第164話 職権乱用

 第四騎士団の砦は重苦しい雰囲気に包まれていた。副団長のドペルの裏切りにあいリューベンの責任問題にもなるだろう。そしてメリューナ殺害事件の深層も闇の中に埋もれてしまった。ウェステートの父親であるシベリオルの行方も分からず、捜査は八方塞となってしまう。


 砦に設けられた会議室にいるのは、俺達聖女組とミラシオンそしてルクセンとウェステート、後はリューベンがうなだれて席に座っている。第四騎士団の騎士達はここにはおらず、まだ事件の詳細を知らないでいる。


 ミラシオンが言った。


「リューベン君。責任問題だそ」


「はい、わかっております」


 それにルクセンが言った。


「まあミラシオンよ、今はそれを話している時ではない。副団長のドペルが東スルデン神国に逃げたという事を王都に知らせる必要があるが、先に騎士団の聴取が終わらない事には真相がわからない。それにリューベンの進退問題は、事件解決の後でも良かろう。どうだリューベンよ、皆に任せたまま責任だけをとるというのはお前も収まらんだろう」


「は! もし、お許しいただけるのでしたら、捜査に参加させていただきたく思います!」


「どうだろう? ミラシオン」


「やぶさかではございません。それに第四騎士団員の事情聴取にはリューベンは居てもらった方が良い。もしかすると騎士団の中にドペルに加担していた者がいるやもしれません」


「ワシも同意見じゃ」


「は!」


「ミラシオンとわしの兵が第四騎士団を束縛しているが、そのうち不満もでるやもしれん。また時間を与えれば不穏分子が何かをしでかすかもわからんぞ」


「すぐに、全ての騎士の取り調べを行いましょう」


 それを聞いて俺は思う。


 だよなあ。これから全員つー事は、こりゃ今日は徹夜になりそうだ。美容にも悪いし、ずっと男達の顔を見て尋問するのかあ…やだなあ。


 するとアンナが俺の腕を肘で小突いた。そしてこっそり耳元でささやく。


「聖女。嫌そうな顔をするな、落ち込んでいるのはあの男だ」


 確かに。リューベンはこの世の終わりのような顔をしている。俺達が追い詰めたのだから、最後まで責任を負って仕事をしなければならない。


「分かってる。もちろん仕事はする」


 そして俺達に向かいミラシオンが言った。


「では、聖女様。申し訳ございませんが、これから取り調べを行いますのでお付き合いください」


「もちろんです。十分話を聞いて証拠固めをいたしましょう」


 男と話すのなんてヤダけど。


 そのまま厳粛ムードの中で取り調べが始まる。机の前に俺とミラシオンとルクセンが並んで座り、その周りをアンナ以下聖女チームと騎士達が囲む。砦の周りもがっちりとルクセンとミラシオンの兵が囲っており、武器庫も全て領兵が見張りを立てていた。第四騎士団は完全に拘束されたのだ。


 リューベンが目を血走らせながら言う。


「入れ!」


「は!」


 そして最初の騎士が入って来た。俺達三人と脇に座るリューベンの前の椅子に座る。ミラシオンが険しい表情で騎士に言った。


「今、第四騎士団には国家反逆の疑いがかけられている! その意思があるかどうかを聞かせてもらう事になる!」


 すると騎士が驚いたような表情になって、リューベンを見た。するとリューベンも残念な表情になって言う。


「すまないが、俺も疑うつもりはない。だが…ドベルが裏切った」


「ふ、副団長がでありますか!」


「そうだ。俺達の追跡を振り切って、東スルデン神国に逃げ込んだのだ」


「嘘ですよね…」


「嘘ではない。私もこの目で見た」


「……」


 騎士はショックを受けている。そして騎士にルクセンが聞いた。


「我が娘、メリューナの殺害容疑がかかったまま逃げたのだ。分かっている事や気づいていることがあるなら教えてくれ」


「お言葉ではございますが! そのような話は聞いた事が御座いませんでした! メリューナ様の死因についても聞き及んでおりません! それにドベル副団長とはそれほど親しく話したことが御座いません!」


 だがミラシオンが厳しく言う。


「そうであろうとは思う。だがそれを真っすぐに信じれない状況だという事も分かってくれるな? ひとえに騎士団長であるリューベンの責任によるところは大きいが、それを気づかないでいた者にも責任がないわけではない」


「それは…そうだと思います。ですが、私は故郷に妻と子供がいる身です。そのような裏切りに加担して何もいい事はございません。信じていただく証拠などはございませんが、徹底的に調べていただければ分かると思います」


 そして俺は後ろに座っているアンナを見た。するとアンナが俺に耳打ちをしてくる。


「あの表情と声。嘘は言っていない、恐らくはこいつは違う」


「わかった」


 こそこそ話を終えて、俺はミラシオンの耳に入れる。


「ミラシオン卿、この人は嘘を言っておりません。これ以上の聴取は無意味かと」


 ミラシオンが頷いて行った。


「君! これからも王国の為に剣をふるうと誓うか!」


「は! 私の剣は全て王国の為、そしてルクスエリム陛下の為にあります!」


「わかった! さがってよし! この聴取の事を他の者に話さないように、食堂に待機するように! 領兵! つれていけ!」


「は!」


 最初の騎士は領兵に連れられて、食堂へと連れていかれた。


「次の者!」


「は!」


 そして次の騎士が入って来る。


 きっつぅ! これをずっとやるの? 


