第186話 白か黒か

 バルバット領の城はそれほど大きくは無かった。ルクセンとしてもここの領主を疑いたくはないらしいが、まずは直接会って白黒つける必要がある。領主の名はルベール子爵といい、ルクセンとは昔からの知己らしい。ルクセンもミラシオンも冒険者の変装をしているが、もしかするとバレるかもしれないと言っている。


 炭鉱の町をしっかり切り盛りしていることからも、真面目に仕事をしているのはわかる。だからと言って、国を裏切っていないとは限らなかった。


「では、ルクセン卿とミラシオン卿は幌馬車にて待機を、私とアンナとリンクシルで行ってまいります。何かの時は合図を送りますので、ご対応をお願いします」


「うむ。聖女様達は大丈夫ですかな?」


「いざとなったら、屋上に出てヒッポに拾い上げてもらいますから」


「ならばわしらは逃げよ、という事じゃな」


「そのように」


 領主の城に到着し、アンナが領主邸の門番に声をかけた。


「冒険者だ。魔獣討伐の依頼を受け、直接頭蓋を献上しに来た」


 そして門番が馬車の中を覗き込み、ワームの頭蓋骨を確認した。


「凄いな。流石は特級冒険者だ」


「売るもよし、かざるもよし」


「気が利くな。そんな冒険者は珍しいぞ」


「直接渡したい」


 すると門番達が険しい顔をする。そりゃそうだ、いきなり冒険者風情が来て領主にあわせろなんて言っても簡単い会わせられるわけがない。門番が話し合って俺達に答えた。


「一応聞いてきてやろう。会えるかどうかは分からんぞ」


「ああ」


 そして門番達が城に入って行った。俺がルクセンに言う。


「会えますでしょうか?」


「恐らくは会えると思いますがな。あ奴はそのあたり無頓着なやつじゃし」


「そうですか、まあ会えなかったら軍を率いてくるしかないでしょうね。そうだと時間がかかります」


「そうですな」


 門番が戻ってきて伝える。


「入れるのは三人までだ」


 そりゃ都合がいい。俺はそれを了承して、ワームの頭蓋を運び出してもらうようにお願いする。領兵が数人出て来て頭蓋を運び出し、それと共に俺達が門をくぐった。庭園は程よく手入れされているが、きらびやかに飾っている様子はない。王都の貴族と違って、見栄をはるようなものでもないのだろう。


 領兵について玄関から入ると、綺麗な室内ではあるがそれほど派手では無かった。絨毯も地味で特に飾り付けも大したことはない。俺達がエントランスで待っていると、階段の上から騎士も引き連れずに一人の男が降りて来た。鼻の下に髭を生やしているが、これと言って特徴のない普通のおっさんだ。身なりが良いのでこいつが子爵だろう。


 そしておっさんが俺達の前に来て言う。


「君らが魔獣を討伐してくれた冒険者か!」


「はい」


 そして俺を見て言う。


「君は何故に仮面をつけているんだい?」


「ちょっと顔に怪我をしておりまして、女なものですから治るまではこれをつけさせていただいております」


「そうか! 冒険者は大変だな、だが女は顔が大事だ。嫁の貰い手が無くなったら大変だぞ」


「気をつけるようにいたします」


「しかも、三人とも女の冒険者か! めずらしいな!」


「はい」


 そして俺達と一緒に来た門番が言った。


「これが魔獣の頭蓋のようです。飾るなり売るなりしてくれと」


「なんと! 随分と大きな骨だな! なんと言う魔獣だ?」


「ワームです」


「ほう。確か巨大蛇だったか?」


「そうです」


「なるほど。ならばありがたくもらっておこう、見ての通り飾りっけの無い屋敷だ。何処か適当な所に飾って客に見てもらおう」


「それで…実は鉱山でひと悶着がありまして」


「噂で聞いたが、賊を捕らえたとか」


「はい」


「……」


 少し空気が変わるが、子爵のおっさんが少し考え込んで言った。


「その話を詳しく聞かせてもらっても良いかな?」


「もちろんです」


 だってその話をしたくて来たんだから、願ったりかなったりだ。


「応接室に通せ」


「は!」


 俺達は兵士に連れられて、応接室へと連れて来られた。応接室もそれほど飾りつけはされておらず質素だった。なんとなく主の性格がここに出ているのかもしれない。


 俺達が座っていると、子爵と一緒に執事と騎士っぽい人を連れて来た。だがその騎士がアンナを見るや否や、剣に手をかけそうになった。アンナはどこ吹く風で何も反応していない。


「どうした?」


 子爵が騎士に聞くが、騎士は襟を正して立ち子爵に頭を下げる。


「申し訳ございません。体が勝手に動きました」


「どういうことだ?」


「彼女らは安全なのですか?」


「冒険者だ。炭鉱の魔獣を狩って知らせに来てくれた」


「そうですか…まあいいです」


「ピリついているな。何かおかしいか?」


「いえ。今こうして私の首も子爵様の首も繋がっていますし、敵意は無いのでしょう」


「お前があっさり負けを認めた?」


「はは。この女剣士はルクセン辺境伯よりひどい…いや強いでしょう。やるまでもない」


「ふむ」


 つー事はこの剣士はそこそこの手練れと言う事だ。アンナを一目見てビビるのは、第一騎士団の団長と副団長やバレンティアくらいのもんだ。もしかしたら彼らと同等の力量があるのかもしれない。


 そこで俺が言う。


「危害など加えるはずがございません。私達は一介の冒険者でございます。領主様にたてついて何か良いことが御座いますか?」


「まあ、ないだろうな」


「そう言う事です」


 そしてようやくテーブルにそろった。そして俺が自己紹介をする。


「冒険者のナギアです。こっちが特級冒険者のアンナでこちらがリンクシル」


「領主のルベール・バルバットだ」


「以後お見知りおきを」


「うむ。それで炭鉱では何があった?」


「賊が出たことは伝わっているんですね?」


「それはそうだ。町で起きたことは全て報告が来る」


「では詳細をお話ししましょう」


 高位の人間が誘拐され賊に引き渡される寸前に、俺達が討伐し捕らえたことを言った。捕らえた人間はギルドに監禁されており、恐らくは領主に話が来るだろうと伝える。


「何ゆえに、そんな大規模な賊が居たのか? どこから来たのであろう?」


「どうでしょう。たかが一人の人間を引き渡すにしてはおかしいなと思いまして、それで領主様に直接お伝えしにまいった次第です」


「確かにな。そのような大人数の賊が出たなど聞いた事がない。ここは単なる炭鉱の町でな、上の鉱山に化物が出てからは稼ぎも減ってしまった。そんな貧乏な炭鉱に来て何をするつもりだったのか?」


 しらばっくれているのか、それとも本当に知らないのか。話の流れからすれば、事の真相を知らないように思うが…


 俺がアンナの顔を見ると、アンナの視線が執事に向かった。領主と話しながらも、執事を見るとこめかみに一筋の汗が流れるのだった。

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