったらどう?」
「なっ!」
エトスがグイっとジャンを起こした。みんなに見つめられジャンがガクリと頭を落とす。しばらく黙っていたが、もう一度ルベールが尋ねる。
「ジャンよ。私はお前を信頼していたのだぞ? どうしてそんなことをした?」
「……」
するとエトスが言う。
「言えよ。もう逃げられねえ」
「…ふふふ…」
突然ジャンが笑い始めた。
「いきなりこんなところでバレるとはな…」
ルベールとエトスが渋い顔をする。今までのビクビクしていた執事の雰囲気とは、がらりと変わってしまった。
「どう言う事だ?」
「はあ。終わりだよ、どうせこの国は割れる。俺がここでつかまったところで、じきに国が助けてくれるさ」
「国が? なぜ国を裏切った男を国が助けるのだ?」
「この国が飲まれるからさ。そしたら俺の立場は逆転する」
「お、お前は何を言っているんだ?」
「ヒストリアに大勢いる馬鹿な貴族には分からないと思うが、この国は時期に割れるんだ。そうしたら各国の餌食となる」
マジか…
これは拾いもんだった。ある程度の事情を把握している奴が、こんなところにいるなんて思わなかった。そして俺はルベールに言った。
「恐れ入ります。ルベール様、あなたを信用してもよろしいでしょうか?」
「もちろんだ。私は国に対しての裏切りの気持ちなど一片もない」
「それでは、外の馬車から二人の仲間を呼んでほしいのです」
「うむ。分かった」
ルベールが呼び鈴を鳴らすとメイドが入って来た。ルベールが言う。
「門番に伝えろ。外で待つ冒険者を連れて来てくれと」
「はい」
そしてメイドが出て行った。しばらくして二人のフードをかぶった冒険者が入って来る。
「失礼します」
「うむ。君らが冒険者仲間か?」
ルベールが聞いたので、俺はルクセンとミラシオンに言った。
「二人とも、変装を解いて良いですよ」
ルクセンがバサッとフードを脱いで眼帯を外した。それを見たルベールが唖然とした表情で、ぽかりと口を開けている。
「久しぶりよのうルベール」
ルベールが慌てて頭を下げて言った。
「これはルクセン様! なぜ冒険者のような恰好を?」
「ちと訳があってのう」
そして今度は隣のミラシオンがフードを脱いで、つけ髭を取った。
「ああ! これはミラシオン様! 二人おそろいでございましたか!」
「すまんなルベール。あまり面識もないが、こんな形で会う事になるとは思わなんだ」
「わ、私もです!」
突然現れた辺境伯と伯爵に、頭を下げて挨拶をしている。そしてルベールは俺達の方を向いた。
「しかし、ルクセン様。何故、女冒険者と一緒にいらしたのですか?」
するとルクセンとミラシオンが、顔を見合わせてにんまりと笑った。何かを企んでいるような顔だ。そしてルクセンが言う。
「まさかルベールよ。このお方に失礼な事を言ってはいまいな?」
「は? まあ、言ってませんが。冒険者に対してなぜそのような…」
すると今度はミラシオンが言う。
「それは良かった。無礼があった場合、ルクスエリム陛下がなんとおっしゃるか」
「へっ?」
なんかどんどんハードルがあげられるので、俺は早めに仮面を外す事にした。
「あーすみません」
仮面を外すと、ルーベルは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。しばらく沈黙して、いきなり土下座をかましてくる。
「聖女様! 申し訳ございません! ヒストリアの英雄に対し数々の無礼な口のききよう! 平にご容赦くださいませ!」
「いやいや! 変装して来たのは私の方です。とにかく頭を上げてください」
「しかし!」
「いいですから! 失礼はありませんから!」
ルクセンとミラシオンが軽くにやにやしている。こいつらもたいがい人が悪い。
ルベールが顔を上げて俺を見て言う。
「聖女認定式の時に、遠巻きに眺めさせていただいておりましたが…なんとお美しい。女神フォルトゥーナの神子様は、この世の全ての美を凌駕しておいでです」
思いっきり歯が浮くようなお世辞を言っている。俺はアンナにぼそりと言った。
「お世辞いわれた」
「本気だぞ」
どうやら本気で思っているらしい。俺はルベールに促す。
「とにかく、今はそこの執事をどうにかしましょう」
「は! そうでした! あまりの事に忘れておりました!」
そして俺がジャンに向かって言う。
「で、この国は割れるんでしたっけ?」
「いや、それは…。なんでこんなところに聖女が…」
「あなたのような人を探す為ですよ。あなた、他国の間者ですね?」
「ちっ!」
開き直った。これでルベールの配下の調査も出来るし大きく確信に近づいたはずだ。第五と第六騎士団の調査の前に、敵国の間者を捕まえられた事は大きい。
「間もなく王都から人が来ます。私達よりずっと怖い人達が大勢来ますからね、覚悟しておいた方が良いですよ」
これはマジだ。一連の逮捕劇で、かなりの情報に近づいたのだ。恐らくルクスエリムは虎の子である諜報部を差し向けてくるだろう。諜報部は生ぬるい事はしないので、俺はかえってこいつに同情してしまう。
「ジャンよ。能力を見込んで採用したと言うのに…裏切るとは」
「最初から、あんたに従ってはいなかったさ」
するとミラシオンが言う。
「お前、随分余裕のようだが、なにか勘違いをしているようだ。誰もお前を救う事はないのだぞ、それにこの国はお前が思っているより脆くはない」
ルクセンも言う。
「うちの倅を売りさばこうとしとったのじゃ。生き延びられると思わんことだな」
「……」
ようやく自分の置かれた立場が分かって来たのだろう。ジャンの顔はみるみる青くなっていくのだった。
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