 俺がなんと思おうと結局はやる羽目になる。百人ほど聴取しても、おかしな奴は出てこなかったが既に三時間は経過している。疲れてへとへとになっている俺を見てミラシオンが言う。


「休憩をはさみましょう。一旦軽い食べ物と飲み物を」


 ルクセンも申し訳なさそうに言った。


「うむ。用意させよう」


 俺がニッコリ笑って言った。


「そして騎士達にも、体力が持ちません」


「うむ」


 小休止に入り俺は深くため息をついた。ミラシオンが俺に言う。


「慣れない尋問に疲れた事でしょう。第二騎士団に続き第四騎士団もですからね、さらにここにきて怪しい人物が現れたとあっては気がやすまらない。聖女様はお休みになった方が良い」


 なんだなんだ? いきなり優しい言葉かけて来やがって。俺に優しい言葉をかけていいのは、アンナとミリィとスティーリアとアデルナとヴァイオレットとマグノリアとリンクシルとメイド達と…ソフィアだけだ。あ、でもウェステートとビクトレナ王女もいいかも。


 みんなの顔を思い出すだけで安らぐわぁ。危険だから連れて来れなかったけど、聖女邸のみんながいてくれたら耐えられるんだけどなあ。


 俺は別室に通されて、聖女邸の面々とお茶の準備をしてもらう。


「はあ…これからずっとだよね?」


「仕方がない」


「アンナがいてくれるから何とかなってるけど、正直むさくるしい騎士の相手はもう嫌だ」


「そう言うな。王、直々に頼まれたのだから、聖女の目的のためには必要な事だ」


「分かってる。ちょっと愚痴ってしまっただけ」


 するとマグノリアが言う。


「聖女様! もっと楽に考えましょう! きっとこれが終わったら良いことが待ってます!」


「マグノリア…」


 それを聞いてリンクシルも言う。


「そうです! 聖女様は本当は人を疑いたくないのですよね?」


 そんな事はない。男なんて全員疑ってる。


「そう言う事でもないけど」


「でも、聖女様を狙う犯人を捜すという事にもつながるのですよね?」


 確かに。


「そうだね」


「ならば聖女様のペースで良いのではないですか? 日にちがかかったとしても辛かったら聖女様の権限で一時中断、続けられるのであればやれるだけやる。私は聖女様がスケジュールを、お決めになって良いと思います!」


 ん? そうかも。ルクスエリムの次に特権を持ってるんだから、そのくらいやっても誰も文句は言えないかもしれない。


「そうかな?」


 それを聞いたアンナが言う。


「リンクシル。お前良いこと言うな! わたしもその通りだと思う」


「そう?」


「間違いない、権限は行使したいところで行使すればいい」


「わかった。じゃあ、そうしてみようかな?」


「そうしよう」


 俺はクッキーをつまみお茶を飲みながら考えた。一人一人やるから大変なのであって、もう少しまとまった数でやった方が良さそうだ。


「アンナ」


「なんだ?」


「嘘を見抜くなら何人まで? 一人一人じっくり見る必要ある?」


「そうだな…十人を集めて一人一人質問をすれば分かるだろうな」


「それで抜けは?」


「ない」


「了解」


 休憩が終わると俺達は会議室へと呼ばれた。すぐに俺は皆に提案をする。


「すみませんが席の位置を変えたい。ミラシオン卿とルクセン卿が前に、私はその後ろに座らせていただいてもよろしいですか? それだと全体が見渡せますので」


 と言うよりもむさくるしい男から距離を置きたい。そして聖女邸の面々に囲まれながらやりたいと言うだけだけど。


「いいでしょう。全体が見渡せた方がより良さそうだ」


 ミラシオンが納得してくれた。


「そして、十人ずつの面談に切り替えます。一人一人に声をかけてはいただきますが、その方が嘘を見破りやすいのです」


 ルクセンが言う。


「なるほど。聖女様がそうおっしゃるのならそうじゃろ、わしは問題ないと思う」


「私もそれで」


 決まった。そして再度事情聴取が始まるのだった。もう夜になって皆も疲れていると思うが、とにかく俺は俺のやりやすいようにやらせてもらおうと思うのだった。

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