第177話 偽装潜入
ルクセンには貨物用の大型幌馬車を用意してもらった。全員が乗り込むにはそのくらいの大きさが無いとダメだからだ。ヴィレスタン城の入り口通路に置いてもらい、俺がルクセンに説明をする。
「あの。これから魔獣が降りてきますが、くれぐれも討伐しようとなさらないようにしてください」
「まあ聖女様が言うのだからそうするのじゃ」
しばらくすると、空の上からバサバサと音が聞こえて来る。ルクセンと騎士達が上を見上げて、あんぐりと口を開けて自分の剣に手をかけた。
「味方です!」
降りて来たのはヒッポだ。庭に降り立ってぺたりと座り込み、マグノリアがなでなでをしている。それを見てルクセンや騎士達は剣から手を放した。
「これは…なんと言う魔獣ですかな?」
「ヒポグリフと言うそうです」
「ヒポグリフ! 伝説の?」
「そうですね。まあアンナは伝説の生き物と呼ばれているものに、結構遭遇して来たらしいですが」
「そうなのか?」
「彼女は特級冒険者なのです」
「おお!」
どうやら特級冒険者で通じるようだ。俺はヒッポの説明をする。
「ヒポグリフはアンナが捕まえて来て、マグノリアが完全使役しています」
「で、伝説の魔獣を使役する魔術師など聞いた事がないわい」
「その前はワイバーンを使役していました」
「なんと。聖女様の身内は怪物ぞろいですな」
仲間が褒められると俺も嬉しい。俺はニッコリ笑ってルクセンに答えた。
「はい。頼もしい仲間達です」
「うむ」
「それでは、馬車に乗ってください」
ルクセンとミラシオン、ウィレースと手練れの騎士三人が馬車に乗り込んだ。リンクシルとゼリスも馬車に乗り込む。
俺とアンナが城に残る騎士達に指示を出しながら、皮の太いベルトと鎖を使ってヒッポに貨物馬車を固定した。鉄の鎖なので外れる事はない。
俺とアンナとマグノリアがヒッポの背中に乗り込み、俺が振り向いて言う。
「では! 出発します! 飛び立つときは揺れるのでしっかり捕まってください!」
皆が馬車の縁を掴んだ。
「いきます!」
ヒッポが助走をつけて大空に舞うと、馬車もしっかりと固定されてついて来た。いっきにヴィレスタンの上空に上がり、北西に向かって飛ぶのだった。
ファンタジィィィィ! 俺の心の中はうっきうきだった。なにせヒポグリフが荷馬車を引いて飛んでいるのだから、これをファンタジーと言わずしてなんというのか?
どんどん加速していくヒッポだが、俺は後ろを振り返り馬車を見る。
「おお! なんと言う事だ! 空から地上を見下ろしておる! なんと言う絶景であろうか! すばらしい! とても素晴らしいのじゃ!」
ルクセンがめっちゃ興奮していた。その隣でミラシオンが言う。
「ルクセン様! あまり身を乗り出しますと落ちてしまいます! お気を付けください」
「かまわんかまわん!」
騎士達も恐る恐る外を見て言った。
「すばらしい。これが聖女様のお力」
いやいや。さっきも説明したけど、アンナとマグノリアの力だって。だが騎士達に説明するのも面倒なので何も言わなかった。
「ぐんぐん速度が上がっておるな!」
「そのようですね。ルクセン様、何よりも早い乗り物のようです」
「うむ」
本来タナトス鉱山までは二日かけていく道のりらしいが、ヒッポにかかれば半日もかからない。敵は恐らく追手が無いと踏むだろうが、間違いなく俺達は準備の時間を取れるくらいの時間につくだろう。
しばらく飛ぶとルクセンが言って来た。
「もうバルバット領だ。そして見てくだされ!」
ルクセンが指さす方向を見る。
「あの山の向こうに見える山脈の一つが、タナトス鉱山となります!」
「なるほど」
目の前に山があり、その奥に更に高い山々がそびえる。確かにこの山を陸路で越えたら二日かかるかもしれないが、ヒッポにかかればひとっ飛びで越えられる。あっという間に山を飛び越えていくと、先には平野が広がっていた。
