第163話 国外逃亡
副団長ドペルの部屋やトイレなども全部探したが、毒そのものを見つける事は出来なかった。物的証拠もなく証言も取れなければ、嫌疑をかけても立件する事は難しかった。だが逃げてくれた事によって、怪しさが増したため問い詰めやすいだろう。
俺達が待っていると 騎士団長のリューベンが騎士を連れて戻って来た。しかしその顔は険しく、思った結果が得られなかったのだろうと分かる。
リューベンが俺の前に跪いて謝る。
「申し訳ございません! ドペルが見当たらないのです」
「逃げましたか?」
「ドペルが何か不正を行っていると?」
すると隣のミラシオンが怒気をはらんだ声で言う。
「日々の管理がなっておらんのだ! ただ敵国からの進入を防ぐだけが仕事ではないのだぞ」
「は!」
そしてミラシオンはルクセンに言った。
「ルクセン様。仕方がありません! 我が兵とルクセン様の兵でドペルを捜索いたしましょう」
「うむ」
二人が動き出す前に、俺が慌てて声をかける。
「あの! 西へ! 東スルデン神国との国境へ向かいましょう!」
俺が言うとリューベンが不思議そうな顔で言った。
「ドペルが、そちらに向かったという確証がおありなのですか?」
「話は後で! 急いだほうがいい!」
ルクセンが言う。
「聖女様! 他に逃げていれば取り逃がしますぞ! 周囲に捜査網を拡大しましょう!」
間違いなくドペル副団長は国外に逃亡する。東スルデン神国か、そのまた向こうのアルカナ共和国へと。その前に捕まえないと捕まえる事が出来なくなる。
皆の意見がまとまらないので、俺は嘘をつくことにした。
「女神フォルトゥーナのお導きです。急いでください!」
「わかりました!」
「うむ!」
「は!」
三人ともが俺に頭を下げて、すぐに言う事を聞いてくれた。まるで水戸黄門の印籠のように絶大な女神の言葉の力、最大限に利用したほうがいいと思う。うん。
リューベンが言った。
「各所に検問所があります! どこかで追いつくやもしれません! 急ぎましょう!」
早急に追跡隊の招集がかかり、俺達も含めた騎馬隊が編成される。とにかく時間との勝負、三十馬ほどが集められ俺はアンナの駆る馬に乗った。もう一つ馬が用意され、マグノリアが操りリンクシルとゼリスも一緒にまたがる。マグノリアはヒッポみたいな魔獣だけを操るわけではないらしい。
「出発!」
ミラシオンの掛け声と共に騎馬隊が出発した。よせばいいのにウェステートもついて来ている。しかも貴族の娘らしく一人で馬に乗れるらしい。
砦を飛び出し、騎馬隊は出来る限りのスピードで馬を走らせた。十五分ほど馬を走らせたところに一つ目の検問所が見えて来る。
先頭を走るリューベンが叫んだ。
「何かがおかしい! 全隊警戒を!」
さっきまでのだらしない感じはどこかへ消え、騎士団長らしく判断も早い。そして俺達が検問所に到着した時、目に飛び込んできたのは想像を超えた風景だった。
「なんと…」
検問所の騎士達があちこちに倒れている。皆が馬を降りて、倒れた騎士に声をかけるが皆死んでいた。
「こっちもだめだ!」
「くそ!」
「とにかく急ぎましょう!」
俺達は第二検問所を過ぎて、国境沿いに急ぐ。
「国境の検問所は大きい! 人数もおります! なんとか引き留めてくれているはずです!」
皆が黙って馬を走らせる。そして最後の検問所が見えてきた時、そこで戦う騎士達が見えた。
「まだ戦っているようだ!」
視線の先では騎士と対峙している奴がいる。騎士に囲まれてはいるものの、かなりの数の兵士が辺りに倒れているようだ。間違いなく手練れで、剣の腕が立つらしい。
「あれがドペルです!」
俺達が近づいた事で、ドペルと呼ばれた男は慌てて周りの騎士を斬る。恐らくこのまま俺達が到着するまで、逃げ切る事は出来ないだろう。
「捕まえろ!」
皆が叫んで、そのまま馬で突撃しようとしていた時だった。検問所の奥から数頭の無人の馬が突撃してくる。戦う騎士団の所に乱入し一瞬ドペルの姿が見えなくなった。
「イカン!」
ルクセンが叫ぶ。俺達が見ている先で、馬に乗った男がドペルの首根っこを掴んで持って行くところだった。
「国境を越えさせるな!」
俺達の馬がそのまま騎士達を通り過ぎ、門を超えていくとドペルは男に連れられて先の門をあっさり超えてしまった。その門の向こう側に、大勢の東スルデン神国の兵士が槍と剣を持って立ちはだかった。
やむを得ず俺達の騎馬隊が直前で止まる。すると東スルデン神国の騎士が大声で叫んできた。
「止まれい!」
俺達はドペルの背中を見つつも、そいつに従うしかなかった。
ミラシオンが東スルデン神国の騎士に叫ぶ。
「今通った者は、わが国で殺人の嫌疑がかけられた者である! 速やかに引き渡しをお願いいたしたい!」
すると東スルデン神国の騎士が言った。
「正式な手続きを踏んでいただきたい! ヒストリア王国と我が国は国交を閉ざしているはず! 乱暴な物言いはやめていただこう!」
「あなた方の国に何かをするわけではない! 我が国の容疑者を引き渡していただきたいだけだ!」
「申し訳ないが、正式な手続きを踏まねば応じる事は出来ない! 我が国に兵を率いて何をするものぞ!」
「いや! 貴国と揉めるつもりはないのだ!」
「話は以上である! 正式な手続きをしてから来られるがよい!」
俺達の視線の先では、ドペル副団長がにやにやしながらこちらを見ていた。それに対し、リューベンが大声で叫ぶ。
「ドペル! 戻れ! 貴様! 我々を裏切るつもりか!」
「……」
ドペルは答えない。第四騎士団の奴らとは違い、ドペルの身だしなみはきちんとしていて鼻の下と顎に綺麗な髭が切りそろえられている。細めの目でリューベンを笑いながら見ているだけだった。そいつが笑うと、目が半円状になり山を描くようになってとても不気味だった。
「ドペル! 貴様! 何をしているか分かっているのか!」
するとドペルがようやく口を開いた。
「リューベン。今まで馬鹿みたいに国境を守ってご苦労だったな、まあこれからも実直に任務に励んでくれ。俺はいくからよ」
「なっ! 何を言っている!」
「本当に馬鹿だな。まあお前は田舎の騎士団がお似合いだよ」
「くっ! 戻れ! 叩き斬ってやる!」
「じゃ、せいぜい頑張れや」
そしてドペルは用意されていた馬に乗って、東スルデン神国内部へと立ち去って行った。東スルデン神国側の関所の大きな門が音をたてて閉められ、俺達はしばらくその場で呆然とするのだった。
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