第162話 尻尾をつかむ
第四騎士団の屯所は、男所帯って感じが際立っていて汚い感じがする。アルクスのカルアデュールにある砦とはまた雰囲気が違った。第二騎士団の屯所よりもさらに、むさ苦しい男達がウロウロしていて早く帰りたい。
すると第四騎士団長リューベンが言った。
「こられると分かっていれば、皆も身だしなみを整えていたところです。身だしなみに無頓着な奴らばかりでして、誠に申し訳ないです!」
「はは、仕方がないです」
だが仕事は仕事なのでやり遂げなければ。
「まずは第四騎士団で集まれる人を集めてもらえます?」
「は!」
招集がかけられ騎士団員が何事かと集まって来た。皆がそろったところで、ミラシオンがルクスエリムの書簡を広げて読む。初めての事に、皆は神妙な面持ちで聞いていた。
「ルクスエリム陛下の命をうけて、各騎士団の視察を行っているところである! 今回は第四騎士団の監査となるが、その前に!」
なんだなんだ? 書簡をそのまま読むんじゃないのか?
「騎士たる者! 常に身だしなみに気を付け、市民の模範であるべし! いつ聖女様の訪問があるか分からないのであるから、無精ひげやぼさぼさに伸ばした髪の毛はいかがなものか!」
なるほど、カルアデュールの砦の騎士が小奇麗なのはコイツのせいか。
皆が慌てて髪を束ねたり撫でつけたりしているが、どうする事も出来ないだろう。もちろん俺もミラシオンに賛成で、もっと小奇麗にしててもらわないと臭くて仕方がない。
第四騎士団長のリューベンがミラシオンに謝罪した。
「申し訳ございません。騎士団長の私の責任でございます!」
「コホン! では続ける」
それでも怒られた奴らはふてぶてしく、最前線の兵士と言う感じがありありと出ている。
「事務所と倉庫の検め及び全員の面談を義務付けられておる! 二日に分けての作業となるため、くれぐれも協力を惜しまぬようよろしく頼む」
シーンとなった。
やっぱり…やましい所でもあるのだろうか? シロかクロかは分からんが、微妙な空気で掴みづらい。
リューベンが慌てて騎士達に言った。
「伯爵様のおっしゃる通りだ! 皆! 協力してくれ! もちろん俺も面談をするんだ!」
「まあ、騎士団長が面談するなら仕方ないですよ。やりますよ」
「ていうか、何をしゃべったらいいんです?」
「監査ってなんです?」
ざわざわしているのを、ミラシオンが咳払いをして止める。
「コホン!」
シーン。
「本日は事務所および皆の部屋、そして倉庫を検めさせてもらうぞ!」
いきなりよそ者が来て、自分らの台所事情をかき回されるのは嫌だろう。なんとなく皆が嫌そうな顔をしている。見かねて俺が前に出た。
「皆さん。突然の来訪申し訳ありません。聖女のルフラ・エルチ・バナギアです」
すると皆の目線が俺に釘付けになった。ざわつきも収まり、むしろ凝視しているその目線に俺は腹が立ってくる。髭面ざんばらの男達が、ただただ俺を見つめているのだ。
あんまじろじろ見んじゃねえよ! キモい! 減るだろ! クソが!
そして薄っすら笑顔を浮かべて言う。
「よろしいでしょうか? 本日は施設の査察を行う予定です。ミラシオン伯爵がおっしゃいましたが、身だしなみは特に問いません。ですが散らかっていると、どうしても作業が遅れてしまいます。出来ましたらお手伝いいただけると助かるのですが」
すると一瞬息を飲んだ第四騎士団は、次の瞬間バカでかい声で返事をした。
「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」」
えっ? えっ? なに? こわい! 食われる! オエ!
「ですが…、私もミラシオン伯爵と同じで、身だしなみにこだわらない殿方はどうかと思います。騎士たる者、カッコよくいていただかねばと思います。勝手な私の意見ですので、どうかお聞き逃し下さいませ」
いや! 聞き逃すなよ! 風呂に入って綺麗にしろ! くせえから!
「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」」
あれ? やっぱミラシオンの時と違う、やたら素直に返事してくるんだけど。まあいう事を聞けばなんでもいいか。
最後にルクセンが言った。
「前線を守る兵よ! ご苦労である! 皆の頑張りは我も良く分かっておる! 此度は突然であったが快く協力を惜しまぬように頼む!」
シーン。
あれ? まためんどくさいみたいな顔になった。俺がまた前に出て言う。
「と言うわけでよろしくお願い申し上げます!」
「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」」
なんか知らんけど、俺と騎士団長の言う事はきくらしい。まあ、それならそれで。
いよいよ監査が始まるが、何故かぞろぞろと第四騎士団達が付いて来た。それに対してミラシオンが言う。
「必要な時は呼ぶ! 待機していてくれ!」
シーン。
俺が言う。
「そう言うわけです。大勢いても仕方がないので、待っていてください」
「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」」
馬鹿なの? こいつらはなんで俺の言う事を聞くようになってんの? 俺は隣にいるアンナにうえっ! っていう嫌な顔をしてみせた。するとアンナが俺の耳にこっそりいう。
「我慢だ。おかげで作業が早く進むぞ!」
「でも! なんか私をジロジロみてるんですけど!」
「仕方がないだろう。こんなむっさいとこに絶世の美女が来たら、こういうふうになるのは目に見えている」
「そんな奴らの所にいて、私、大丈夫?」
「大丈夫。聖女に一本でも指を触れた奴は腕ごと斬り落とす」
「ほんっとにお願い!」
「分かっている」
その会話をこっそりウェステートにも聞かれてしまった。ウェステートは引きつりながらも微笑みを返してくる。
イカン! あまりの事に俺の本性を晒してしまった!
