第176話 奴隷の自供
二日後にようやく奴隷の女がはっきりと目を覚ました。食事をとらせ俺が回復魔法をかけて、また食事をとらせ回復魔法をかけるを繰り返した。その効果が現れて血も増え、土気色だった肌も血色が良くなってきた。
彼女の上半身を起こさせて騎士達の立会いのもと、俺とアンナとミラシオンとルクセンがいた。自殺を防ぐために猿轡をさせており、俺達が周りを囲んで見つめている。
ミラシオンが女に言った。
「いいか? 聞かれた事に答えろ。変な気を起こすんじゃないぞ」
女が頷いたので、騎士が女の猿轡をほどく。そしてぽつりと言った。
「どうして…どうして私は生きているの?」
俺が手を握って言う。
「一度死んだけど、蘇生魔法で復活させた」
「そんな…、お金は。お金は! 家族に行かないの?」
「今はいかない。あの時五人いたと思うけど、いったん奴隷商は閉鎖されたからお金は浮いてる」
「そんな…」
するとルクセンが女に言った。
「もちろん。あの奴隷商の罪が晴れれば金は払われる。もしくは他の奴隷商に、そのまま取引を譲渡させるかをしようと思うておる」
「私が死なないとお金は払われないんです!」
それを聞いた俺が答える。
「それに関しては問題ない。犯人は完全にとどめを刺したと思ってるし、奴隷商の主も殺害現場を見ているから証言は取れる。あなたが生きている事はここに居る者達しかしらない」
「……」
「あなたが望むなら、死んだことにしてお金を払うように仕向ける事は出来る」
「はい…」
女が少しずつ安心してきたようだ。そこで俺が殊更に優しい声で聴く。
「あなたに死ねと言った人はだれ?」
「それは…」
するとミラシオンが女に詰め寄る。
「罪人を庇いだてすると、お前が辛い思いをするのだぞ」
「実はよくわからないのです。私を連れに来たのは、向こうの奴隷商でこういう仕事があるからと言われたのです。私は死にかけていましたし了承したのです」
「ふむ。それは誠か?」
「はい!」
「そうか」
どうやら奴隷商のゼジールの証言と一致しているようだ。これ以上聞いても情報は出まい。
「でも、お金が払われなくなったら困る。私はある事を伝えて死ねって指示されただけだから。もともと病気だったし治らず死ぬって言われてたし、でも…」
「でも?」
「いざ剣を向けられたら怖くなって、逃げてしまって」
「まあ無事に殺されたから安心して。なんとかギリギリ生き返っただけ」
「はい…」
そしてミラシオンが言った。
「伝えた情報を言え。言えば死んだものとして処理をしよう」
「本当ですか?」
「ああ」
それに付け加えてルクセンが言う。
「言えば、お主の家族に金を送るように手配しよう」
「わかりました」
そして女が言った言葉は次の通りだった。
「来る二十四日の夕刻、バルバット領にあるタナトス鉱山北坑道に来られたし。です」
「以上か?」
「はい、それだけです」
俺達は顔を見合わせた。そしてミラシオンが言う。
「明日の夕刻だと…」
俺がルクセンに聞く。
「バルバット領にあるタナトス鉱山とやらは、ここからどれほどの場所です?」
「二日以上はかかるのですじゃ」
なるほど、女が眠っていた時間を考えれば、もう犯人は現地入りしている可能性が高い。それを聞いて俺が言った。
「敵は彼女を殺したと思っています。奴隷商を捜査をしたとしても、一日で追手が来るとは思わないでしょう」
「どういう事じゃろ?」
「策があります」
「わかったのじゃ」
そして俺は、奴隷の女に癒し魔法をかける。
「あなたはその情報を伝えろと言われただけ?」
「はい。伝えたら相手から殺されろと、いずれにせよこちらの奴隷商が金は払ってくれるからと」
まあ確かに現場で殺されたら、奴隷商がお金の保証はしなければならない。随分と巧妙に考えられた伝達方法だった。たしか前の世界の映画でスパイが情報をもらうと、メディアが自動的に爆発したり燃えたりするのがあったけどそれと似てる。
「ルクセン卿。彼女の家族にどうにかして金を届けるように手配いただけませんか?」
「約束は守るべきである、当然送ってやりましょう」
「ありがとうございます」
俺はアンナに聞く。
「彼女に嘘は」
「ない」
俺は再び奴隷の女に言った。
「あなたは死んだ。これからは違う人生を歩むこととなる、そして家族にはお金が送られる。それで問題ないかな?」
「どうして…どうしてそんなに良くしてくださるのですか?」
「被害者だから?」
「……」
「そういうことだから」
俺が言うと奴隷の女は泣きだした。そしてルクセンが騎士とメイドに伝える。
「彼女の面倒を見てやってくれ。回復するまではここにいる事になる」
「はい!」
「「「「は!」」」」
そうして俺達は部屋を出た。日にちを考えて、ミラシオンとルクセンが慌てているが俺は悠然と歩いて言う。
「明日の夕刻ならば余裕があります。じっくり計画を立てましょう」
「どういうことじゃろ?」
するとミラシオンがルクセンに言った。
「ルクセン卿。これが聖女様なのですよ」
俺達はすぐに会議室で計画を立てるのだった。ルクセンもミラシオンも目を丸くして聞いている。これは俺の味方がいるからなせる業である。会議を終え、それぞれが出立の準備をし始めるのだった。
俺はアンナと共に部屋に戻り、リンクシルとマグノリアとゼリスに伝える。
「マグノリアとゼリスは戦闘に参加しないでね。アンナとリンクシルと私がなんとかするし、ルクセンとミラシオンとウィレースそして数名の腕利きのアルクス兵が着いて来るから問題ない」
「はい!」
「うん」
そしてアンナはリンクシルに言う。
「リンク、手加減無しで良い。相手は罪人だ、皆殺しするつもりで全力でいけ。今のお前の力なら大抵のやつはねじ伏せられる」
「わ、わかりました!」
そして俺達が戦闘衣装に着替える。俺はアラクネの糸で練られた法衣とマントと魔法の杖。アンナはドラゴンの鎧と業物。リンクシルは魔法付与された二本の短剣と、風魔法の付与されたフェンリルの毛で編まれた服。防御力と機動性を考えられた衣装だ。
俺達が一階に降りると、既にルクセンとミラシオンとウィレース、そして騎士達がフル装備で待ちかまえていた。
「行きましょう」
俺が言うと皆は黙ってうなずくのだった。
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