第161話 西端の砦へ

 俺達は第四騎士団の調査の為、西の砦へと向かう事になっている。既に騎士団が城の前に集まっており、俺はそいつらの前でルクセンと話をしていた。


命がけで信頼を得ようとしてくれたウェステートを信じ、ルクセンのヴィレスタン軍と共同で捜査を行う事になる。ルクセンともよく話した結果、逆にルクセンが凄い事を言って来た。


「それでも、聖女様は我々を手放しで信用など出来ないのではないでしょうか?」


 それに対して俺はきっぱりと答えた。


「ウェステートと約束したのです。私はそれを信じ遂行します。それだけの事」


「なんと豪胆な話でしょう! ならば聖女様は孫娘と一緒におられると良い。聖女様がそれほどに大きな器を示してくださるのであれば、ワシは孫娘を差し出しましょう」


 なんとルクセンは、大事な孫娘を俺に人質として差し出して来たのだ。コイツはコイツでかなり器がデカいらしく、俺はその申し出を快く受けた。


 なにせ、かわいいウェステートと一緒に居てもいい権を貰ったのだから、有効に活用してもっと仲を深めなければならない。なんなら砦に着くまでに、俺に惚れさせたいと思っているくらいだ。


「まあ信頼はしています。そしてウェステートさんは私達がお守りしましょう」


「かたじけない」


 ミラシオンのアルクス兵とルクセンのヴィレスタン兵が並び、俺は彼らの前に立って話をした。


「皆様すみません。これから第四騎士団の調査に砦へと出向きます。調査の内容は不正などが無いかで、既に第二騎士団の監査は終わらせてきました。私はこれまで事あるごとに間者に襲われてきたのです。そこで皆さんには私の護衛をお願いしたいのです。何卒よろしくお願いいたします」


 するとルクセンが答えた。


「我がヴィレスタン兵、聖女様に指一本触れさせぬと誓います」


「ありがとうございます」


 そしてミラシオンも言う。


「それはアルクス兵とて同じこと、命を賭してお守りすることを誓います」


「はい。それでは出発いたしましょう」


「「「「「「は!」」」」」


 騎士達の返事と共に、騎馬隊が先行して進んでいった。俺が馬車に乗り込むとき、ウェステートが来たので彼女の手を取り馬車に乗せてやる。


「ふふっ」


 ウェステートが笑う。


「どうしました?」


「いえ、なんだか聖女様は騎士様のような振る舞いをするなと思って」


 いや、自然にエスコートしただけだが…つーか聖女は貴族の娘をエスコートしたりはしないか?


「それにしても嬉しそうだけど」


「聖女様とご一緒できるなんて夢のようです。私は怪しまれて嫌われているのかと思っておりました」


「嫌うなんてとんでもない。第一その理由がない」


「ともかくありがとうございます。一生懸命頑張ります!」


「一応言っておきますけど、命がけになるかも」


「その時は私が聖女様をお守りいたします!」


 するとそれを聞いていたアンナが言った。


「まあ、邪魔をしないでくれよ。聖女を守るのはわたしの役目だ」


「もちろん! 邪魔などいたしませんわ。私が出来る事と言ったら命を賭けるくらい」


「それは聖女が一番悲しむことだ。それをせんようにしてくれ」


「わ、わかりました」


 さすがアンナは俺の気持ちを分かってくれている。だが実際のところ、有事の時は足手纏いがもう一人増えたって感じだ。多分俺達と居た方が安全ではあると思うが。


「それで、砦まではどのくらいかかる?」


「昼には着くと思います」


「わかった」


 俺はウェステートをじっと見る。まだあどけなさが残るようだが、いったい何歳なのだろう? 女性に年齢を聞くのは失礼にあたるので聞きはしないが、十分恋愛対象になりそうだ。


 今度はウェステートの方から聞いて来た。


「かなりの大部隊となったようですが、それほどまでに警戒なさるのですか?」


「私が何度も殺されそうになったから」


「えっ?」


「何度も何度も命を狙われたから、それでミラシオン卿も兵を率いて出てくれた」


「…聖女様の御命を狙うなど、間違いなく天罰が下る事でしょう」


「天罰が下ってくれると良いんだけれど」


「下ります! 聖女様は女神フォルトゥーナが遣わされた神の子。その御命を狙う輩には必ず天罰が下ります!」


 まあ確かにね。俺を狙ったワイバーンは死んだし、第三騎士団長のライコスも死んだし。王城を襲った間者も結構殺したし。天罰っちゃ天罰かもしれないな。


「お父さん見つかると良いね」


「はい。私は父が犯人じゃないと思っているのです。あんなに優しかった父がそんなことをするとは思えない。それに父は母を愛しておりましたから、お爺様にも恩があるのでそんな事はしないのです」


