第173話 奴隷の嘘
奴隷商ゼジールとの会話の中で、やはりドペルはここでも金をばらまいていたと分かる。一介の騎士に何故そんなに金があるのかが疑問だ。時おり来ていた怪しい人物も、はっきりとは見たことが無いらしく不明な部分が多い。
俺がゼジールに尋ねた。
「今はお客を入れてないのですよね?」
「ええ。領主様がいらっしゃって他の客を入れる事は出来ません」
「恐れ入りますが、奴隷はおりますか?」
「もちろんゼロではありません」
「見せていただいても?」
俺の言葉にゼジールだけでなく、ルクセンもミラシオンも驚いている。だが現場を見て何か分かる事があるかもしれない。
「構いませんが、その高貴な身なりであんな汚らしい所に?」
「構いません」
「わかりました」
俺達はゼジールについて部屋を出た。階段を下るとまず奥の部屋へと連れていかれる。重厚なドアを開くと、中には広く小さい観覧席のような場所が設けられていた。
「本来はここで、買い付けをしていただきます。あのステージに上げられた奴隷を品定めして買うのです。オークション形式の時もあれば、ただのお披露目のような場合もあります」
「なるほど、それで奴隷はどこに?」
「はい」
そう言ってゼジールは観客席を進んでいき、ステージの脇の部屋に俺達を通す。するとそこには地下に続く階段があり、ところどころにランプが灯されていた。ゼジールが降りていくので、先にウィレースと二人の騎士が先頭に立って、ミラシオンと俺とアンナ、リンクシルとマグノリアとゼリス、後ろからルクセンと三人の騎士が降りて来る。
念のため襲撃を受ける事を想定しての布陣だが、アンナが言うにはその危険はないらしい。
地下に降りると厳重なドアがあり、ゼジールが鍵を差し込んで開ける。
「どうぞ、検めください」
「はい」
その中は檻が何個もある部屋だった。松明が灯されており灯りはあるが、薄暗くてはっきりは見えない。それよりも臭いが酷くて、つい眉をしかめてしまう。それに気が付いたゼジールが言う。
「便所は檻の中に置いてます。一応は蓋もあるのですが臭うでしょう?」
確かにトイレに行くのに、いちいち檻を開けてトイレにどうぞってするわけにはいかない。檻に個別にトイレを設けて、そこに用を足すようにしているのだ。
男と女で分けられており、男は二つの檻に二人。女は二つの檻に三人入れられている。
ゼジールが松明を一本持って、檻の中を照らして見せてくれる。
「このように保管しておりまして、食事も一日に二度ほど与えております」
するとルクセンが言う。
「初めて見るが、良い環境とは言えんのう」
「ずっとここに暮らすわけではございません。数日も経てば皆いなくなります」
「売れ残る事は無いのか?」
「ありません。病気になっても、娼館で引き取ってくれたりします」
俺が檻を見ていると、一人で檻に入っている女がうずくまって咳をしている。するとゼジールが俺に言って来た。
「病気のようですので、他の折から隔離しています。あまり近づかない方がよろしいかと」
「鍵を開けていただけますか?」
「えっ?」
「鍵を開けてください」
「わかりました」
ゼジールが檻の鍵を開ける。鎖でつながれているので飛び出てくる事は無いが、そもそも弱っていてその気力もなさそうだ。俺はその奴隷に杖をかざした。
「メギスヒール」
シャァァァァァン!
辺りが昼間のように明るくなり、ゼジールが眩しそうに顔を背けて叫ぶ。
「何ですか!」
「治癒しました」
「なんですと?」
すると檻の中の女が立ち上がって、こっちを見ていた。ゼジールは慌てて女から離れる。
「あなたの病気は治した。どうして奴隷になったのかは知らないけど、これで仕事も出来るようになる」
「……」
奴隷の女は特に何も言わなかったが、そのまま後ろに下がって座った。俺も檻から出るとゼジールが檻に鍵をかけた。
「このような身分の低い者に慈悲をくださるとは」
「辛そうだったから」
すると檻の中の男が声をかけて来た。
「おい。俺はいつ売られるんだ? 今日じゃないのか?」
するとゼジールが棒で檻をカンカン! と叩いて言う。
「領主様がいらっしゃってるのだ。口の利き方に気を付けろ」
「ん? 領主様が俺を買ってくれるのかい?」
「馬鹿者! 領主様が奴隷など買う訳なかろう!」
「なーんだ。そうか」
奴隷にしては随分、肝が据わっている男だ。するとミラシオンが気になったのか、男に尋ねた。
「お前は、なぜ奴隷なんだ?」
「まあ…金だよ。俺を売った金は家族に送られることになってる」
「なに…家族持ちだと?」
「まとまった金が要るんだよ」
「なぜだ」
「あんたが買ってくれんのか?」
「いや」
「なら、なんも言わねえ」
なかなかに違和感がある。俺も興味を持って男に聞いた。
「腕がありそうだけど、冒険者とか用心棒って言う選択肢があったんじゃない?」
すると奴隷の男は俺を睨みつけて言う。
「なんだぁ? この女ぁ…。ていうか、べらぼうに別嬪じゃねえかよ! こんな美人な女も奴隷を見に来るんだなあ」
するとアンナがピクリとする。俺はアンナが手を出さないように、軽くスッとアンナの前に手をかざす。
ガン!
だがウィレースが足で檻を蹴っていた。
「お前ごときが、そのような口を聞いて良いような御方ではない!」
それをミラシオンが制した。
「ウィレース! やめろ!」
「しかし」
ミラシオンがゼジールに言う。
「騒がせた」
「いや、問題ないです」
そしてミラシオンが俺に言う。
「聖女様。まだなにかございますか?」
「もう一つだけ」
俺はアンナに近寄っていく。
「私が聞くから皆を確認していて」
「わかった」
そして檻の真ん中に立って、奴隷達に声をかける。
「ドペルと言う名を知ってる人はいる? もし知っていれば手を上げてほしい、何か情報を持っている人はいるかな?」
だが誰も声を上げなかった。そして俺は皆に言った。
「もう結構です。では上に上がります」
俺達はゼジールについて再び応接室へと戻った。ゼジールはこれ以上何も知らないらしく、俺達は一度奴隷商を後にする事を決めた。だが奴隷商を出てすぐに、俺とミラシオンとルクセンが話し合う。
「見張りを立てましょう」
「うむ。アルカナ共和国との接点がありそうじゃな」
「そうしましょう。ウィレースよ!」
「は!」
「二人つける。お前達は一旦ここを見張れ」
「「「は!」」」
そして俺がルクセンとミラシオンに言った。
「ゼジールも胡散臭いですが、奴隷に隠し事をしている者がおります」
するとミラシオンが聞いて来る。
「あのふてぶてしい男ですか?」
「違います」
「では?」
「私が傷を治した女です」
「なんと」
「まずは一度泳がせてみた方がよろしいかと」
俺達はウィレースと騎士二人にその場を任せ、ミラシオンが一人の騎士に十人ほど増援を連れてくるように指示をする。そしてルクセンが周りを見渡して言った。
「あの角の宿屋を借りよう」
かなりボロな宿屋ではあるが、真っすぐに奴隷商が見渡せる場所にある。それを聞いたミラシオンがもう一人の騎士を走らせた。俺達はそこで張り込みをすることにしたのだった。
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