第175話 ボーナスタイム

 ヴィレスタン城に戻ると、ルクセンが奴隷の女の為に部屋を用意してくれた。蘇生と回復魔法をかけたとはいえ、大量に出血したため少しずつ栄養を取らないとはっきり目覚めない。メイドが騎士の立ち合いのもとで食事をとらせていた。


 食事と言っても、どろどろに溶けた流動食とスープのような物をほんの少し飲んだだけですぐに寝てしまったらしい。


 俺がアンナに言う。


「犯人は、絶対に殺そうと思って刺してた」


「何カ所も」


「そう」


「だがそこから分かる事があるぞ」


「なに?」


「犯人は手練れではない。わたしなら首を一斬りだ」


「なるほど、不安だから何回も刺したって事か」


「そうなる」


 何回目の突きが心臓に達したかは分からないが、心臓を刺されたのが死因だ。恐らくうまく刺さらずに、逃げ惑う奴隷の女を追いかけて刺したのだろう。俺の到着がもう少し遅れていたら、蘇生は間に合わなかったかもしれない。そしてアンナが言うように、犯人が手練れなら首を飛ばされて蘇生もできなかった。


 にしても、無抵抗の女を刺しまくるなんてムカつく。下手くそだったことは不幸中の幸いだ。


「ルクセン卿が寛容で助かったかもしれない」


「あの爺さんは、聖女の顔を立てたに過ぎない。恐らく聖女で無ければ捨ておいたはずだ」


「それでも、だよ」


「まあ…そうだな」


 俺達が話していると、そこにウェステートがやって来た。


「夜分にすみません! よろしいですか?」


 確かに真夜中なので、こんな時間にうら若き娘が部屋を抜け出してはいけない。でもせっかく来てくれたんだから、快く受け入れようと思う!


「どうぞ」


 ウェステートは相変わらず可愛らしくて癒される。嫌な事があった後なので、むしろ思いっきりウェステートの髪の毛の香りを吸い込みたい気分だ。心から女神に願う。


 俺が席を勧めると、ウェステートが座った。


「今宵は大変でしたね」


「まあ、ひと悶着は覚悟していたけど」


「そうですか。益々聖女様のイメージが変わりました。荒事も平気でいらっしゃるのですね」


 まあ本当は嫌だけど転生してからこのかた、もっとハードモードな場面が何度もあったからね。体験した荒事を数えれば片手では足りない気がする。ウェステートのみならず、俺自身だって聖女というイメージはこうじゃない。


「まあ仕事なのでそう言う事もあるかなと」


「尊敬いたしますわ」


「それで? こんな夜分に何か?」


 するとウェステートが俺の目を覗き込んで言った。


「あの、父の件は何か分かりましたか?」


 なるほど、それが聞きたくていてもたってもいられなかったか。かわいいったらありゃしない。


「残念ながら進展は無しかな」


「そうですか…」


 もちろん今日の謎の人物が、ウェステートの父親である可能性も俺達は想定していた。


「来たついでといってはなんだけど、シベリオル卿の事を聞かせてもらってもいい?」


「はい」


「シベリオル卿は香水などはつけてた?」


「いえ。父が香水をつけたところなど見たことはございません」


 まあその辺りは、リンクシルの証言と一緒だ。この館内で同じ香水の匂いはしないそうだ。だがもちろん偽装の可能性もあるので、もう一つの疑問を問いかける。


「シベリオル卿の剣の腕前は?」


「それは定評がありました。剣の腕が見込まれて、お爺様に気に入られたのです。子爵の出ですので、本来は辺境伯に婿入りなど無いのですが」


「なるほど。階級下の人が努力でその地位についたと言う訳か」


「そうなります」


 俺はアンナと目を合わせた。実は俺達はシベリオルが犯人なのではないかと疑っていたのだ。しかしここにきて、ウェステートの証言もあわせて考えると犯人像とは程遠い。もちろん下手を装って殺す事も出来るし、香水もわざと振りかけて女に偽装する事も出来る。


 だが捕まるリスクを考えると一発で仕留めるべきだし、リンクシルの鼻を誤魔化す事はできない。リンクシル曰く、もしシベリオルが犯人とするならこの屋敷で匂いを隠す事は出来ないという。


