第178話 冒険者ギルドにて
このタンザという町は採掘で賑わう都市だった。その為炭鉱夫が多く、武骨で薄汚れた男達が町を闊歩している。時おり冒険者パーティーもいるようだが、田舎でも活気が感じられた。
俺達一行は、冒険者パーティーにしては大所帯だった。だがそれほど目立つ事も無く、街に溶けこむ事が出来ていると思う。そして俺はルクセンに言った。
「まずはギルドに行って炭鉱付近の案件を取りましょう」
黒い眼帯をしたルクセンが答える。
「うむ。ギルドであるか、なんだか胸が高鳴るのう」
俺とルクセンが話をしていると、突然アンナが皆に集まるように言う。俺達は路地裏に入りアンナを中心にして固まった。
「集合! ひとつ大事なことがある!」
「なに?」
「言葉遣いだ。皆は冒険者なのだから、上下は無いし丁寧な言葉遣いはダメだ!」
「わ、わかった」
「うむ!」
「ええ…、そうだな! ウィレースも分かったか?」
「はい! ミラシオン様!」
「おい! ウィレース! 様をとれ! 敬語もやめろ」
「ああ、ミラシオン」
そしてアンナが二人の会話を止めた。
「そして名前! ルクセン卿とミラシオン卿は有名な貴族だ。名前は別な方が良い」
「う、うむ」
「どうするか…」
そんな事で頭を悩ませている時間はない。俺は二人に言った。
「名前の一部を取って、センとシオンでいいんじゃないでしょうか?」
「うむ! 気に入った! わしはセンだ!」
神隠しにあいそうな名前だが、この際ルクセンはセンでいい。
「私…俺はシオンだな! ウィレースわかったか?」
「はい…ああ! シオン!」
これもどこかの異世界に、強そうな女でいそうな名前だ。
「よし! 他の三人も大丈夫だな?」
「かしこま…分かった! シオン!」
そしてアンナが俺に言った。
「聖女と言うのもまずい」
「どうしよう?」
「フラル・エルチ・バナギアだからな。ナギアでどうだ?」
「わかった。みんな! 私はナギア!」
皆がコクコクと頷いた。更にアンナから注文が出る。
「あと! ナギアとセンとシオン! 品がありすぎる! 冒険者はもっと下品なくらいでいい」
「わかった!」
「うむ!」
「そうだな!」
主に俺とルクセンとミラシオンへの注文だった。確かに冒険者の佇まいじゃないし、格好だけそれっぽくしてもダメだろう。そうして俺達はまた大通りに出る。
アンナについて行くと、すんなりギルドに到着した。アンナはあえて自分のバッジを首から見えるようにぶら下げた。いつもはギルドの一員であることを隠すのだが、ここではめいっぱい目立つようにしている。
バン! とドアを開けて入ると、エントランスの冒険者達が一斉に睨むように見た。だがアンナの胸に下がる、特級のバッジを見てサササっと端に下がっていく。
「お、おい…特級だぜ」
「初めて見た」
「なんでこんな田舎に来たんだ?」
「勇者級のやつらが相手するようなモンスターを狩る人だろ?」
めっちゃざわついていた。だがアンナは無人の野を行くかの如く、受付まで真っすぐに進む。そしてギルドの受付嬢に声をかける。
「おい」
「は、はい!」
明らかにギルド嬢が焦っている。だがアンナはかまわずに言った。
「炭鉱付近の護衛や、山脈の魔獣狩りの依頼で持て余しているのは無いか?」
「少々お待ちください!」
受付嬢が急いで奥に引っ込んでいき、しばらくして走って戻って来た。
「ぎ、ギルドマスターがお会いになるそうです!」
「別に依頼さえ受けられればいいんだが?」
「特級冒険者にそんな事は出来ません! ですがそれなりの案件は抱えているようです!」
「そうか…」
そう言ってアンナが俺を見た。
「いいんじゃない? やっちゃいなよ」
そしてミラシオンも見る。
「おう! やろうぜやろうぜ!」
ギルド嬢に振り向き直ったアンナが言う。
「会う」
「はい!」
そして俺達はギルド嬢について、奥のギルドマスターの部屋に通された。ギルド嬢が入り口の窓をノックする。
「どうぞ」
ギルド嬢が先に入り、俺達がぞろぞろと後に続く。この都市のギルマスは王都と違って、若干年を取っているようだ。白髪交じりの髭面で俺達の前に来た。
「座ってくれ」
全員は座れないので、俺とアンナとミラシオンが座った。その前にギルドマスターが座る。アンナがすぐに口を開いた。
「今すぐに受けられる案件で、持て余し困っているのはあるか?」
「ある。だが何故突然、特級冒険者の君がここへ?」
「さあな」
アンナがそう答えると、ギルドマスターがアンナをじっと見る。眼光鋭く普通なら目をそらしてしまいそうだが、アンナは逆に顔を近づけて言う。
「もったいぶるなら他をあたる」
「ま、待ってくれ。本来は立ち入り禁止にしている危険区域がある。そこに強い魔獣がいるので人間が立ち入る事が出来ないんだ。だがそれを依頼するとなると、領主の許可をもらわねばならん」
「わたしは今日にでも行きたいんだ。なんなら領主に直談判するが? そうすればギルドには一銭も入らんぞ」
「わかった! すぐに取り付ける! 三時間後にまた来てくれ」
「一時間だ。それ以上は待たない」
「わかった! ならそれで!」
アンナがスッと立つので、俺達も慌てて立ち上がる。何も言わずにアンナが部屋を出て行くので、俺達はぞろぞろとアンナについて行くだけだった。
「アンナ。これからどうするの?」
