第184話 魔獣討伐に向かう

 再び炭鉱に戻った俺達は、更に山の奥へと足を踏み入れる。立ち入り禁止区域なので、炭鉱夫もおらずマグノリアとゼリスも歩くヒッポの背に乗ってついて来た。ルクセンも最初はヒッポに驚いていたが、慣れたらしく特に気にした様子はない。


 俺がミラシオンとルクセンに言う。


「危険なので、ミラシオン卿も辺境伯は待っていてもらっても良かったのですが」


 するとルクセンが答えた。


「いやいや。ヒストリアの至宝である聖女様に何かあったら、ワシの立場が無くなってしまう」


「このヒポクリフを生け捕りにしてきたアンナがいるんです。問題ないかと思いますけど」


「そうはいかんのです。聖女様が行かれるというのに留守番など出来んのです。のうミラシオンよ」


「ルクセン様のおっしゃる通りです。しかも得体のしれない化物のいる場所に行くなど、聖女様は冒険者ではないのですよ?」


「まあそれはそうですが、お二人に何かあってもまずい」


「そう言わないでください。我々は意地でもお供します」


 俺達は渓谷を抜けて進むが、元はこの上にも坑道があったのが分かるような道があった。こんな山の上にどんな魔獣がいるのか知らないが、俺もだんだんと不安になって来る。険しい山道には霞がかかってきており視界も悪くなってきた。


 アンナが言う。


「山の天気は変わりやすい。視界が悪いので、ミラシオン卿とルクセン卿はヒッポの側へ」


「うむ」

「わかった」


「リンクシルは前を進み臭いが変わったら教えろ」


「はい」


 リンクシルを先頭にアンナと俺が続き、最後尾をヒッポとミラシオンとルクセンが付いて来た。しばらく歩いて行くと、リンクシルが見えなくなってくる。アンナがヒュッと口笛を吹くとリンクシルが足を止め、俺達が追い付くとアンナが言った。


「一旦、霧が晴れるのを待った方が良い」


 皆がコクリと頷き、マグノリアがヒッポを座らせる。俺達はヒッポの周りに集まった。


「魔獣がいるんだよね?」


「まだ先だろう。視界が晴れたら再び進む」


「わかった」


 しばらくすると、霧が下に降りて視界が通って来た。再びリンクシルを先頭に進みだして、しばらくした時だった。リンクシルが鼻をスンスンとさせて、手を上げて立ち止まった。


「変な臭いが混ざってる」


「そうか、ならそろそろだな。リンクのおかげでだいぶ楽だよ。ならば、ここからは道ではなく右にそれて山中を進む」


 俺達は黙ってアンナの指示に従った。足場が悪くてなかなか進みづらいが、アンナは俺達の歩く速度に合わせてくれている。


「どうしてこっちに逸れたの?」


「リンクに聞いてみてくれ」


「どうして?」


「風上から臭って来てるんです」


「そうなんだ」


 俺には全く分からないが、アンナはリンクシルのおかげで助かったと言っている。きっとこの先に魔獣がいるんだろう。俺達が歩いて行くと洞窟のような窪みが見えて来た。


「あそこにいるの?」


「いない。だが何かあるぞ」


 俺達が崖の窪みに行ってみると、天幕の布や麻の袋が置いてあった。どうやらここに誰か人間がいたらしいが、風化している形跡は無く真新しい。


「なにこれ?」


 するとアンナが持ち上げて言う。


「魔道具だ。何の毛で編んだのか分からないが、認識阻害の魔法が付与されている。いや、毛じゃなく恐らく植物の繊維だ」


 するとそこにマグノリアが降りて来て、その布を持ち上げ言った。


「これはたぶん、エントの枝を解いた糸で編んでるんです」


「なるほどな。エントか」


 俺がアンナに聞く。


「エントって?」


「木の魔物だ」


「木の魔物?」


「森に潜み気配を断ち普段は木と見分けがつかない。交戦的な魔物では無く、どちらかと言うと森の賢者の異名を持つ魔物だな。全く気配を断たれたら、わたしでも見つけるに苦労する」


「その木から取れた繊維で編んだ布か…ということは」


 それを聞いたミラシオンが言う。


「もしかすると、東スルデン神国の兵士が来ていたマントもかもしれませんね」


「それで気配を断っていたのでしょう」


「ここに隠れておったのでしょうな、人は近づかないし絶好の場所だ」


 そして俺がみんなに言う。


「これは持ち帰りましょう。まとめてヒッポに背負ってもらいます」


 そこにあったエントの素材で編みこんだ布を集めて縛る。それをヒッポに括り付け、俺達は一息ついた。


「リンクシル、臭いはまだしてる?」


「はい。上から」


「ならばゆっくりもしていられない。行きましょう」


 俺達が立ち上がり再び進み始める。だが途中でヒッポが進むのを嫌がり始めた。リンクシルが俺に言う。


「臭いがキツイ」


 マグノリアもヒッポをなだめながら言った。


「この子、これ以上行きたくないって言います」


 それを聞いたアンナがマグノリアに言う。


「マグノリア。ゼリスを連れてヒッポで飛んで」


「わかりました」


 マグノリアはゼリスをヒッポの背に乗せて、空高く飛び去って行った。薄っすら霧がかかっているので、あっという間に見えなくなる。そしてアンナが言った。


「こっちだ」


「もう分かるの?」


「気が伝わって来た」


 するとルクセンとミラシオンが顔を見合わせて言う。


「ミラシオンは感じたか?」


「いえ」


「わしもじゃ」


「しかし、ヒポグリフが恐れるほどの魔獣がいるという事になりますね」


「そういうことじゃな」


 アンナがリンクシルに行った。


「リンクは下がれ。ここからはわたしが先行する」


「ならその後を私がついて行く」


「ああ」


 そして岩場を登ると、崖の裂け目が見えて来た。


「あそこだ」


「入るの?」


「いや、皆は脇にどいてくれ」


 俺達が裂け目から外れるように移動する。するとアンナは面白い声を発し始めた。


「チッチッチッチッ! カチカチカッカッカッカッ!」


 何をやっているんだろう?


 とりあえず何も反応は無かったが、アンナは再び同じように声を出した。何度か繰り返してから、俺達の方に走り込んで来る。


「岩場に隠れて」


 俺達が言われるとおりに隠れると、岩の裂け目から音が聞こえて来た。


 シャー! シャー!


 裂け目から唐突に、大木のような細長い首が持ち上がって来る。スルスルと体全体が出て初めて分かった。


 裂け目から出てきたのは蛇だった。それもバカでかい大人が一抱えでも足りないくらいの太さの大蛇。アナコンダの数倍はありそうな蛇が鎌首を上げていたのだった。

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