俺がアンナに言う。
「随分のどかだね。何もない」
「本当の田舎だな」
恐らく前世で言うところの東北地方や中国地方のような場所だろう。農村がポツリポツリとあり、延々と畑が広がっていた。
ルクセンが言う。
「このまままっすぐですじゃ。それで都市が見えてきます」
「直接都市に行けば目立つので、その手前で降りる事になります」
「うむ」
数時間はあっという間に過ぎ、俺達の視線の先には都市が見えて来た。
「あれがタナトス鉱山の町、タンザですじゃ」
「わかりました」
俺はそれを確認して、マグノリアに行った。
「あそこの手前の森の、更に手前の草原に降りて」
「はい」
俺達の馬車がゆっくりと降下していき、鉱山都市タンザの手前にある森の前に降りた。そして俺は後ろの馬車の人らに言う。
「ここからは歩きです。恐らく一時間程度で到着するでしょう」
皆が馬車を降りた。
「いったんヒポグリフから馬車を外します!」
「うむ」
「手伝いましょう」
貨物馬車をヒッポから外し深い草むらに隠した。街道からもだいぶ逸れているので、見つかる事はないだろう。
「マグノリアはゼリスと一緒に隠れておいで。私達が用を済ませたら火魔法で知らせるから」
「はい」
「うん」
「行って」
マグノリアとゼリスを乗せた馬車が飛び去って行った。
俺とアンナとリンクシル、ルクセンとミラシオンとウィレース、そして騎士三人が隊列を組む。そして俺が皆に言う。
「街道を通れば目立ちます! 森の中を進みましょう」
するとルクセンが髭を撫でながら言う。
「聖女様はまるで優秀な指揮官のようじゃな。騎士団長も顔負けじゃ」
ミラシオンがそれに答えた。
「帝国軍を追い払ったのです。当然と言えば当然」
「うむ」
そして俺達は草原から森に入った。その森は背の高い木々が生い茂っており、地上近くにはあまり草が生えていない。進み易く思いの外、早い時間でタンザの外壁近くに出た。
「では」
皆がカバンからいろんなものを取り出した。ルクセンは黒い眼帯を取り出して片目を隠す。ミラシオンは毛糸の帽子を深くかぶって、長くてきれいな髪を隠し髭をつけた。騎士達も皮の鎧に身を固める。
「ここからはアンナがリーダーです」
「分かりましたですじゃ!」
「よろしくお願いします」
ルクセンとミラシオンが頷き、俺達は都市タンザの門へ向かう。俺達が来たのを見ると門番がやってきて声をかけて来た。
「止まって!」
俺達が止まる。そして二人の門番が聞いて来た。冒険者パーティーにしてはかなりの大所帯になるが、はたして身分をばらさずに都市に入る事は出来るのだろうか? バレれば敵に追手が来た事がバレてしまう可能性がある。門番が聞いて来た。
「身分を示すものはあるか?」
「ああ」
そう言ってアンナが特級冒険者のバッジを服の下から出した。
「これは…」
「我々は冒険者だ。山脈の魔獣を狩るためにやって来た」
「とっ特級冒険者!? は、初めてお目にかかります!」
アンナのバッジを見て門番が目を見開いた。そして後ろに続く俺達を見る。どう見ても普通の旅人には見えないが、冒険者パーティーだと言ったらそれっぽく見えるはずだ。
「他の方達の等級は?」
するとアンナが門番に言った。
「特級が通ると言っているのだ。確認の必要はあるのか?」
アンナからめちゃくちゃ恐ろしい、まるでそこにドラゴンがいるかのような気が発せられる。
「ありません」
そして俺達は冒険者のバッジを出すことなく門をくぐる事が出来たのだった。めっちゃめちゃ粗いやり方だが、冒険者なんてこんなもんだとアンナが言うので俺達は従ったのだ。
「さすがは特級冒険者じゃのう…迫力が違うわい」
「……」
アンナはそれに答えずに、先を進んでいく。俺達は無事にタンザの街に潜入する事が出来たのだった。
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