「犯人は逃げたとか」


「ごめんね。犯人は取り逃がしちゃったんだ」


「いえ! 責めるわけではございません。ですが…私はそれが父なのかと、心の隅で思っていたのです」


 俺はウェステートの手を取って言う。


「今のところ、その可能性は低いかな。捜査しても結びつかない」


「ほんとうですか?」


「未確定ではあるけどね。でも娘くらいはお父さんの事、信じてあげてもいいんじゃない?」


「わかりました」


 可哀想に、自分の父親が母親殺しに噛んでいると思っているのだろう。ウェステートにしてみれば、母親も父親もいきなりいなくなってしまって心細いに違いない。そして父が新たな殺人を犯したのかと思って飛んで来たのだ。それは心中穏やかではない。


「ウェステートさん」


「はい?」


「今日はこの部屋に泊まったら?」


「えっ?」


 あら? 唐突過ぎたかな。一人で寝るの可哀想だと思って言っただけなんだけど。


「迷惑ならごめんなさい」


「いえ! いえいえいえ! 迷惑じゃありません! いいのですか!」


「もちろん。まああなたのお爺様が許せばだけど」


「ふふ」


「ん?」


「お爺様は良いって言うに決まっていますわ!」


 ウェステートは喜んで出て行った。するとアンナが言って来る。


「いいのか? 疑いは薄まったとはいえ容疑者の娘だぞ」


「いや、いいんじゃない。私達の推理ではシベリオルはシロなんだし」


「まあ、聖女がそう言ったら聞かないからな」


 それからまもなくして、衣装ケースを持った寝巻のウェステートが俺の部屋に来るのだった。


「あの! よろしくおねがいします!」


 ヨロシクとかいわれても、とりあえず寝るだけだけど。そして俺は部屋を見渡す。


「あ…」


 よく考えたら、マグノリアとゼリス一緒に寝てリンクシルがその隣のベッドにいる。ベッドはあと二つ、ウェステートが寝るベッドが無い。


 そんな事を考えていると、アンナが言う。


「わたしは椅子でいい」


 するとウェステートが慌てて言った。


「ダメです! アンナ様もおつかれです! 是非ゆっくりしてください!」


「しかし」


 うほほ! めっちゃチャンスの時間じゃん!


「そうだよアンナ、しっかり体を休めた方が良い。今日は大変だったんだから」


「ならば、わたしは椅子で寝た方が」


 アンナの言葉を遮って、俺はウェステートに言った。


「大きいベッドがあるからウェステートさんは、そこに私と一緒に寝る?」


「えっ! えっ! ええぇ!」


「アンナも休ませたいし」


「よろしいのですか?」


「もちろん。ウェステートが嫌じゃ無ければ」


「嫌じゃありません!」


 よし! これがヒモ時代ならあっさり空振る事もあるが、聖女を疑う女はいない。ウェステートは無防備に俺と寝てくれるらしい。俺も寝巻に着替えアンナを見ると、アンナが言った。


「わたしが最後にランプを消す。先に寝て良いぞ」


「ウェステートさん。仕方がないので一緒のベッドでどうぞ」


「はい!」


 俺は望み通り、ウェステートと同じベッドで寝る事になった。そして俺がベッドに潜ると反対側から、恥ずかしそうにウェステートが入り込んで来る。

 

 恥じらっている。まるで新婚初夜だ。


 そしてその夜、俺は俺の望み通り、ウェステートの香りを胸いっぱいに吸い込んで寝る事が出来るボーナスタイムに入った。しかも二人で寝るとめっちゃ温かいし、ウェステートはプニプニしていて気持ちがいい。マジで女神フォルトゥーナに祈って良かった。


 思わず手が出そうになるが聖女という立場を思い出し、俺は精神力を最大限に振り絞ってその手を止めたのだった。


 あれ? これ寝れる?


 その時俺は気づかなかった。手を出しちゃいけない女と一緒に寝る事の辛さを。しかも仲間がいるので余計に変な事は出来ない。そして俺は悶悶とした夜を過ごす事になる。

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