第160話 信用
俺と聖女邸の面々、ミラシオンの騎士達が第四騎士団の屯所の調査を終える。ここでメリューナの部屋と同じ毒の香りがしたからと言って、即座に第四騎士団に犯人がいるとは断定できない。そもそも事情聴取をした結果、第四騎士団にテイマーが居ないのだ。
人払いをしてもらい、俺とアンナとミラシオンが密室で話し合っていた。
「ミラシオン卿。かなり厳しい状況です」
「ええ。もしルクセン様と第四騎士団が同時に寝返っていたら、我々はすぐにでもここを出た方が良いでしょう」
俺はミラシオンにある程度の真実を言う。
「私の仲間に鼻が利くのが居まして、メリューナ様の部屋で感じた毒と第四騎士団屯所内で嗅いだ毒が一緒だというのです」
「それであれば、第四騎士団長及び副騎士団長を重要参考人として連れて来ねばなりません」
そして俺は自分の推測を伝えた。
「やましい事があるのであれば、ルクセン卿とウェステートは私に捜査を依頼するでしょうか? メリューナ様の死を、事故死としておけば何も怪しまずに過ぎました」
「確かにその通りですね。わざわざ聖女様に手の内を晒すような真似はしますまい。だがそう言った事件をでっちあげて、本筋から目を背けさせているやもしれませんよ」
「捜査のかく乱ですか?」
「そうです。わざと事件を起こして何かを隠しているとか?」
「それはどうでしょうか? 二人の秘密の会話を傍受したのですが、どうやら彼らは何かを守っているようにも感じました。何かを企んでいるようには感じませんでしたが」
「何かを守る? なんでしょう?」
「わかりません。ただ、ミラシオン卿はどう思います? ルクセン様はシロかクロか」
「今までの状況から考えると限りなくシロであると、また人格者でありますから幼馴染を裏切る事はないのでは? そんな風に推測しております」
「なら私と同じです。ルクセン卿に協力を仰ぎませんか?」
するとミラシオンは目を丸くして俺を見る。捜査対象になっている人物に、協力を依頼しようって言ってるのだからそりゃそうなる。しかしミラシオンがしばらく考えて答えた。
「ここに居る我がアルクス兵だけでは確かに、ヴィレスタン兵と第四騎士団を同時には相手できません。ですがアルクス兵とヴィレスタン兵が手を組めれば、いっきに劣勢になるのは第四騎士団です。しかし、忘れてはいけないのがルクセン様が寝返っていれば我々は挟まれますよ」
ミラシオンの言っている事は正論だ。だが第四騎士団の屯所から、毒の匂い以外何も怪しい証拠はでなかったし寝返っているかどうか分からない。しかしそれを確定させるためには、第四騎士団長と副団長に事情聴取をしなければならないのだ。ヴィレスタン兵を味方につけれず第四騎士団も寝返っているとすれば、このまま何もせず引き下がって王に報告するしかない。しかしそれらは推測でしかなく、どちらも裏切っていないかもしれないのだ。
「難しい局面ですね」
「はい。もしくは第二騎士団に応援を要請するか、だが彼らも完全に信用できるか分からないのです」
「だが王都に帰ったところで、動かせる兵はそれほど多くありません。さらに第一騎士団を王都から動かせば、他から王都を襲撃される可能性がある。やはりここで私達がやるしかないのです」
「確かに…」
俺はミラシオンに真っすぐに言う。
「ルクセン卿に、いえ…ウェステート嬢と二人きりで話がしたいです」
ミラシオンが少し考えて頷き、部屋のドアを開けて騎士に伝えた。ウェステートと聖女が二人きりで話したがっていると伝えるよう言う。しばらくすると、ウェステートが一人でやって来てミラシオンが部屋を出た。俺はアンナに向かって言う。
「アンナも出ていて」
アンナは俺とウェステートを見て黙って出て行った。俺はウェステートと二人きりになる。
「すみませんね」
「いえ、聖女様のお役に立てるのならば!」
「単刀直入に聞きます。私はお嫌いですか?」
「えっ?」
「言葉通りです」
「嫌いなものですか! 私達の為に一生懸命に職務を全うされております。自分が狙われている対象だと分かっていながら、自ら遠征に出るなんて私にはまねできません! そんな気高く尊いお方を嫌うはずがありません」
俺はウェステートの手をしっかり握りしめ、顔を近づけてじっと目を見つめる。ウェステートはどぎまぎするが、俺の目をしっかり見つめて頬を赤らめた。
「私はウェステートさんを救いたい。だけど情況はかなり厳しく、今は誰が味方で誰が敵かもわからない。どうします? 今私をここで殺せば、ヒストリア王国は大きく変わります。ですがそれは破滅の道かもしれません。もし敵なら、今殺せば今後の憂いは一つ消えます」
するとウェステートの目に涙が込み上げて来てポロポロとこぼす。だがそれでも俺から目を離さなかった。
「聖女様はヒストリア王国の希望。すなわち私達女神フォルトゥーナを信仰する民の希望です。そんな方が死ぬことなど考えられません。考えただけで涙があふれてしまいます」
うう。ごめんね、試すような事をして。可愛い女の子にちょっと厳しい事を言っちゃったかな。でもここは皆の命がかかっているから、手が抜けないんだよ。
俺はスッと自分の懐からナイフを出してテーブルに置いた。
「どうします? もしあなたが殺したいと思うのなら、黙って殺されましょう」
するとスッとウェステートがナイフをとって、自分の首筋に突き立てながら言う。
「私が自害すれば、お爺様の事を信じてくださるでしょうか? 聖女様を殺めるくらいなら、私はすぐにここで自害します」
「ダメ!」
もう少しで、ウェステートは自分の喉にナイフを突き立てるところだった。俺はナイフを奪って捨てる。ウェステートはボロボロに泣いていた。
「信じてはもらえませんか?」
ここまで本気だったとは思わなかった。ウェステートは自分の命を賭してでも、俺の信頼を得ようとしたのだった。今はフリじゃなくて本当に死ぬところだった。俺は内心めちゃくちゃドキドキしている。
「アンナ!」
すぐにアンナが飛び込んで来た。
「どうした?」
「皆を呼んで」
本当は俺が連れていけばいいのだけれど、今の一幕で膝がガクガクしている。すぐに動けそうになくて、一旦すとんと椅子に座ってしまうのだった。
跡からミラシオンやルクセンが入って来た。
「ミラシオン卿。ヴィレスタン兵の応援を要請しましょう」
「…わかりました。聖女様がそうおっしゃるのであれば」
そして俺達はルクセンに、一緒に第四騎士団を取り調べる約束を取り付けた。ルクセンは二つ返事で了承してくれ、俺はウェステートをチラリと見た。彼女は泣き笑いしながら俺に頷くのだった。
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