第174話 取り逃がす

増援の騎士達は鎧を脱ぎ平服で裏町に潜伏した。うらびれた酒場に潜り路地裏に隠れて奴隷商の動きを見張る。俺達は角の古ぼけた宿の部屋を取り、動きが出るのを待っていた。


そしてゼリスにはドブネズミを使役させ、既に奴隷商の牢屋を監視させている。ゼリスとマグノリアが集中して部屋の端に座っていた。


 ミラシオンと騎士達は窓から外を眺め、ルクセンはどっかとベッドに座って腕組みをして目をつぶっていた。


 俺はと言えばアンナとリンクシルと一緒に、羊皮紙にこの区画の地図を描いている。


「動きがあるとすれば、三方になるね」


「普通に奴隷を引き取りに来るのか、それとも特殊な動きをするのか」


「いざとなったら、屋根伝いに奴隷商の屋根まで連れて行って」


「わかった」


 俺達が作戦を立てていると、マグノリアが俺に言って来た。


「あの、奴隷達が話をしているようです」


「何を話しているかな?」


 話の内容は、どうやら俺が病気を治癒したことについてだった。病気が完璧に治った女に、他の人らが本当かどうかを確かめている。だが病気を治したというのに、女の表情は浮かばず塞ぎこんでいるらしい。


「どうやらあの女の人は、他の奴隷にも目的を秘密にしているようだね?」


「そのようだな」


 俺達が奴隷商を出た後で、店は再び営業を再開したらしく何人かが出たり入ったりをしていた。するとゼリスが言った。


「あの男が買われた」


「あの威勢のいい?」


「うん」


 そしてゼリスが言った通り、二人の男が例の奴隷を連れて出て来る。するとミラシオンが騎士に指示を出した。


「後をつけさせろ」


「は!」


 奴隷を買った奴らは繁華街の方へ歩いて行くようだ。時間がかかるかと思いきや、まもなく追跡の結果がもたらされる。


「ミラシオン様!」


「どうだった?」


「恐らくは用心棒として、高級娼館にやとわれていきました」


「そうか」


 あの男は、そこそこ話も出来て体つきもがっしりしていたため、いい買い手がついたようだった。恐らくこれで、家族にまとまった金が届けられる事だろう。


 それからしばらくは動きが無かったが、ゼリスがまた動きを報告してくる。


「今度は女二人が売れた」


「私が治癒した女の人?」


「違う」


 今度は奴隷が出てくる前にミラシオンに伝える。


「女二人、買い手がついたようです。間もなく出てくるかと」


「わかりました」


 そしてミラシオンが騎士に指示を飛ばす。しばらくすると男らに連れられて、奴隷商から女二人が出て来た。奴隷商の檻に居た時のみすぼらしい恰好では無く、普通の服を着せられているようだ。


「奴隷って結構売れるんだね」


「需要があるんだ」


「変な人に買われていかないと良いけど」


「聖女。まさか奴隷の女の心配か?」


「まあ、出来れば悪い扱いは受けて欲しくないよね?」


「相変わらずだな」


 そしてしばらくすると、ミラシオンの部下からの報告が入った。


「女二人を連れた者達は、娼館に入って行きました! どうやら娼館で働かされるようです」


「わかった」


 俺が騎士に聞く。


「その娼館は、どんなところです?」


「普通の娼館ですね。高級とまではいかなくても、そこそこの待遇だと思います」


「そう。それならよかった」


 次に売れたのは、残った方の男の奴隷だった。既にミラシオンには伝えていたので、すぐに騎士達が尾行をする。だがその男の情報はしばらく返ってこなかった。


「どこに買われたのかな?」


「なんとなく察しはつくが」


 かなり時間が経った頃、その男の売られ先が分かった。どうやら大規模冒険者パーティーの荷物持ちとして買われたのだとか。恐らくさっきまで売られた人の中で、一番最悪な身請け先だと思う。俺もアンナも、そう言う冒険者の末路を知っていた。


「可哀想に」


「仕方がない。自分で臨んだことだ」


「まあ、そうだね。それにしても、残ったのはあの女の人一人か。何故売れ残っているのかだよね?」


「病気も治ったのだし売れ残る事は無いはずだ」


「だよね」


 ゼリスの隣に座って聞いてみる。


「残った女の人は何をしているの?」


「たぶん、祈りを捧げているようです」


 俺とアンナが顔を見合わせる。早く売れるように祈っているわけではあるまいが、きっとこれから何か不安な事があるのだ。


 ミラシオンが聞いて来る。


「最後の女はどうですかな?」


「動きませんね」


「まもなく日が暮れます。一度戻って出直しましょうか?」


「いや。続行でしょう」


「わかりました」


 そして想定通り日が暮れてしまった。そこに騎士が食料をもって入って来る。高級ホテルじゃないので、飯が出るわけでもないし頼んだところで部屋に運んでくれるわけもない。食料は自前で用意するような宿泊施設なのだ。


