第172話 奴隷商の捜査

 俺達は裏町の更に奥、スラム街に足を踏み入れた。領主が来るような場所ではないが、捜査の為にやむを得ず訪れたのだ。本来は騎士達を使って、地域ごと一斉に取り調べをすればいいのだろうが俺達はそうしなかった。


 裏町の通りを進む俺達の集団は明らかに異質で、通りに人がいないものの視線を感じる。恐らくは建物の影や二階からのぞいているのだろう。


 アンナが俺に言う。


「見られているな」


「敵とか?」


「いや。敵対している感じはなく、むしろ警戒していると言った方が良いだろう」


「まあお偉いさん達が来たらびっくりするよね」


「そんな感じか」


 そして俺達は一つの店の前で立ち止まった。周りは汚い娼館やスラムの住居が並んでいるが、ここだけはまずまず立派な佇まいだった。三階建ててしっかりした作りとなっている。


「入るとするか」


「はい」


 ルクセンとミラシオンが扉を叩き、中から人が出てくるのを待った。すると少し長めの時間を経て、中から明らかに血色が悪く嫌な目つきの男が出て来た。俺達の姿を見てとたんに態度を改めて聞いて来る。


「なんと! このような所に領主様がいらっしゃるとは」


「うむ。ちょっと話を聞きたくてな」


「は、話しでございますか?」


「うむ。入るぞ!」


「へっ、あ、はい!」


 ルクセンが強引に中に入ると、男も慌ててついて来る。そして血色の悪い男がルクセンに言った。


「主を呼んで参ります」


「うむ」


 ルクセンがドカッ! と椅子に腰かけたので、俺とミラシオンも空いている椅子に座る。そしてミラシオンがルクセンに耳打ちした。


「あからさまでしたかね?」


「いや。このくらいの方が威嚇にもなるじゃろ」


「まあ、そうですね」


 しばらくすると、シルクハットをかぶった老紳士のような男が出て来た。


「お初にお目にかかります領主様。この奴隷商を運営しております、ゼジールと申します」


「うむ。ゼジールよ、聞きたいことがあってやって来た」


「何なりとお尋ねください。私奴の答えられる事でございましたら、全てお答えいたしましょう」


 少し緊張の影が見えるが、落ち着いて対応している。おそらく海千山千はお手のものなのだろう。


「まあそんなに緊張するな。別に奴隷商を取り壊しに来たわけでもないのじゃ」


「私共はまっとうに奴隷を販売しております。何か嫌疑などをかけられているのでございましょうか?」


「違う。聞きたい事と言うのは他でもない、第四騎士団副団長のドペルについてだ」


 するとゼジールはピクリと眉を動かした。恐らくは何かを知っているのだろう。


「はあ、副団長様の事でございますか?」


「こちらに出入りするのを目撃したという証言が取れておる」


「…ああ! そう言えばいらっしゃったことがありますね」


 多分しらばっくれようとしたが、裏が取れているのを知って素直に言う事にしたようだ。


「何をしに来たのじゃ?」


 ゼジールは一瞬間を開けて話し出した。


「商談で御座いますね」


「商談じゃと?」


「はい」


「副団長が奴隷商に何用じゃったかの?」


「それはお客様の事ですのでお話しするわけにはいきません」


 だがルクセンはギッとゼジールを睨んでいった。


「ドペルには反逆罪がかけられておる。奴は逃亡したが、もし奴を庇いだてするとなれば反逆罪に問われるぞ」


 その言葉を聞いたゼジールの顔色が一気に悪くなった。


「ドペル様が逃亡? どういうことで?」


「詳細を話す事は出来んが、我々の手の届かぬ所へ逃げたのじゃ」


「なんと…」


 そしてルクセンがもう一度ゼジールに向き直って、真っすぐ見つめて言った。


「ドペルは何をしていた?」


「……」


 しばらくゼジールは黙っていたが、観念したように話をしだした。


「大金を頂いておりましたが、お逃げになったのであればもうお庇いだてする必要は無くなったという事ですね」


「大罪人だ。庇いだては不要」


「わかりました」


 するとゼジールは立ち上がって使用人に言った。


「店じまいだ。表の鍵をかけて店じまいの札をかけろ」


「へい!」


 ゼジールが振り向いて俺達に言う。


「このような店頭で話す内容でもございません。是非とも奥の応接室にどうぞ」


「うむ」


 そして俺達は二階に上がり、ゼジールから応接間に通された。そして使用人に言う。


「誰も入れるな」


「はい」


 応接室のドアを閉めて、俺達に座るように言う。


「恐れ入ります領主様。最初に話しておくべき事が御座います」


「なんだ?」


「私はドペル様。いえ、ドペルに脅されておりました。ここで起きたことを、ばらせば殺すと」


「ほう。どのような?」


 しかしゼジールが口をつぐみ、次の言葉を発せないでいた。それを見たルクセンがゼジールに言う。


「反逆に加担するような事をしていれば、死罪を免れるようなことは出来ぬぞ」


「いえ! 決して反逆の意思などございませぬ!」


「ならなんだ?」


ゼジールが少したじろぐが、観念したように話し始める。


「恐れ入りますが、奴隷商と言うものは清廉潔白ではありません。アコギな取り立てから奴隷を買い取ったり、他国の孤児を買い取る事もございます」


「そのような事はおおよそ知っておる」


「それは助かります…。それでドペルに言われた事は次の通りです」


「うむ」


「アルカナ共和国の奴隷商人を紹介しろと。それであちらの国から奴隷商が売りに来た時に橋渡しをしました」


 なるほどね。友好国面したアルカナ共和国にここで繋がるわけか。


「アルカナ共和国の奴隷商?」


「はい。友好国ですし、問題ないかと思いますが?」


 確かに末端には伝わっていないだろう。だが実は裏で糸を引いている仮想敵国認定されたところだ。表だって国交断絶の公表はされていない為、ゼジールはそれが国の利に反しているとは思っていない。


「つづけよ」


「はい。それでアルカナからの奴隷商が来た時に繋いでおりました。しかし話には混ぜてもらえず、私はドペルとアルカナの奴隷商が何を話したかを知りません」


「なるほど」


「ドペルは奴隷も買わずにアルカナ共和国の奴隷商と話をしただけで、金貨十枚を置いて行かれました。そして次に来た時も同じように。奴隷を売るより金になりましたので上顧客となってました」


 俺とミラシオンが顔を合わせて頷いた。恐らくここの奴隷商は、アルカナ共和国との内通の場に使われていた。もしかしたらと思い俺が聞いてみる。


「ちょっとよろしいですか?」


「はい」


「ドペル副団長だけでした?」


 ゼジールの額から汗が噴き出て来る。間違いなく他にもいたという事だろう。


「あ、あの」


「はい」


「他にもおりました。ですが深くマントをお被りになっていて、はっきりと顔を見たことはございません。ですがその佇まいと香りから、高貴な身の方だと分かりました」


「香水をつけていたと?」


「そう思います」


 女か? 一体だれだ?


「なるほど、他には?」


「特には。後はめぼしい奴隷をと言われた事もございまして、奴隷をお売りしたことも御座います」


「奴隷?」


「はい。見た目の良い少年の奴隷をお買い求めになって行きました」


 見た目の良い少年をねえ。まあ想像はしたくないが、恐らくはある用途の為に買ったのだろう。少しだけ謎の人物の影が見え始めたのだった。

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