「まあ今の段階で出ている証拠では、お父さんの可能性は低いかもしれない」


「本当ですか?」


「本当。だから第四騎士団に調査に行くんだから」


「そうなのですね? 聖女様にはお礼をしてもしつくせません」


「それは全て解決してからにしようか?」


「はい…」


 馬車の外からミラシオンが声をかけて来た。


「未だ斥候からの連絡はないので、間者がいる形跡はないですね。そう時間はかかりませんが、警戒はしていてください」


「わかりました」


 結局それから三時間、何事も起きなかった。今度はウィレースが声をかけて来た。


「どうやら向こうから騎士がやってきていますね」


 それを聞き俺が窓から顔を出して前方を見る。


「それはそうですね。これだけの大部隊が送られたら、何事かと警戒するのは当然でしょうね」


「相手はどう出ますかね?」


「もしクロなら第四騎士団は壊滅、シロならば引き続き警護にあたっていただく。それだけの事です」


「…はい。出来れば後者が望ましい」


「私もそう願います」


 俺達の大部隊は襲われたりすることはなく、第四騎士団の騎士に接触できた。どうやら中隊長クラスの人間が迎えに来たようで、第四騎士団の騎士達と砦まで移動する。


 俺が再び馬車の窓から覗くと、遥か前方でミラシオンとルクセンと話している人がいる。俺は馬車のウェステートに聞いた。


「あれ、誰だか分かる?」


「第四騎士団長のリューベン様ですね」


「騎士団長の出迎え。まあ二人の領主が来たんだから普通の動きか」


 そして俺は椅子に座りアンナに聞いた。


「どうかな?」


「不穏な空気はない。兵が潜んでいる気配もないようだ」


「なるほどね」


 アンナの言葉を聞いて俺はホッと胸をなでおろす。アンナの予想が外れたことなど一度も無いからだ。あの第三騎士団の時のような事は無いと考えていいだろう。


 しばらくすると俺達の馬車の前に、数騎の馬が走って来る。するとウィレースが俺達の馬車の扉を開けた。


「聖女様。第四騎士団長のリューベン様がお見えです」


「ええ」


 俺がアンナを引き連れて馬車を降りると、目の前に髭面の男が立っていた。体つきは引き締まっていて、赤いざんばらのくせ毛を肩の上あたりまで伸ばしている。


「これは聖女様! 遠路はるばるようこそいらっしゃいました!」


 風体に似合わず、きびきびとした動きで俺の前に跪いた。


「ごきげんよう。リューベン卿」


「は! まさかこんなところで聖女様にお会いできるとは思ってもみませんでした」


「迷惑でしたか?」


「とんでもない! むしろ男所帯が故、こんな不精な格好をお見せしてしまって申し訳ありません」


「仕方ありません。常に敵の脅威から守っていただいているのですから」


「そう言っていただけると助かります! 既にミラシオン様から陛下の伝達をお聞きしております。ぜひきっちりと我が隊の監査をお願いいたします!」


 あれ? かなり真摯な対応だ。俺はてっきりこいつが犯人かなと思っていたけど、どっちかッというとマイオールみたいな熱血タイプじゃねえか。あのライコスと会った時のようなうさん臭さが無い。


「まあそう堅くならずに。そしてこのような大隊を連れて来てしまって申し訳ありません」


「いえ! 聖女様の護衛とあらばこのくらい妥当な数でございましょう!」


「そう言っていただけると、こちらもありがたいですね」


「まずは砦の内部を案内いたします!」


「わかりましたお願いします」


 そう話をしていると、ウェステートが馬車から顔を出した。それを見たリューベンが立ち上がって礼をした。


「は! ウェステート様までご一緒でしたか!」


 ん? リューベンがそわそわしている。


「ええ、お爺様から許可を頂いて、聖女様とご一緒させていただいておりますわ」


「こんなむさ苦しい所によくぞおいでくださいました!」


「よろしくお願いします」


「は!」


 ルクセンとミラシオン、アルクス兵とヴィレスタン兵を率いて俺達は砦へと足を向けるのだった。確かに男臭いし、周りに男しかないのでめっちゃ帰りたい。だが仕事を終わらせない事に帰る事は出来ない。ハンカチを口と鼻にあてたいところだが、失礼に当たりそうなので我慢する。


 しかしくせえ。男ってこんなに臭いもんだっけ?


 それでも軽く笑顔を浮かべながら、何事も無かったように歩くのだった。

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