第181話 謎の人物の正体

 しかしアンナが、こんなに大勢の兵士に気が付かなかったというのは不思議だった。先に潜り敵を監視していたと言うのに、いったいこいつらはどこから湧いて来たのだろうか? だが今はそんな事を考えている場合ではない。目の前に突然出現した兵士達を何とかしなくてはならなかった。


 敵の真っ只中で、突然嵐が起きたかのように敵兵が吹き飛ばされていく。


「がーはっはっはっはっ!」


 ルクセンだった。ルクセンは兵士を突き刺しては投げ、股間を蹴り上げて倒れた奴の顔面を踏み潰している。アンナが言っていた汚い戦い方とは、この事を言っていたのだろう。そして何故か分からないが、大笑いしながら敵を叩き潰している。


 なんか一騎当千って感じ。こんなゲームが前世にあったな…


 アンナはと言えば、次々に敵の首を飛ばしその切れ味に兵士が近づけずにいた。アンナが前に進めば兵士が下がると言った状態だ。


 そしてリンクシルは神出鬼没、どこからともなく表れて兵士の首を刺し消える。そのスピードに翻弄されて敵の兵士はいっきに隊列を崩し始めた。


 一度に斬りかかれる人数も限られているため、ほとんどが後ろに控え自分の番を待っている。すると後方にいる男が叫んだ。


「体力を削れ! 動きを鈍らせろ! とにかく休ませるな!」


 なるほど、アイツがこの隊の指揮官か。だが俺の身体強化がかかっているのだから、三人の動きはしばらく止まらんよ。


 俺は自分の胸から魔獣の笛を取り出して吹く。すると俺のもとにヒッポが降りて来た。


「ま、魔獣だ!」

「使役しているのか!」


 敵兵が驚愕の表情を浮かべている前で、俺は颯爽とヒッポの背中に乗った。


「敵兵の上空へ!」


「はい!」


 マグノリアが空高くヒッポを飛ばし、俺は兵士の後方に向けて魔法の杖を伸ばす。


「ウォーターボール」


 五メートル四方くらいの水が俺の杖の先に出来上がった。魔法の杖をひくと、その巨大な水玉が兵士に向けて落下していく。


 バッシャーン! 水が弾けたのを見たアンナが、ルクセンに叫んだ。


「セン! 下がれ!」


「うむ!」


 ルクセンは敵を蹴散らしながら後方へと下がり、退路をアンナが作った。兵士達から逃れリンクシルも合流する。


「アンナはよくわかっているね」


 俺がそう言って水を落とした場所に向かい、電撃の雨を降らせた。俺の電撃で大半が行動不能になり、動ける人間も残りわずかとなる。慌てた兵士達が、倒れた男達を抱き起して逃げようとした。


 第二撃だっちゃ!


 バリバリバリバリ!


 集まった奴らに再び電撃を喰らわせた。ミラシオンの方を見れば、どうやら冒険者達を制圧したらしい。


「マグノリア! 降ろして!」


「はい!」


 再び離れた場所に降りて、俺はミラシオンの元へと駆けつけた。アンナとルクセンとリンクシルは残党を片付けるために、再び兵士達に襲い掛かって行く。


「シオン!」


「捕らえました! ですが! あの袋を!」


 動いていた袋を見ると、なんと剣が付き立てられており血が流れている。


「シオン! 短剣を!」


 俺はミラシオンから短剣を受け取り、袋のもとに行って布を切り開いた。すると背に剣を突き立てた男が出て来る。俺が首に手を当てると、脈が弱まっていた。


 本来は魔力を残しておきたいところだが、俺は刺さった剣を抜いて全力で蘇生魔法をかける事にした。


「メギスリザレクション!」


 シュウシュウと音をたてて傷が塞がっていく。男は虫の息だったが、俺の蘇生魔法で息を吹き返して来た。更にヒールをかけて体調を戻す。


 この数日で最上級の蘇生魔法を二回も使った。蘇生魔法はかなり魔力を消費するので、これから長期で戦うとすればまずい。


 そう思って、俺はアンナ達の方を見る。だが俺の想いは杞憂に終わる。アンナとリンクシルがこちらに歩いて来ており、ルクセンは一人の男の首根っこを掴んで持っている。


「ナギア! 終わったぞ」


「よかった。無事?」


「あれしきの数、ナギアの魔法で強化されたわたしの敵じゃない」


 するとルクセンが言った。


「まさに鬼神とはこやつの事をいうのであろう?」


「いや。センにやられた奴らは可愛そうだった」


「ま、夢中だったさ。しかし、せい…ナギアの魔法はよう利くのう。半分は目を見開いて死んでおった。わしとてまともにくらったら、あの世行きだったじゃろ」


 まあ敵にとっては信じられない事だったろう。たったの四人に蹂躙されるとは夢にも思わなかったに違いない。


 そして俺はうつ伏せになっている男から手を放した。


「う、うう」


 男が声を上げたので、俺がそいつを抱き起すとルクセンが叫んだ。


「シベリオル!」


「あ、う…お義父さん?」


「生きておったのか!」


「すみません。不覚をとりました」


 なんと、袋詰めされていたのはルクセンの義理の息子であるシベリオルだった。どうやら誘拐されてここに連れて来られたらしい。


 すると少し離れたところで、騎士に取り押さえられ叫んでいるフードの人物がいた。


「放せ! 無礼者! お前ら! タダですむと思うなよ!」


 例のリンクシルが気づいていた香水の匂いがする奴だった。俺がそいつのもとに行って騎士に言う。


「フードを取って」


「は!」


 バサッとフードを取ると、そこに見えたのは見覚えのある顔だった。するとそこに物凄い勢いで走って来たのはミラシオン。そいつの髪の毛を掴んで叫ぶのだった。


「セクカ! 貴様!」


 俺達が捕まえたのは、王都で大物貴族の間を暗躍していたセクカ伯爵だった。だがセクカ伯爵は変装しているミラシオンに気が付かない。俺もお面をしているので誰だかわからないようだった。


「セクカ? そ、そんなやつは知らん!」


 しらばっくれた。だがどこからどう見てもセクカ伯爵だった。しかし俺達を、ただの冒険者だと思い込んでいるらしい。


 すると今度はルクセンが持っている男が目を覚ました。


「う、うーん」


 ルクセンがポイっと投げて、騎士に命ずる。


「縛れ」


「は!」


 騎士はその男を縛り上げた。男は意識朦朧としていたが次第に目覚めていく。そして俺はそいつのもとに行って言う。


「お前が指揮官だな?」


「し、知らん!」


 俺は杖の先を男の太ももにあてて、もう一度聞いた。


「指揮官だな?」


「うるさい」


 パッシッィィィイ!


「ギャア!」


 俺は一点集中で男の太ももを電撃で焼いた。


「指揮官だな?」


「……」


 俺が火傷の跡を、魔法の杖の尖った部分で押した。


「ギャ!」


「指揮官だな!」


「そ、そうだ!」


 パッシッィィィイ!


 ムカついたので、もう一発強烈な電撃を喰らわせるのだった。

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