「えっと。ウェステートさん?」
「はい!」
「私達なりの冗談」
「も、もちろん分かっております」
だがアンナが言う。
「わたしは本気だが?」
「そ、それももちろん分かっております!」
「アンナ。あんまり脅かしちゃいけない」
「分かっている」
だがウェステートも可愛い女性、こんな野獣の檻に長時間いてはいけない。早く仕事を進めねば。
俺が探しているのは、メリューナを殺した毒薬。だが倉庫に行っても食堂に行っても、リンクシルは首を振る。どうやらどこでも臭いはしないようだった。あとは各自の部屋を確認していくしかない。
最初に出向いたのはもちろん、騎士団長の部屋だった。
「リューベン団長。あなたの部屋を検めさせていただきます」
「どうぞどうぞ!」
俺達が部屋に入り、私物や引き出しなどを開けていく。怪しい物は何も見当たらず、棚には酒が並んでいるくらい。いろいろと見て回るが、リンクシルは首を横に振った。クローゼットを開けて確認しても、リューベンの部屋には何もないらしい。
「ありがとうございました」
「いえ! 何かありましたでしょうか?」
「お酒が好きなのですか?」
「嗜む程度です。寝る前に飲むくらいでしょうか?」
ん? たしかウェステートのお母さんも寝る前に飲んでたな。
するとウェステートがリューベンに言った。
「うちの母も生前は寝る前に飲んでおりました」
「そうなのですね? 寝つきが悪かったとか?」
「そうです」
俺はアンナを見た。するとアンナは首を横に振る。
リューベンは嘘をついていないという事だ。と言う事は、騎士団長のリューベンはメリューナの酒の事は知らない? そのタイミングで毒を飲ませるなんて思いつかない?
「ありがとうございました」
「は!」
そして次の部屋に移るために廊下に出た。俺はリューベンに聞く。
「次はどちらの部屋を案内してくださいます?」
「では、副団長ドペルの部屋を」
そして俺達がその部屋の前に案内された。ドアノブを握ったミラシオンがリューベンに言う。
「鍵がかけられている」
「ん? 鍵? 珍しいな」
「開けてくれ」
「は!」
そしてリューベンは騎士に聞いた。
「ドペルはどこに? 鍵を開けてほしいのだが」
「探してまいります!」
騎士がそこを立ち去ると、リューベンは俺達に謝って来た。
「すいませんね。気難しいやつで、我ともあまりしゃべらんのです」
「いえ」
そしてしばらく待っていると、騎士が戻って来た。
「ご報告いたします!」
「どうした?」
「ドペル副団長が見当たりません! 誰に聞いても知らないと言うのです」
「いやいや。ミラシオン伯爵とルクセン辺境伯を見かけるまでは居たはずだぞ」
「もうしわけありません! もう一度探してまいります!」
「急げよ!」
そしてリューベンは俺達にペコペコしていた。だがしばらくして、騎士が数名戻ってきて言う。
「ご報告いたします! ドペル副団長がおりません! 出て行ったのを見かけた者もいないそうです!」
「どう言う事だ?」
「わかりません!」
副団長の部屋を検めようとしているのに、いないときたもんだ。統率が取れていないのか、なんなのか分からないがいい加減にしてほしい。
俺は少しイラついてリューベンに言う。
「こんな事があるのですか?」
「いえ! 無断で居なくなることなどはありませんでした!」
それを聞いた俺とミラシオンが顔を見合わせた。そしてミラシオンがリューベンに言う。
「鍵を開けろ、鍵が無ければ破れ」
「は!」
騎士達が丸太を持って来て、ドスンと扉にぶつけると鍵が壊れて空いた。そして俺達が中に入ると、リンクシルが俺の袖をつかんで言う。
「ここです」
どうやら重要参考人は、副団長のドペルのようだ。
俺はリューベンに言った。
「すぐにドペル副団長をさがしなさい! そしてここに連れてくるように指示を!」
「は!」
俺のただならぬ雰囲気に、リューベンと騎士が急いでそこを立ち去って行った。するとルクセンが髭を撫でながら言う。
「鼠でも入りましたかな?」
「その可能性はあります」
ルクセンの表情は怒っているようにも見えた。器が大きく温厚そうに見えてはいるが、内心は穏やかではないようだ。もしかしたら自分の娘の死に関係している奴に近づいたかもしれないのだから、そりゃそうだ。
俺はウェステートに言う。
「真実はまだわからない。とにかく落ち着いて対応しましょう」
「はい」
そして俺達はリューベン達の帰りを待つ間、館内の監査を続ける事にしたのだった。
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