第170話 ギブ&テイク
司教の話では、ヴィレスタンの教会はまともに機能しているようだ。そして孤児院の運営もやっているという情報を耳にする。司教の話が終わる頃、ぼちぼち市民が教会に集まり出して来た。俺が言った通り、修道士達が街に出向いて怪我や病気を診ると話し回ってくれたみたい。
俺は司教に数日間、教会で民の治癒をする事を伝える。
「夕刻まで行います。市民には並ぶように伝えてください」
「はい。治療費等の請求はどのように致しますか?」
「無料です」
「はい! わかりました」
最初のおばちゃんが目の前の椅子に座った。
「どこが悪いのですか?」
「左手の指が曲がらなくなってしまって」
俺が手を取ってみると、仕事のしすぎで腱鞘炎になっているようだった。俺は自分の手でおばちゃんの手をはさみ、治癒魔法をかけてやった。俺が手を放すと自分の手を不思議そうに見ている。
「ああ…なんとすばらしい。手が普通に動きます。これでまた裁縫の仕事が出来ます! 聖女様ありがとうございます!」
「あなたに女神フォルトゥーナの加護がありますように」
おばちゃんが立ち上がり、次に厳ついおっさんが座った。
「どうしました?」
「作業中に転んじまって、腕がぼっこりと腫れちまったんだ」
なるほど折れてる。俺はその患部に手を当てて治癒を施した。
「ありがてえ! もと通りだ!」
「あなたに女神フォルトゥーナの加護がありますように」
ルクセンとウェステートは物珍しそうに俺が治療するのを見ている。治療された人らは恩義を感じ、ルクセンとウェステートにお礼をしていた。
やはり俺の想定通り。
俺はウェステートを呼ぶ。
「ウェステートさん」
「はい」
「この機会に、直々に市民に聞くのが良いと思う。お父さんやお母さんの事何か知っている人がいるかもしれないから。ルクセン卿にも伝えて」
「は、はい!」
「ウィレースとリンクシルとマグノリアも手伝ってあげて」
「は!」
「はい!」
「わかりました」
そして俺は修道士を呼びつけた。
「いいですか?」
「はい!」
「領主様がお話をなさっていますので、羊皮紙に書き記しなさい」
「わかりました! 紙とペンを用意しましょう!」
そこから流れ作業が始まる。俺が治療をし皆が市民に情報を聞き出す。市民も自分が治療してもらっているという恩がある為、真摯に答えていた。
俺はただひたすら患者を診て治癒をするだけ。次々に治療していくうちに、ほとんど情報は取れなかったもののいくつか関連性があるかもしれない話が聞こえて来る。
俺達は昼食も取らずに夕方までその作業を続け、そして教会が閉まる時間となった。並んでいる市民はまだいたが、修道士がまた明日来るようにと告げている。
「ふう」
俺がため息をつくとアンナが言った。
「お疲れ様」
「さすがに一日は疲れるね」
「だけど、なかなかいい情報もあったようだぞ」
「本当? それなら良かったけど」
司教は終始ぺこぺこと頭を下げ恐縮しまくっていた。もちろん教会で人の治癒をする際は、全くの無料とはいかないのだが俺はいつもの通り無料とした。ただ遊んでいるわけにはいかないと思ったので、思いついたのがこの作戦だ。
ルクセンが俺に言って来る。
「聖女様。大変世話になってしもうた。市民の治癒をしてくださった上に、我々の捜査協力までしてくださるとは」
「ただ聞いたところでまともには答えないでしょうけど、体を治癒してもらえば口も軽くなります」
「全くその通りじゃった。厳つい騎士達が訪問したところで嫌がる市民もいただろうが、快く答えてくれたのじゃ」
「で、いかかでした?」
「うむ。時おりシベリオルを見かけたという市民がおった」
「ほう。それはどちらで?」
「まああちこちじゃな。シベリオルも家に籠っていたわけではないのでな、じゃがドペルと一緒におったと言う証言が一つ」
そりゃ重要証言だ。まあ第四騎士団の副団長が領主の息子と会っていても何ら不思議ではないが、全くの接点がないというわけではなさそうだ」
「何か掴めそうでしょうか?」
「そう言う事でもない。ただ街中で立ち話をしとったのを見かけただけじゃからのう」
なるほど。
「わかりました。とにかく情報は多い方が良いので、明日も引き続きやります」
「なんと! 明日もしてくださると?」
「ええ」
するとルクセンが司教に向かって言った。
「すまんが明日は文官を連れて来る。今日は修道士を借りてしまってすまなんだ」
「何をおっしゃいますか領主様! これも聖女様と女神フォルトゥーナ様の思し召し。きっと良いことが起きる前兆でございましょう」
「そう言ってくれると助かるわい」
司教に挨拶をすませた俺達は、領主邸に戻って来た。するとルクセンが急いでメイド達に指示を飛ばす。
「聖女様は休憩も取らずに、我々の為に身を削ってくだすった! 盛大におもてなしをするように!」
「「「「「はい!」」」」」
「聖女様は何か食べたいものなどおありですかな?」
「お肉を」
「わかりました!」
わりいね。
その夜の夕食はひときわ豪華になり、アンナもリンクシルも腹をパンパンにしてご満悦だった。二人は食事の後で庭で体を動かすと言って出て行く。アンナが遠征先で俺を離れるのは珍しいが、ルクセンが側にいれば守れると踏んだらしい。
だが…爺さんと一緒に居るのは辛い。ウェステートが笑顔で俺の応対をしてくれるのだけが救いだった。とはいえアンナ達もウォームアップしておかないといけないので、俺は我慢して爺さんにニコニコと笑いウェステートには本当の笑顔を向けるのだった。
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