「ルクセン様! お持ちしました」


 食料を持って来たのはヴィレスタン兵だった。どうやらルクセンが手配していたらしい。


「皆さん。交代で食事をいたそう」


 各々にサンドウィッチのようなパンが配られた。俺が二つ取ってマグノリアとゼリスに渡す。


「ありがとうございます」


「そのまま食べれる?」


「はい。監視を続けながら食べれます」


「お願い」


「はい」


 そしてリンクシルに向かって言う。


「先にいただきなさい」


「はい」


 リンクシルが食べ始めた。ルクセンもミラシオンにサンドウィッチを渡し、窓からの監視を代わった。皆が交代で食事をしているとゼリスが俺を呼んだ。


「なにかあった?」


「フードをかぶった人が奴隷商に話をしてる。どうやら女の檻が開けられるようだよ」


「続けて」


「女がフードの人に何かを話しているようだけど、小さくてよく聞こえない」


「うん」


 集中するゼリスの側で俺とアンナも息を潜めて待つ。するとゼリスが叫んだ。


「あ!」


「どうしたの?」


「フードの人が剣を出した。女の人が逃げるみたい」


 マジか。用済みの女は殺される?


「ミラシオン卿! 証拠が消されます! すぐに騎士達に命じて踏み込んで!」


「分かりました!」


 だがゼリスが最悪の状況を説明した。


「フードの人が女を刺した!」


「アンナ!」


「ああ!」


 アンナは二階の窓をバッと開けて、俺を抱き外に飛びおりた。俺とアンナは奴隷商に走り、アンナが玄関の鍵を剣で斬る。ドガッっとドアをけ破って、俺が後から続いて入って行く。


 するとチンピラのような奴が数人立ちはだかった。


「賊か!」

「止まれ!」


 だが邪魔をされる前に俺はアンナに叫ぶ。


「伏せて!」


 アンナが伏せたので、俺は水魔法でミストを一気に飛ばした後に電撃を走らせた。


 バシィィィッ…


 一瞬建屋内がストロボを焚いたように明るくなり、チンピラたちは一斉に倒れた。それを確認したアンナが走り出し俺がその後を追う。


 バッと観覧席の部屋に入ると、数人の男らがこっちを見た。


「なんだ?」

「侵入者!」

「やっちまえ!」


 こんなところでチャンバラをやっている暇はない。もう阿吽の呼吸でアンナはしゃがみ込んでいる。俺はミストを発生させ、プラズマのように観覧席に電撃を走らせた。


 パシィィィッ!


 チンピラがその場に倒れ込み、俺達はそれにかまわず地下に降りていく。地下に着くと、俺達の姿を見た奴隷商のゼジールが慌てた顔をした。


「な、何用です!」


 次の瞬間、アンナが剣の柄でゼジールのみぞおちを突いた。


「ぐう」


 ドサリと倒れ込んだゼジールを尻目に通り過ぎ、俺達が奥の檻に着くと女が倒れており血の海が広がっている。首に手をかざすと既に脈は止まっており、息をしていなかった。数か所刺されており、完全にトドメを刺されているようだ。


 俺が思いっきり杖に魔力を貯めこむ。パリパリと音がして魔力があふれ出した。


「メギスリザレクション!」


 俺が傷に手を当てながら最上級蘇生魔法をかけた。傷が早送りのように塞がって行き、まばゆい光が女を包み込んだ。


「女神フォルトゥーナよ! ご加護を!」


 するとさらに強い光で女が輝いた。


「ゴホ!」


 息をした!

 

 女の手がピクリと動いて薄く目を開く。そこにアンナが戻って来た。


「ダメだ! 犯人はどこにもいない!」


 だがそれに答えずに、蘇生した女に更に魔法をかける。


「メギスヒール!」


 荒い息をしていたが、少し静かな息に代わる。そこにミラシオンとルクセン、そして騎士達が突入して来た。きちんとリンクシルもマグノリアとゼリスを連れて来てくれたようだ。


「すぐに屋敷に! この者を連れていきます」


「わかったのじゃ!」


 騎士達が女を運びルクセンもそれについて行った。ミラシオンと俺とアンナ、そしてリンクシル達が残って女の血痕を見つめている。するとリンクシルが言った。


「香水の匂いがする」


 俺達は血の匂いで分からなかったが、リンクシルには微かな香水の匂いが分かったようだ。


「嗅いだことある?」


「無いと思う」


「なら覚えていて」


「はい!」


 そして騎士らがゼジールを担いで出て行った。観覧席に行くと感電させた動かぬチンピラ達を、騎士達が縛り付けていた。気を失っているので、そのまま床に転がされたままだった。


「聖女。すまん、犯人を逃した」


「敵が潜伏していたら私も危なかったし。すぐに戻って来てくれてありがとう」


 そう。アンナは俺を一人に出来なかったのだ。あの時、俺は無防備に蘇生魔法を行使していた。もし敵が隠れていたらやられていただろう。アンナはそれを加味して深く敵を追わなかったのだ。


 そしてミラシオンが騎士達に言う。


「全員を牢屋にぶち込んでおけ!」


「「「「「「「「は!」」」」」」」」


 俺達は後味の悪さを感じながらも、奴隷商を後にするのだった。

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