「まだ時間はあるだろ。一時間待つ」
「わかった」
俺達はギルドのエントランスに向かった。すると冒険者達が物珍しそうにアンナを見ている。
「特級と言うのは珍しいのだな」
ルクセンが聞いて来た。
「そうだな。セン」
「うむ」
一階に酒場があり、アンナは真っすぐそこに歩いて行った。するとギルド員が注文を取りに来る。
「何か飲みます?」
「酒と果実水を適当に持ってこい」
「は、はい!」
すぐにテーブルに並べられた飲み物を囲んで、俺達は椅子に座って周りを見る。周りのやつらはチラチラとこっちを見ているが、その中から一人がこちらに近づいて来た。
「へへ。特級冒険者なんて始めて見たぜ。しかもそれが女なんてな」
すると慌てて三人が駆け寄ってきて言う。
「おい、やめろよ」
「すんません。コイツ見境なしにいっちゃう奴なんで」
「勘弁してやってください!」
「はあ? お前ら女にビビってんのか?」
「馬鹿野郎! バッジを見ろよ! お前なに言ってんのか分かってんのか?」
だがスッとアンナが二人の間に手を差し出した。
「なんだ? わたしの力を見たいのか?」
「ああ! 女が強いわけねえ!」
そう言ってそいつは自分の腰に手を回した。だがその手は空を掴むような感じになる。
「あれ?」
「お前がつかみたいのはこの剣か?」
「あ! 俺の!」
「まさか、こんななまくらでわたしを斬ろうというのではあるまい?」
「返せ!」
手を伸ばしてくるが、アンナが剣をスッとどけて男が空振りする。そして軽くビンタをした。
パン!
「へぶっ」
鼻から血を出しながら、男が目を白黒させている。そしてアンナが言った。
「お前のなまくらを私が振ったらどうなると思う?」
「な、し、しらねえよ!」
アンナは男の剣の鞘を抜いて男の前に差し出した。
「お前が振って見ろ」
男の前にただ立って、アンナが男に剣を渡した。
「さあ、わたしを斬れ」
「へっ、丸腰でか? 死んでも知らねえぜ」
「御託はいい」
男があけすけな構えで上段に構える。さあ斬りますよ! といった状態だ。次の瞬間、男は思いっきり剣を振り下ろした。
ビュン! ガツ!
アンナが避けたようには見えないのに、剣はアンナをすり抜けて床を打った。そしてその剣の上にアンナの足が乗っている。男が足を払いのけようと両手で持ち上げるが、その剣はびくともせずにアンナはテーブルの上の果実水を一口飲む。
「足をどかせ!」
「もうわかっただろう?」
すると周りの男達も言った。
「もうやめろって、無理があるだろ」
「痛い目見るぞ」
「とにかく謝れ」
「クソ!」
突然アンナが足を話すと、男が勢い余って尻餅をついた。そしてアンナは男の手を踏みつけた。
「イテテテ!」
剣を放したのでアンナが拾い上げた。
「そんなに納得がいかないのなら見ていろ」
アンナは男の剣を左手に握って、ぶらりとその腕を垂れ下げた。そしてスッと上段に構えた瞬間。
シ。
ほとんど音がしなかったが、アンナの腕が振り下ろされた後だった。俺達は何が起きたのか分からないでいる。
ガラン!
何かが落ちたので見てみると、なんと男の剣は真っ二つに折れていたのだった。
「なまくらだ」
手に持っている柄の部分を放り投げる。
「ひっ!」
流石に絡んで来た男も、そのすごさに気が付いたらしい。
「わ、わかった。悪かった!」
そうして三人の冒険者と折れた剣を持って立ち去って行った。するとそれを見ていたルクセンが言う。
「お主…」
「なんだ?」
「わしの全盛期と互角だなどと思っていたが、とんでもない化物ではないか。わしと手合わせなどして、いったい何をするつもりでいたのじゃ?」
「だが、汚い戦い方も出来るんだろ?」
「それはそうじゃが、次元が違い過ぎるじゃろ!」
「まあ、爺さんをぶちのめしても何の自慢にもならんが、力試しになるかと思ってな」
「まったく食えんやつじゃ! がーはっはっはっはっはっ!」
どうやら武術者同士で伝わるものがあるらしい。ルクセンもアンナを好ましいと思ったようで、いっきに距離が近づいたように思えた。そして俺はアンナがギルドに飽き飽きした理由も分かった。ルクセンほどの力がなければ相手にならないのだ。
するとそこにギルド嬢が来る。
「すみません。彼は誰彼構わずにつっかかるんです」
「どこにでもいる。気にするな」
「さっきのはどうやったのですか?」
「さっきのとは?」
「剣を折ったあれです」
「何もしていない。本気で振ったら折れてしまった」
「凄い…」
周りで聞いている冒険者も言った。
「鳥肌が立つ」
「一瞬、巨大な魔獣がいたような気がした」
「バケモンっているんだな…」
海千山千の冒険者達がアンナを見て言った。アンナは言われ慣れているのか、それを無視して果実水を飲んでいる。それから俺達が適当な話をして五十分ほど過ぎた頃だった。
ギルドマスターが戻って来た。
「お待たせした!」
面倒な手続きをすると時間がかかるので、直接自分で行ってきたらしい。手に書簡を持っている。それを見てアンナが聞いた。
「どうだ?」
「依頼を取り付けて来た! すぐに出れる」
「すまんな。わがままを言って」
「では受付を済ませて欲しい」
「わかった」
そうしてアンナはギルドマスターと共に、受付に向かうのだった。
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